第46話「王者の風格」
ある日の閉店後、源二が後片付けをしていると閉店の手伝い兼夕飯に来たヨシロウが「そういえば」と声をかけてきた。
「なんか予約したいってメール来てたんだが、どうするよ」
「え、予約?」
寝耳に水とばかりに源二が素っ頓狂な声を上げる。
元の時代では人気店だと予約をしなければ待ち時間が数時間にも及ぶ、ということはざらだったがこの時代ではプリントフードはどこも同じ、という考えからかよほどの高級レストランでない限り予約の必要はない。店の雰囲気を楽しむというよりも栄養補給をして少し情報を交換する、といった程度の利用だから回転率も高い。「食事処 げん」も味覚投影オフを楽しむ店ではあるが店の雰囲気をじっくりと楽しむような場所ではないので他の店よりも客の滞在時間はやや長いものの、「長居をすれば他の客が待ちくたびれる」とピークタイムは譲り合いが発生し、待ち時間はほとんどない状態となっている。
一応グルメサイトには予約フォームがあるが、そんなものは滅多に使われることがなく、「食事処 げん」はふらりと立ち寄って料理を楽しむ、そんな店となっていた。
だからこそ予約のメールが来た、というヨシロウの言葉に驚いたし、グルメサイトの予約フォームを使わずに、ということに疑問を覚える。
「メールでってことは特殊オーダーだったりするのか?」
「あー、見たところ『貸し切りで予約したい』ってことらしいな」
「貸し切り」
ふむ、と源二が食洗器から洗い終わった皿を収納に移しながら呟く。
「白鴉組だったら定期的に開放してるから違うよな。白鴉組以外で貸し切りを希望する人がいたってことか……」
「これは俺の勘だが、なかなかの大物の予感がするな」
「なんだよ、メールに名前くらい書いてるだろ」
訝し気に源二が言う。予約をするのに名前と連絡先は必要なのは常識である。店の側でトラブルがあった、または予約した側にトラブルがあった、で予約がキャンセルになることはごくまれにある。それに無記名で予約すればいたずらとみなされ店の側から取り消されることもあるのだ。源二が修行をしていた頃もいたずらによるドタキャンが何度か発生してそのたびに仕入れた食材が無駄になった、ということがあったので「食事処 げん」も予約に関してはドタキャンを防ぐために様々な対策を講じている。
源二の声に、ヨシロウが「あー」と声を上げる。
「それが、無記名なんだよなあ」
「だったらお断り一択だろ」
いくらメールで問い合わせがあったとしてもメールアドレスなんてものはいくらでも偽造できる。この時代もGoogol社によるフリーのメールサービスは健在で、源二のいた時代に比べてアカウント取得の際に必要な個人情報は増えたがその正確性は担保されていない。そう考えると「無記名」かつ「フリーメール」という時点でいたずらとみなすのが当然なのだが——。
「別にメアドはフリメじゃないんだよなあ。しかも暗号化されてるが公的な電子署名もされてる。こんなん偽造できるとしたら俺レベルのハッカーが必要だぞ」
「そういえばヨシロウは数少ない量子ハッカーだっけ」
そうそう、とヨシロウが誇らしげに頷く。
「とにかく、今は名乗れない、そこそこの立場の人間が貸し切りで予約したいって言ってきてるってこった。どうするよ」
「うーん、いくら電子署名されてても無記名だと怖いよなあ……」
そんなことを呟きつつも頭の中で予約を受けるべきか否かを考える源二。
いたずらと判断して断るのは簡単だ。だが、もし本当にそこそこの立場にいる人間がお忍びで店を利用したいと考えているのならそれは客だ。それにドタキャンされたところでフードトナーの賞味期限は長いので元の時代のように食材が無駄になることもない。強いて言うならその日に来ようと思っていた他の客が来れないことがデメリットになるが、そのデメリットは定休日を開放することでクリアできる。
そう考えると、源二も断る理由がないな、という答えに行きついた。
「定休日を開放するならいいか。俺が出勤する以外にデメリットはないし、電子署名されてるなら開示請求して損害賠償請求くらいできるだろ」
「うわ、容赦ねえなお前」
たかがドタキャン、されどドタキャン。
食い物の恨みは怖いんだな、と思いつつもすっかり「食事処 げん」のマネージャーとなっているヨシロウは源二に確認しつつも返信のメールを送信するのだった。
◆◇◆ ◆◇◆
店内は落ち着いて食事ができるよう控えめのボリュームで流される音楽チャンネルの音声だけが響いていた。
「……本当に来るかな」
相手が電子署名されたメールアドレスを使っていたにもかかわらず半信半疑の源二に、何度かメールのやり取りをして予約を受け付けたヨシロウが「来るだろ」と即答する。
