第49話「たまには子供心に還り」
ケントの来訪、そして対ベジミール社を謳うレジスタンスの襲撃から暫くは「食事処 げん」に大きなトラブルが発生することもなく、比較的平和な日々が過ぎていった。
ベジミール社の調味用添加物出荷制限も、ほとんどのフードトナー専門店が「どうせ売れないし、使いこなしてくれるなら」と優先的に「食事処 げん」に回すよう動いてくれたおかげで入荷は安定している。その裏で白鴉組が「食事処 げん」の情報をうまく広め、「調味用添加物を使いこなす料理屋がある」と料理屋界隈知れ渡るように仕向けてくれたことは源二も理解していることだった。
そうなるとベジミール社は完全に調味用添加物の供給をストップするかと源二を知る人間は皆考えていたがそういうこともなく、一時期噂になった新型の味覚投影プラグインもいつしか当たり前のものとなり、「やっぱり『食事処 げん』の料理じゃないと」と味覚投影オフ料理を求めて多くの客が店に来るようになっていた。
状況としては以前と変わらない平和なものであるが、これが嵐の前の静けさであるということは源二もよく分かっている。油断していれば何もかもがさらわれる、油断はできない、と源二は警戒を怠らず、それでもゆるりとした日々を送っていた。
今日もいつも通りの営業を終え、売上レポートを持ってきたヨシロウと夕食を食べ、帰路に就く。
自宅から歩いて十分もかからない好立地だが、たまには運動がてら散歩したい、とばかりに二人はぶらぶらとホロサイネージが煌めく街を歩く。
「あらー、おにーさん、イイコトしない?」
いかにもな店の前で客引きする女性を無視して細い路地に入り、二人が足を止めたのは一件の店。
店という割には目立った看板を掲げていることもなく、ぱっと見ただけではそこに店があるとは誰も気づかないような佇まいだが、二人にはここがとても魅力的な店だということを身をもって経験していた。
「やるか」
「おう、やるか」
二人が目配せし、扉を開けて中に入る。
狭い店内には店主らしき老人以外誰もいなかった。
中には数台の簡易ベッドが置かれているだけで、初めて入った人間はこれが店? と首をかしげるところだが、源二もヨシロウも慣れたもので老人に片手を挙げて挨拶すると、老人は「またお前さんらか」と言いつつ背後の棚から小さなケースを取り出した。
「いつものでいいんだろ?」
「おうよ」
老人が出した小さなケースにはBMS制御ボードに備えられたスロットに挿すチップが格納されている。
二人がそれを手に取り、スロットに挿したうえで互いのBMSを有線で接続、簡易ベッドに横になる。
「じゃ、行きますかね」
ヨシロウの言葉と共に、源二の視界が暗転し、それから極彩色の光の輪を潜り抜けてその先へと落ちていった。
「——で、今日は何で対戦するんだ?」
ヨシロウに問われた源二が「そうだな」と呟き、リストから一つのタイトルを選択する。
「久々にマンリオカートやりたいんだよなあ。付き合ってくれるか?」
「うわ、出たよ! しかも選んだバージョン古くね!?」
ふかふかのソファに並んで座った二人、その目の前には大型のテレビモニタ、テレビモニタの前に置かれた古めかしいゲームハード。どれくらい古めかしいかと言えばもう何百年前になるかと言われるレベルで遊ばれていたゲーム機、世代で言えば第四世代と言われるもの。
本体に刻印された四色の丸、コントローラーの各ボタンに対応したそれは《《子供のころ》》の源二にはとてもなじみの深いものだった。
「マンリオカートだったらもっと新しいバージョンあるだよ! なんだよ一番古いのって!」
「マンリオサーキット1に始まりマンリオサーキット1に終わるって言われてんだよ。タイムアタックで一分切ってる俺に勝てるか?」
コントローラーを手に取り、源二がニヤリと笑う。
「セコいぞ!」
