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第23話「オニギリは剣よりも強し」

 不動産の契約周りでトラブルに巻き込まれたことを除けば、「食事処 げん」の開店準備は比較的スムーズに進んでいた。

 店舗はカウンター席のみのこぢんまりとしたもの、キッチンも食器洗浄用の水回りがある以外はフードプリンタやその他細々したものを置くための台がある程度。

 

 そのフードプリンタもサトルが「これも投資だ」と見繕ってくれたため、源二が機種で悩むこともなかった。

 

「さて……と」

 

 業者が設置した三台のフードプリンタを眺め、源二は満足そうに頷いた。

 

「店っぽくなったよな、ヨシロウ」

「ああ」

 

 カウンターの一席に腰掛けたヨシロウが感慨深そうにため息をつく。

 源二がトーキョー・ギンザ・シティに迷い込んで既に数ヶ月。

 これをまだ数ヶ月と言うべきかもう数ヶ月と言うべきかは分からないが、それでも源二は夢であった「店を出す」を実現させようとしていた。

 

「もっと年単位で時間がかかると思ってたから、自分でも驚きだよ」

 

 キッチンから店内をぐるりと見回す源二を、ヨシロウは微笑ましく眺める。

 店舗の出入り口は一箇所だけではなく、二辺のどこからでも入れるように開け放たれている。その天井からぶら下がるホロサイネージの暖簾がゆらゆらと揺れ、光の演出としては見ていて飽きない。

 

「来週、プレオープンか……」

 

 光の暖簾に視線をなげ、ヨシロウがぽつりと呟いた。

 プレオープンの後、数日で「食事処 げん」は正式にオープンする。

 そうなると——。

 

「ゲンジも俺の元から卒業か……」

 

 えも言えぬ寂しさに駆られ、ヨシロウが再び源二を見る。

 ヨシロウが源二の面倒を見ることができるのはここまでだ。少なくとも源二が自立するまでは面倒を見るという話だったし、源二が自立してしまえばヨシロウが面倒を見る理由もなくなる。確かに調味用添加物の購入費用や戸籍の偽造費用など、源二がまだ支払っていないものは色々あったが、それはもう返してもらわなくてもいい、とヨシロウは思い始めていた。

 

(立て替えたもの以上に払ってもらったからな)

 

 この数ヶ月、源二が作り続けた様々な料理。それはヨシロウを掻き立てるには十分だった。源二の料理があったからここ数ヶ月頑張ってこれたし、楽しい経験をすることができた。それだけで、源二の面倒を見た価値があった、そう思っていた。

 源二が借りたこの店舗は住居兼用型ではなかったため帰る場所は必要だが、それも店が軌道に乗れば近場のアパートでも借りればいい。

 

「……寂しくなるな」

 

 これが子供が巣立つ親の気持ちか、などとヨシロウが呟いていると、源二が不思議そうな顔をした。

 

「何言ってんだ?」

「いや、お前ももう独り立ちかと思うとな。新しい家の目処とか立ってんのか?」

 

 まぁ、収入が安定するまでうちにいてくれてもいいんだが、とヨシロウが続けると、源二は少しだけ険しい顔になった。

 

「え、お前、俺を追い出すの」

「えっ」

 

 まさかの言葉に、ヨシロウが声を上げる。

 

「いや、別にうちにいたいならいくらでもいてくれて構わんが」

「だったら今と同じでいいだろ。そのほうが家賃が浮く」

 

 あっけらかんとして言う源二。

 一瞬、ポカンとしたヨシロウだったが、すぐに言葉の意味を理解した。

 

「え、お前うちに残るの?」

「ヨシロウがいてもいいと言うなら」

「ダメと言う理由があるか?」

 

 源二が家にいてくれるなら願ったり叶ったりだ。

 何しろ源二の料理は美味い。源二が独立すれば毎日でも「食事処 げん」に通うつもりではあったが源二はそれ以外にも掃除や洗濯もしてくれる。

 もちろん、店がオープンすれば任せきりにするわけにはいかないが、それでも分担すれば負担は半分である。

 

