第31話「たとえ時代の逆行でも」
スシの人気は恐ろしいもので、いつもなら一週間ほどで新メニューも定着し、客足も落ち着くはずだったものが二週間たっても「食事処 げん」は勢いがほとんど落ちていなかった。
「確かに、俺がいた時代も寿司って人気だったもんなあ……」
閉店後、がらんとした店内でヨシロウ、ニンベン屋と夕食を摂りながら源二がぼやく。
「いやー、マジでスシってすげえんだわ! ワサビ付けたらすごくうまいしさ!」
「そう言いながら初めて食ったときは『何食わすんじゃ!』とか叫んでただろうが」
スシを次々に口に放り込むニンベン屋、同じようにスシを頬張りながら苦笑するヨシロウ。
それぞれ勝手なことを言っているが、二人の考えは同じだった。
「これはウケて当然だ」と。
そうなると一体何がウケたかを分析し、次に活かすのがマネジメントである。
ウケた要因を突き止め、それを利用しさらなるウケを狙う。狙いすぎればそれを悟られて白ける原因になってしまうし、突き止めた要因が違うものだったらそもそも何の効果も出ない。
「しかし、何がウケたんだろうか」
スシのネタ部分——マグロを模した出力物をぺらんと手に取り、ヨシロウが呟く。
ネタ部分だけを食べるのもこれはこれでおいしい。源二曰く「サシミ」というものらしいが、これもショーユとワサビによって劇的にうまみが変わる。何も付けずに食べれば生臭さを感じる。味覚投影でもこの生臭さは再現されていたが、ショーユとワサビによって消えるというよりも不思議なうまみとなって口の中に広がっていく。
そりゃーこんなにもうまくなるなら人気が出たんだろうな、と思いつつヨシロウがもう一つスシを口に運ぶ。
「ウケた理由、ねえ……」
自分の分を平らげたニンベン屋がそっとヨシロウの皿に手を伸ばす。
「あ、こら!」
ぺちん、とその手をはたき、ヨシロウが皿をニンベン屋から遠ざける。
「これは俺の! 勝手に食うな!」
「えー、ケチー」
大人げなく文句を言うニンベン屋に、源二が呆れたように苦笑してスシの皿を渡す。
「おい、甘やかさなくていいぞ」
「うまいうまい言ってくれるならおかわりくらい出すよ。っても、これ以上は太るからここまでな」
『えー』
重なるヨシロウとニンベン屋の声。
この二人、本当に仲がいいなあとほんの少し嫉妬心を抱えつつも源二は自分の前にスシの皿を置いた。
「——で、スシがウケた理由は少し心当たりがあるんだ」
「マジか」
源二の言葉にヨシロウが驚いたそぶりを見せるが、源二は落ち着き払って箸でつまんだスシにショーユを付ける。
「多分、醤油やわさびといった『後付け調味料』がウケてるんだと思う」
「ほほう」
ヨシロウが思わず姿勢を正して傾聴の体勢になるが、言われてみると確かに納得できるところがある。
プリントフード、いや、この世界の料理は全て味覚投影で味わうため「後付け調味料」という概念がない。スシも通常なら「醤油も含めた味」で均一化されている。
だが、源二が出力するそれは均一ではない。シャリの味、ネタの味が絶妙な均衡を生み出し、そこにショーユとワサビを足すことで敢えて均衡を崩し、新たなバランスを作り出す。
そのバランスを作り出せるのは源二だけで、他の店ではそれは不可能。
ただでさえ「味覚投影オフ」という唯一無二の味を出す源二がそこへさらなる味を提供してそれが確かなものならウケる、それはまぎれもない真理だった。
「ショーユが物珍しくてウケてるってことか」
「多分」
源二がネタに付けたショーユが一滴、ぽたりと皿に落ちて波紋を作る。
「この時代の俺の料理はプリントフードに革命を起こせる。俺が特許を取って売り込めばとんでもないことになると思う」
「そうだな」
ニンベン屋が全力で頷く。
「ってか、分かってんなら特許取って商品化すればいいだろ。そうしたらこんな店を開かずとも一攫千金じゃないか」
この世界で生きるということは「支配する層」になるか「支配される層」になるか。
多くの企業が覇権を巡って争い、買収し、負ければ淘汰されるというこの世界で、源二は「支配する層」に成りえる素質を持っている。調合した調味用添加物やショーユといった後付け調味料を販売すればきっと大ヒットするはずだ。
それなのにそんなことをせずに店を営業している源二をニンベン屋は理解できなかった。
自分にこれができれば特許取って売り出すのに、とぼやくニンベン屋に、源二は笑ってごまかした。