大人げなく罵るヨシロウだが、この場に他にいるのは源二だけなので文句を言ってくる人間は誰もいない。
「いやー、だってBSでレトロゲームプレイできるぞって聞いて来てみたら懐かしいラインナップ出されたんだぞ? やりたくなるに決まってんだろうが」
うきうきとリストをタップ、空中に現れたカートリッジをゲーム機に挿入する源二に、ヨシロウは「くそう……」と呟いた。
「ゲンジにBSなんて教えるんじゃなかった……」
——そう、ここは二人のBMS内に再現されたヴァーチャルな空間。
ブレインシェイカーと呼ばれるチップを使用することで五感を委ね、現実と変わらぬ体験を味わえるフルダイブ|ヴァーチャルリアリティ《VR》システムに源二が興味を持ったから、ということでそれじゃあ、と手近なチップを体験させた。するとほどよくハマってしまった、というのがヨシロウの見解だが、時々完全にのめり込んで依存症に陥る人間もいることを考えると源二は本当に程よく楽しんでくれているのでほっとしている。
「食事処 げん」の経営の合間、新しい味の調合をしないときは度々BSのVRゲームなどを楽しんでいた源二だが、最近はどこで聞いたか「BSチップをレンタルしてくれる店がある」ということでこの店を見つけ出してしまったらしい。
老人が一人で経営しているこの店は旧時代のゲームを旧時代の方式で楽しめる、と言うのがウリだった。当然のように源二がいた令和時代、それ以前のゲーム機も網羅されており、この店は最近の源二のお気に入りとなった次第だ。
「ったく、俺の知らないところで危ない橋渡りやがって……」
このようなBSレンタルショップの中には違法なチップを取り扱う闇店舗も当然のようにある。いわゆる電子ドラッグや規制抜けしたアダルト製品だと下手をすれば戻って来れなくなるところなのでそんな店に当たらなかった源二の強運にも呆れてしまう。
それはともかく、源二が見つけた店にヨシロウがハマったのも事実だ。
旧時代のゲームなんて、と思っていたがいざ触れてみるとチープながらも楽しいもので、ゲンジはこういったゲームで遊んでいたのか、とヨシロウはジェネレーションギャップを味わったものだ。
今回もそんなレトロゲームで対戦することになり、ヨシロウも苦笑しながらコントローラーを手に取った。
「じゃあ、明日の昼飯賭けようぜ」
「それ、俺が作るパターンじゃないか」
笑いながら源二がゲームを起動する。
テレビモニタに映し出された懐かしい、見慣れたタイトル画面に源二は表情を引き締め、スタートボタンを押した。
「負けたァー」
ひとしきり対戦を繰り返し、満足したヨシロウがベッドから身を起こす。
「お前さんら、本当に物好きだな」
チップとケーブルを回収しながら老人がそう言うと、源二が「俺としては懐かしいんですけどねえ」と苦笑する。
「しかし、儂のBSでこんなにも喜んでくれる人がいるとなると嬉しいものだなあ。また来てくれよ」
「また来ますよ。やりたいゲームいっぱいあるんで」
そんなことを言いながら、源二が店の外に出る。
「いやー、やっぱこの店いいわー」
「BSにハマったと思ったら元の時代のゲームとか、マジでお前らしいわ……」
そんな会話をしながら表通りに戻ろうとして——ヨシロウは一瞬歩みを止めた。
「ん? どうした?」
歩みを止めたヨシロウに、源二も立ち止まろうとする。
だが、ヨシロウはすぐに歩みを再開し、源二の肘を掴んで足早に表通りに出た。
「おい、ヨシロ——」
「そのまま歩け。尾けられてる」
低く囁き、ヨシロウが源二から手を放す。
「とりあえず、撒くぞ。お前は俺に付いてくるだけでいい」
「ん、了解」
緊張したヨシロウの声に、源二も事態を把握したらしい。
ヨシロウに並んで歩きながら、源二は「ベジミール社が手を出しに来たか?」と考えていた。