 源二もそう思っていたようで、「当たり前だろ」と苦笑した。

 

「まだ俺はヨシロウに恩返しできてないからな。ヨシロウが迷惑でなければ、もうしばらく厄介になりたい」

「ゲンジ……」

 

 フードプリンタに向き直り、出力テストを開始した源二の背に、ヨシロウが声をかける。

 

「……ありがとな」

「なんか言ったか?」

 

 振り返らずに源二が尋ねる。

 

「いーや、なんでも」

 

 苦笑で誤魔化し、ヨシロウは改めて店内を見回した。

 この席が客でいっぱいになればいいな、そう願いにも似た呟きを口にした時、

 

「おー、ここが噂の新店か」

 

 不意に、数人の男が光の暖簾をくぐり、中に入ってきた。

 

「すみません、まだオープン前で」

 

 看板は点灯していなかったが間違って入ってきたのかと思った源二が謝罪する。

 だが、男たちは意に介さずにカウンター席に座る。

 

「兄ちゃん、今度店を開けるんだろ? だったら俺たち白鴉組がケツモチしてやるよ」

「こいつ——」

 

 男の声でヨシロウはピンときた。

 名乗っているから当然だが、この男たちは白鴉組の中でも店を回ってみかじめ料を集める下っ端中の下っ端だ。こうやって()()していない店を見つけ出しては護衛(ケツモチ)を条件にみかじめ料を得て白鴉組本部に上納する、そんなところか。

 

「おい、てめえら誰に断って——」

 

 思わずヨシロウが立ち上がり、白鴉組の下っ端を睨みつける。

 ヨシロウも白鴉組と協力関係にあるハッカー、普通ならヨシロウがここにいると気づいた時点で「食事処 げん」には白鴉組との繋がりがある、と分かるはずである。

 だが、この下っ端たちはヨシロウを一瞥し、はぁ? と声を上げた。

 

「おいおっさん、俺たちを何だと思ってんだよ。白鴉組だぞ? し・ろ・が・ら・す・ぐ・み」

「お前らが名乗ってるからもう知ってる。お前らこそ俺を誰だと思ってんだよ」

 

 そう言いながらも、ヨシロウは「面倒なことになった」と考えていた。

 白鴉組の人間なら自分のことを知っているはず、という前提が崩れた。知っているならこんな反応はしない、と考えると相手は白鴉組を騙る二次、もしくは三次団体か、ヨシロウのことを聞かされていない新米である。

 

 これは()()が必要だなとヨシロウが空中に指を走らせる。

 とりあえず軽くショックデータ(PASS)でも送りつけてやるか、と男たちのBMSへのハッキング準備を行なっていると、源二がフードプリンタから何かを取り出した。

 

「白鴉組の人でしたか。話はついていると思ったんだけどなあ……」

「はぁ?」

 

 落ち着き払った源二に男たちが声を上げる。

 そんな男たちの前に、源二はオニギリの乗った皿を置いた。

 

「まぁ、せっかくなので試食していってください。味覚投影オフ料理、噂には聞いたことあるでしょう?」

 

 一人ひとりの前に置かれたオニギリの皿。

 あまりにも堂々とした源二に、男たちは気圧されてオニギリを手に取る。

 

「味覚投影オフって言ったよな……」

「そういやこの間SNSで騒がれてたよな、『フードプリンタの展示会ですごい料理が出た』って」

 

 そう、恐る恐る男たちがオニギリを頬張る。

 

「……う……」

 

 男の一人が目を白黒させる。

 

「うんめー!」

 

 別の男も声を上げ、食べかけのオニギリの断面を見る。

 

「噂で聞いてたけどすげえなこれ!」

「こんなの食ったことない!」

 

 一口食べて味が分かった男たちの反応は今までのヨシロウたちと同じだった。

 あっという間にオニギリを貪り、期待に満ちた目で源二を見る。

 

