第48話「火口に燃え移った炎」
「普段は本物の食材を口にすることの方が多いのですがたまにはこういうものも悪くないですね。また来ますよ」
そんな言葉を残し、来た時と同じようにFVリムジンに乗ってケントが帰っていく。
店の外に出て遠くに見える超高層ビルへと向かうFVリムジンを見送り、源二はほっと息をついた。
「お前、よくあれだけの啖呵が切れたな」
ヨシロウが源二の横に立ち、大きく肩を回しながらぼやく。
「いやー、マジで死んだかと思ったわ。まさかベジミール社のCEO自ら食いに来るとは誰も思わねえよ」
「一応は想定の範囲内だったがな。しかし、まさに王者という感じだったな」
圧倒されるしかなかったよ、と呟き、源二はさっさと店に戻る。
「まあ、俺は俺の意思を伝えた。後は向こうがどう動くか、だな」
とりあえず今日の予定は全部終わったし、昼飯にして帰ろう、と源二が言うと、ヨシロウもおお、と頷いて店に戻ってくる。
「お疲れさん。今日はラーメンが食いたい」
「あいよ」
ヨシロウのオーダーを受けて源二がラーメンを二つ出力する。
どうするよ、策なんてねえよといった不毛な会話を続けながらラーメンをすすり、食器を食洗器に投入したところで。
「ホウライ・ケント! 命もらいに来たぞ!!」
そんな罵声と共に数人の男たちが店内になだれ込んできた。
「は!?」
何事、と立ち上がり、素早くカウンターの裏に隠れながらハッキング準備を開始するヨシロウ。
源二も何が起きたと目を白黒させていたが、それをヨシロウが慌てて上着を引っ張って屈ませる。
「……何? 何が起こってんの?」
そろり、とカウンターから頭をのぞかせる源二。
その頭に銃が突き付けられた。
「おい、ホウライはどこに行った!?」
素早くカウンター内に侵入して源二とヨシロウを取り囲む男達。
そこでヨシロウは彼らがベジミール社に対して何らかの恨みを持つ集団か、と判断する。
「なんだよ、反ベジミールのレジスタンスか?」
「ああそうだよ! で、ホウライはどこにいる?」
ここに来てるのは分かってんだぞと凄む男に、源二は恐る恐る声を上げた。
「……ついさっき、帰りましたよ……?」
「……はぁ!?」
源二の言葉に、レジスタンスの男はバカな、と声を上げた。
「——くそ、ベジミール社も一枚上手だったってことか」
源二の説明を受け、レジスタンスの男は悔しそうに拳を振り上げ、だが下ろす先を見つけられずに自分の膝に叩き付ける。
「はい、オニギリです」
ケントが既に帰宅した、と説明されて意気消沈するレジスタンスたちにオニギリを配って回り、源二ははぁ、と息をついた。
「ってか、メガコープが気に食わないから対抗するレジスタンスって、マジでいるんだ……」
今の時代って過激なんだなあ、と源二はカウンターに置かれた銃を見る。
銃と言えば以前白鴉組のミヤビにも突きつけられた。あれはヤクザだから持っていて当然、という認識だったが、レジスタンスが武装していることを考えるとこの時代、銃刀法はどうなってるんだよと思いつつ源二はリーダー格の男の隣に腰掛けた。
「ホウライさんに何か恨みでも?」
源二がそう尋ねると、男は恨みも何も、と答えてくれた。
「一般人から利益を吸い上げてるメガコープはぶっ潰すだけだ! まぁそういうレジスタンスグループは色々あって、うちはベジミールを相手にしてるってわけだが」
「で、今日ホウライさんがここに来ることを突き止めたから襲撃したってわけですか……」
納得したように源二が呟く。
このような襲撃のリスクを冒してでも「食事処 げん」を見定めるべく来訪したケントには敬意すら感じる。この店は出入り口が広いから襲撃に遭えば簡単に殺されてしまうだろうに、それでも恐れることなく来ることができたのはベジミール社の情報管理が徹底していた、ということだろうか。
話を聞くと、レジスタンスが入手したケントの来訪時間は実際の来訪時間の二時間後で、ケントが店を離れてから少なくとも三十分は経過している。
流石にCEOの移動先は完全に伏せることはできずとも、移動時間はいくらでも改竄できるからそれを利用してレジスタンスを欺瞞したのかと考え、源二は「とんでもない会社を敵に回したな」と漠然と感じ取っていた。
「こんな個人経営の店に、いくら護衛がいると言えどもCEOが自ら出向くってのは滅多にない襲撃のチャンスなんだ。だから駆け付けたのに……畜生」
やけ食いだとばかりにオニギリを頬張る男。
その瞬間、男はあれっと声を上げた。
「そういえば、このオニギリ味覚投影メニューが出なかったのに味が——いや、なんだこのオニギリ、うまいな」
苛立っていたことも忘れてがつがつとオニギリを貪る男に続き、他のメンバーもオニギリに口を付け、口々に「うまい」と声を上げる。
「そうか、ここが噂の味覚投影オフの店か……。あ、ちょっと待て今日ってホウライが来るから休みにしてたんじゃ」
「臨時オープンです。折角なんでうちの料理試していってください」
抜かりなく源二が店を宣伝し、その後ろでヨシロウが「こいつは……」というような顔をした。
「じゃ、じゃあ遠慮なく」
オニギリを食べながら、男があ、そうだ、と呟く。