「結構誠実に対応してくれたからな。これで来なかったとしても別にダメージはお前の休日だけだし、そもそも今日は定休日だからドタキャンされたら帰って寝るだけだろ」
「それはそうだな」
困ることなんて何もない。気にかけるだけ無駄なのにドタキャンのことを考えてしまうのは単純に自分が古い人間だからだろうか、などと源二が考えているうちに表に一台の飛行車両、それも重装甲のリムジンタイプが着陸した。
「うへえ」
まさか飛行リムジンで来るとは思っていなかったヨシロウが変な声を上げる。
源二も予想だにしていなかった大物の予感につばを飲み込んだ。
「こちらです」
両腕、両脚を戦闘用の義体に置き換えたらしきボディガードが先行して店に入り、FVの後部座席から降りた男性を案内する。
先日店に来たハヤトとは比べ物にならないくらいに高級な仕立てのスーツやシンプルながらいかにも高価だと言わんばかりの腕時計——源二の知るブランドよりもはるかに高価そうなものや装飾品を身に着けた男性に、源二はまさか、と呟いた。
一目見てこの男はただものではない、ということは分かる。ただ、その身分が当初予想していたものよりはるかに高かった、という事実に緊張が背筋を走る。
「お邪魔しますよ」
意外にも丁寧な物腰で源二に挨拶した男はカウンター席の一つに腰掛け、懐から《《名刺入れ》》を取り出した。
「私はこういう者です。以後お見知りおきを」
名刺入れから取り出された《《本物の紙》》の名刺。
紙自体はフードプリンタの展示会でフライヤー印刷を依頼したり試食品にショップカードを添えたりしていたのでこの時代が完全にペーパーレス化していないのは分かっていたが、それでもそれらの紙の素材はパルプなどの植物繊維ではなく化学的に合成された繊維の合成紙である。だが、男が取り出した名刺の手触りはかつての紙のぬくもりを思い出す、本物の三椏を使用した和紙でできたものだった。
名刺には「ベジミール社CEO ホウライ・ケント」と記されている。
その名前を見た瞬間、源二は思わず名刺を取り落としそうになった。
「ベジミール社の——」
「はい、CEOを務めさせていただいております」
落ち着き払った声で、男——ケントが応える。
「ベジミール社って、国内企業だったんですね……」
うっかり口を滑らせる源二。
ケントはもちろん、と頷いて見せた。
「食文化はニホンが最先端を歩んでいますからね。よりおいしく、より健康的に生命維持を行うのがベジミール社のモットーですので」
そう言い、ケントはカウンターの奥のフードプリンタに視線を投げた。
「我が社の最新機種を使っていただけているとは光栄です。いかがですか、出力の具合は」
「……それはもう最高です。出力精度も高く、『映える』と評判です」
落ち着いた様子のケントに対し、源二は冷静を取り繕うしかできなかった。
内心ではケントの出方を想定しては取り消し、次はどう出ると思考をフル回転させている。
ただ静かに話しかけられているだけなのに、源二は完全に圧倒されていた。
——これが、巨大複合企業の頂点に立つ者——。
裏の社会を牛耳るチハヤも隙を見せない静かさを持っていたが、目の前のケントはまた違う静けさで源二を抑えつけている。チハヤが猛禽類に例えられるなら、ケントは百獣の王と言ったところか。
暴力に訴えることもなく、佇まいだけで圧倒してくるケントに、源二はただ立っているのがやっとだった。
「この店では味覚投影をせずに料理が楽しめると聞きまして。ぜひとも味わってみたいと」
「それは……光栄です」
辛うじて声を絞り出し、源二は「何をお召し上がりで?」と言葉を続けた。
「それでは——ニクジャガ定食を」
ケントの声に応じ、ボディガードが代わりにメニューを開いてオーダーを入力する。
オーダーを受け取り、源二はフードプリンタに向き直った。
大丈夫だ、後ろから刺されることはない、そう自分に言い聞かせるものの、背中に突き刺さるケントの視線はとても鋭く、心臓をえぐられるような錯覚すら覚える。
震えそうになる指でメニューを入力し、源二はフードプリンタに調合した調味用添加物を投入した。
「ほほう、それが噂の調合添加物ですか」
源二の背中に声が投げかけられる。
「ええ、これがうちの味の秘密ですからね。まあ、そこまで秘密にはしていませんが」
そう会話している間にフードプリンタが肉じゃがを出力していく。
その隣で味噌汁の素を出力、湯を注いで仕上げ、源二は出力が終わった料理をトレイに並べた。
「——お待たせしました」
トレイをケントに差し出す源二。
「ほほう、確かに見た目は本物の肉じゃがと変わらないですね」
流石我が社のフードプリンタ、と呟き、ケントはフォークを手に取った。
「——それでは、見せてもらいましょうか。味覚投影オフの料理、その味とやらを」