「え、こんな美味いもの出すの?」

「喜んでくれて嬉しいよ」

 

 完全にオニギリの虜になった男たちに、源二が笑う。

 オニギリのおかげで、剣呑な雰囲気だった男たちは完全に源二のペースに飲まれていた。

 これは穏便に終わりそうだな、と思ったヨシロウが指を動かしてハッキング処理を中止する。

 

「お前ら、白鴉組の奴だって?」

 

 そうは訊いたもののPASSを送るためにハッキングしたBMSのデータから裏取りは完了している。

 ああ、と頷く男たちに、ヨシロウはため息まじりに説明した。

 

「この店はもう白鴉組の庇護下にあるぞ。いや、厳密にはまだ契約してないんだが俺がここにいるってことはそういうことだ」

「え、おっさん何者」

 

 男の一人が不思議そうに首を傾げると、ヨシロウはもう一度ため息をつく。

 

「お前らじゃ話にならん。来週、プレオープンだからその時にオヤジを呼びたいとイナバが言ってたって伝えれば分かる」

「オヤジを知ってるのか?」

 

 その問いに、ああ、と頷くヨシロウ。

 

「だからお前らは今日のところは帰れ。ああ、伝言忘れるなよ」

 

 オヤジを知っているヨシロウにそう言われると、下っ端たちは従わざるを得ない。

 不思議そうな顔をするものの、とりあえずこの場で騒ぎを起こせば上から制裁されると思った男たちは素直に席を立ち、店を出ていく。

 

「あ——オニギリ、美味かった!」

 

 最後の一人がそうペコリと頭を下げ、先に出ていった男たちを追いかける。

 

「はー……やばかった」

 

 流石に店内で暴れられてオープン前から大改装という羽目にならなくてよかった、とヨシロウがほっと息をつく。

 

「いやー、飲食店でヤクザのケツモチってよく聞く話だが、マジであるんだな」

 

 源二もほっとしたのか、カウンターに回ってヨシロウの隣に腰掛ける。

 

「お前、あいつらに何かしようとしただろ」

 

 オニギリを準備している間に、源二は源二で男たちの様子を観察していたらしい。

 その時にヨシロウが()()()()()()ことで察知したのだ。

 ヨシロウはBMSをハッキングしようとしている、と。

 

「あー、バレてたか」

「そりゃー分かるさ。ずっとヨシロウのハッキングを観察してたんだぞ」

 

 ほい、と源二がオニギリを差し出すと、それを受け取ったヨシロウが苦笑してネタバラシする。

 

「俺は腕っぷしがダメでもハッキングがあるからな。PASSを送りつけてやろうと思ってたんだよ」

「なんだ、PASSって」

 

 聞きなれない言葉に、源二が尋ねる。

 

「『PAin(ペイン) Sanction(サンクション) Sacrifice(サクリファイス)』、略してPASSだ」

「何それ」

「簡単に言うと、相手のBMSにめちゃくちゃなデータを送り込んで混乱させるハッキング手段だ」

「……怖っ」

 

 その説明だけではイメージはできなかったが、それでも本能的に「やばい」と源二は判断した。

 脳内に構築された通信システムであるBMSを攻撃されればただでは済まない、ただ漠然と理解するがそれだけで十分だ。

 ヨシロウを怒らせたらとんでもない目に遭う、そう思った源二は「ヨシロウだけは怒らせないようにしよう」と本気で思った。

 

「ま、お前の料理の方が平和的解決になったがな」

 

 とりあえずフードプリンタの動作テストも終わったようだし、あとはプレオープンを待つだけか、とヨシロウは呟いた。

 

「プレオープンの招待リスト、一応白鴉組にはお世話になってたから追加してたが、もう少し追加するか?」

「いや、オヤジと何人かは呼んでるんだろ?それでいいだろ」

 

 あまりあからさまにすると今度は一般客がビビるからな、とヨシロウが続け、源二に皿を返した。

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