「俺は反ベジミールを掲げるレジスタンスのリーダー、ミズキ・タモツだ」
「これはご丁寧に。『食事処 げん』の店長、山野辺源二です」
互いに自己紹介を済ませ、源二はタモツに視線を投げた。
「とりあえずレジスタンスが来たのはホウライさんを消すため、ということでいいんですか?」
「ああ、結果はこの様だがな」
そう言い、タモツは店内をぐるりと見まわした。
「見たところ、穏便に話は済んだようだが——ベジミールが来たってことは、この店を買収に?」
「ええ、貴方も経験した通り俺の料理は味覚投影オフで食べられます。それを一般市民に開放するのはもったいない、富裕層にこそ開放すべきだ、という感じでしたね」
「あいつららしいな」
うんうん、と頷くタモツに源二はそれで、と言葉をつづける。
「俺としてはやっぱり一般市民も富裕層も関係なく俺の料理を楽しんでもらいたいわけですよ」
「へえ、お前意外と面白いこと言うな」
普通、莫大な利益が得られるって言われたらそっちに付くだろとタモツが指摘すると源二は苦笑してタモツを見た。
「どの口が言うんですか。ベジミール社——いや、メガコープを敵に回す時点で利益度外視主義じゃないですか」
「うっ」
あまりにも図星すぎて言葉が出ない。
確かに、タモツがレジスタンスのリーダーを背負っているのもそれが理由だった。
メガコープが利益のほとんどを独占してはいけない、利益はより多くの人に共有されるべきだ。その考えは社会主義に近いものがあるがレジスタンス全体の考えとしては「利益を掴むきっかけは誰にでも平等にあるべきだ」というものだから社会主義とは違う。
今の社会はあまりにもメガコープに取り入ることができた人間だけが利益を得られるバランスに傾きすぎているからそれを正したい、それだけだ。
そう考え、タモツは隣に座る源二を見た。
源二は莫大な利益を得られるチャンスを掴んでいる。それをベジミール社がかすめ取ろうとしている。いや、源二にも利益を与えたとしても他の人間が得られるかもしれないチャンスを奪い取ろうとしている。
そう考えるとどうやら買収を拒否したらしい源二はどちらかというとレジスタンスの理想に近いところにいる人間だった。
だとすると、レジスタンスがとるべき行動は一つ。
「なあ、ヤマノベと言ったか? 手を貸そうか?」
「えっ」
タモツの申し出に、源二が思わず声を上げる。
「手を貸すって」
「俺たちはメガコープが利益を独占するのはよくないって考えてる。お前も富裕層にだけうまい思いをさせたくないって言うなら利害は一致してる。一緒にベジミールと戦わないか?」
「ベジミールと、戦う……」
確かにベジミール社とは今後対立関係になるのは分かっていたが、源二はそこで分かりましたと即答することができなかった。
ベジミール社が食品産業の最大手だから潰すことで食品の流通に影響が出ることを考えたわけではない。それよりももっと独善的なこと——単純に自分が好きなように料理をして多くの人に楽しんでもらいたいだけだ。干渉しないというのならベジミールと対立する気はないし、富裕層にも一般市民にも等しく自分の味を提供していいというのなら買収されるのも厭わない。
そう考えるとここでレジスタンスと手を組むのはあまりにも短絡的過ぎた。
「流石に、手を組むのはちょっと……。俺は俺のやりたいようにやるだけなんで」
「……そうか」
タモツが残念そうに声を上げる——が、すぐににっこりと笑って頷いた。
「ま、お前が自分をしっかり持ってるならそれでいいよ。なんか俺らのことを通報しそうな感じでもないし、まあいいか」
「通報はしませんよ。それよりも、折角の縁なんです、時々食べに来てくださいよ」
『おー!』
タモツではなく周囲のレジスタンスメンバーが一斉に声を上げる。
その声に、タモツも仕方ないなあ、と苦笑した。
「折角なんでまた食べにくるよ。それに、うまくいけばホウライの寝首も掻けそうだしな」
「うちを事故物件にしないでくださいよ」
源二が釘を刺すとタモツは「それはどうかな」と苦笑する。
「まあ、悪いようにはしないよ。じゃあ、邪魔したな」
来た時のような勢いでレジスタンスたちが一斉に店を飛び出していく。
「……立て続けにやべえの来たな……」
静まり返った店内に、呆れたようなヨシロウの声が響き渡った。
「まあ、いいんじゃないか? うちで飯を食うなら誰でも客だ」
「多少は客を選べよ!?」
後片付けをする源二にヨシロウがツッコミを入れる。
「——でも、こういう縁は大切だと思うぞ? まあ、レジスタンスの理想もベジミール社の理想もどっちも分かるから『こっちに付く』はできそうにないが」
すべての皿を食洗器に入れ、源二はぽつりと呟いた。
「俺はみんなに料理を楽しんでもらいたいだけだ。火種になんてしたくない」
「ああ、俺もそう思う」
そう思ったものの、二人とも確かに火は付いたと感じ取っていた。
新たな戦いの火種として、源二と源二の料理は中心にある。
避けられないのなら立ち向かうべきなのか、それともそっと火を消すべきなのか。
答えは決まっているはずなのに、源二にはそんな迷いがふと芽生えていた。