「ニンベン屋にはこの気持ちは分からんな。俺はただ金が欲しいわけじゃないんだ。この世界で俺だけの居場所が欲しいんだ」
「それが『食事処 げん』ってわけだ、ニンベン屋」
ウォーターサーバーから熱湯を汲み、味覚投影で緑茶にしたヨシロウが横から口を出す。
「流石に、茶までは再現できないのか」
「いや、できるんだがみんな好きな飲み物でさっぱりしたいだろうから」
そんなやり取りを交わし、源二がそれでも、と呟いた。
「一応利権の問題はあるから調合添加物の特許はもう取ってるぞ」
『は!?』
源二の言葉はあまりにも青天の霹靂すぎた。
特許取得済み、それはいい。むしろ特許を取っているのなら勝手にその技術を盗み出して源二を出し抜くことはできないと安心できる。それよりも。
「おま、いつの間に特許を!?」
ヨシロウが身を乗り出して尋ねる。
はは、と源二が笑ってサムズアップする。
「『食事処 げん』のオープン準備をしている間にちゃちゃっと。あれ? 書類とか届いてただろ?」
「マジかー……」
そういえば色々書類が届いていたが、全部店関連だと思ってたわ……とヨシロウが唸る。
源二の手際の良さに頭が上がらない。店の開店準備の間にここまでやっているとは有能にも程がある。
くそう、アシスタントとして雇えばよかった、と思いつつヨシロウはコップの湯を飲み干した。
「なら特許周りの問題はクリアされたな。で、ゲンジは調味用添加物——調合添加物? の商品化は考えてない、と」
「そうだな。まぁ、いつかは一般的になってほしいからいずれは商品化するつもりなんだが今はこの店だけで楽しんでもらいたいと思ってる」
「ゲンジらしいな」
一度は「商品化すれば」と言ったものの、ニンベン屋もよく分かっていた。
この味はこの店だからこそ楽しめるものだ。家で一人寂しく調味したところでうまさは半減する、と。
そう考えると、源二が敢えて商品化せずに店だけで食べられるようにしたい、という気持ちもなんとなく分かった。
「お前の時代の人間ってみんなそうなのか? 何ていうか……利益よりも人のつながりを優先する? みたいな」
ぽつり、とニンベン屋が尋ねる。
ヨシロウが「戸籍を偽造してほしい奴がいる」と言ったことから源二との付き合いは始まったし、その後も様々な料理を試食させてもらううちに源二がこの時代の人間ではないとは打ち明けられてはいた。はじめは信じていなかったが、価値観の違いを見るうちに信じざるを得なくなったし、今も自分とは違う価値観を見せつけられて再確認してしまう。
この時代で利益よりも人のつながりを優先すればずる賢い人間に食い物にされるのが当たり前なのに、源二は食い物にされることなく自分の足で歩いている。
もちろん、自分たちの手助けがあったからこそという考えはニンベン屋にもヨシロウにもあったが、二人が手を貸したのは店をオープンするために必要なものを得る準備だけ、そこからは源二が一人で歩みを進めている。
「まあ、別に義理人情が当たり前の世界ではないが、今よりは温かかったかな」
遠くを見るような目で源二が呟いた。
「俺がやってることは多分この時代に逆行してるとは思ってる。だが、やっぱりどんな時代でも温かくて『ここに帰ってきてもいいんだ』と思える場所があった方がいいと思うんだ」
「なるほど」
源二の言いたいことはなんとなく分かる。家にいてもなんとなく感じる疎外感が当たり前なのがこの世の中だが、源二がそばにいるとなぜか安心する。
「ここに帰ってきてもいいんだ」という思いは確かに理解できた。
「じゃ、頑張ってこの店を守らないとな。で、確か後付け調味料がウケた原因かもって?」
いつの間にかすっかり横道にそれていた話をニンベン屋が引き戻す。
ああそうだった、と源二も頷いた。
「そう、実際のところお好み焼きも人気メニューだが、これもソースとマヨネーズがかかってるだろ? 後から味を変えられる、つまり自分の好みで味を付けられるというのはきっと人気が出る」
「てことは、次の新メニューも後付け系?」
期待に満ちたニンベン屋に、源二が力強く頷いた。
「お前ら、最近食いすぎて太ってきてるのもあるからな。ヘルシー志向でサラダを出す」
これなら普通に出力したサラダに後付けでドレッシングを掛ければいいからな、と源二はニヤリと笑って見せた。




