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PREFER-TATION RUNNERS -嗜好と思考のコンフリクト-  作者: 蒼井 刹那
第2章「渡された架け橋」
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第21話「食うか食われるか」

 三日間にわたって開催されたフードプリンタの展示会は今までにないほどの盛況で幕を閉じた。

 その立役者となったのが「食事処 げん」と言っても過言ではない、というのがこの展示会に参加した各企業の見解だった。

 

「うちのプリンタでもこれができるとは、すごいな」

 

 閉会直後、源二がフードプリンタを貸し出してくれた企業にその企業のプリンタで出力した料理を持って挨拶に回っていたが、どのメーカーも源二が出力した料理に驚くばかりだった。

 

「どうやったらこんな味が」

「調味用添加物を組み合わせて作ったんですよ。特に難しいことはありませんが——あーでも本来の味が分からなかったら再現は難しいか……」

 

 出展したメーカーの営業担当がオニギリを頬張りつつ尋ねると、源二は笑って種明かしをする。

 本来ならこれは企業秘密であり、利益を最大限に得るならこの情報は決して明かせないもの。

 しかし源二があっさりそれをばらしたのにはちゃんと理由があった。

 

「……調味用添加物の組み合わせで……」

 

 信じられない、といった面持ちの営業担当。

 そうですよ、と源二が大きく頷く。

 

「まぁ、具体的なことはお話しできませんが、フードプリンタと調味用添加物には驚かされます」

「あはは、まるでフードプリンタがない場所から来たようなことを」

 

 冗談めかして言う源二に、営業担当がつられて笑う。

 その時点で、営業担当の頭から調味用添加物の組み合わせという話は脳内から零れ落ち、それ以上の話題にならない。

 

「——ふむ」

 

 源二の後ろで撤収作業を行いながら、ヨシロウは感心したように声を上げた。

 

「……ネタバラシをしておいて、どうでもいいがインパクトのある話題で上書きするとはやるな」

「ん? なんか言ったか?」

 

 ヨシロウの呟きが耳に入ったニンベン屋が尋ねるが、ヨシロウはいいやなんでもないと首を振る。

 

「ゲンジはなかなかすごい奴だって言ったんだよ」

「そりゃゲンジはすごいだろ。この俺を唸らせてるんだぜ?」

 

 食べるのが大好きなニンベン屋。普段は目の前の料理と味覚投影を適当に組み合わせた味のギャップを楽しんでいたが、源二のオニギリ、それからクッキーを食べてその魅力に取り付かれてしまった。

 

 クッキーは見た目通りの味だがオニギリは見た目だけでは具の味までは分からない。食べて初めて分かるという真新しさに取り付かれるのは当たり前の話だ。

 ニンベン屋の言葉に「そうじゃないんだがなあ」と思いつつも適当に相槌を打ち、ヨシロウは源二と営業担当の会話に耳を澄ます。

 

「——もしよかったらうちのフードトナーと『食事処 げん』コラボしてみませんか? きっと話題沸騰ですよ」

 

 そんな営業担当の言葉がヨシロウの耳にも届く。

 

——こいつ、うまいこと言ってレシピを盗む気か。

 

 源二は手の内を明かしている。その手の内を利用して利権を得ようとしているのは見え見えである。

 そもそも源二の料理は源二が説明した通り「調味用添加物の組み合わせ」でできるもの、そのレシピを提供してフードプリンタのメーカーがフードトナーと共に調合した調味用添加物を販売すれば源二の味はそのまま再現されてしまう。

 

 当然、源二も応じるとすれば限られたレシピだけにするだろうが、源二もまだ調味用添加物の研究中、レシピ自体はそこまで数があるわけではない。

 さあどう出る、とヨシロウが様子を窺っていると、源二は申し訳なさそうに苦笑した。

 

「流石にオープン前の店ですからそこまで話題にはなりませんよ。それに、この味はまだ広まっていません。それならまずは自分の店で本当にヒットするかどうか試して、ヒットするならコラボを考えてもいいかと」

「……それもそうですね。確かにコラボと言うものは知名度が高いコンテンツで行うことが多いのも事実。今の『食事処 げん』では知名度がないため興味を持つ人も少ない——と」

 

 源二の説明に納得したように頷く営業担当ではあったが、ヨシロウはその声音に「気づかれたか」という思いが含まれていることに気が付いた。

 「食事処 げん」がオープンすると同時に味覚投影なしでも食べられることをウリにした調味用添加物を発売すれば、少なくとも今回イベントに足を運んだ人間はその価値を知っているから購買層となる。源二もそのリスクをきちんと把握していたということだ。

 

「ゲンジ、こっちはあらかた終わったぞ」

 

 最後にテーブルクロスを畳んでキャリーケースにしまったヨシロウが源二に声をかける。

 その一言で営業担当もこれ以上の深入りは無理かと判断したらしい。

 

「それでは、『食事処 げん』がヒットしたらぜひともコラボを。楽しみにしていますよ」

「ええ、楽しみにしています」

 

 とりあえずは社交辞令で挨拶を交わし、営業担当がそそくさとブースを離れていく。

 ふぅ、と息を吐いて、源二はヨシロウを見て——サムズアップしてみせた。

 

「どうだ、イベントの反響は」

「マジですごかったな。まさかメーカーからも声がかかるとは思ってなかったぞ」

 

 ここまで大反響を呼ぶとは思っていなかったため、ヨシロウが素直に頷く。

 ニンベン屋はまだいくつか残っているオニギリをちゃっかり保冷バッグに詰め、持ち帰ろうとしている。

 

「ニンベン屋、ちゃんと保冷はしておいてくれよ」

 

 オープン前に食中毒を起こされたらたまったものじゃない、と源二が忠告すると、ニンベン屋はニンベン屋で自信満々にサムズアップする。

 

「大丈夫だ、保冷パックは三個持ってきた」

「うわ、こいつ最初(ハナ)っから持って帰る気満々だったな」

 

 保冷バッグでキンキンに冷えている三つの保冷パックを見たヨシロウが呆れたように呟いた。

 

「まあ、元々は俺たちの夕飯にするつもりで多めに作っていたからな。思ってた以上に食べてもらえてよかったよ」

「確かに、多めに作っておけば楽だもんな」

 

 そうは言ったものの、料理をするのはフードプリンタで、人間はレシピを選んでボタンを押すだけである。源二だとそこに「調合した調味用添加物を加える」という工程が増えるが、それでもここしばらくはその添加物の調合も安定したのか決まった料理を作る時は一から調合せずに調合ずみの添加物を投入するだけになっている。

 

「まあ、俺がいた時代に比べたらかなり楽だが、それでも作り置きは便利だからな」

 

 そう言いながら、源二も疲れたとばかりにチラシから飴の袋をもぎ取り、中身を口に放り込む。

 

「とにかく、思ってた以上に興味を持ってもらえてよかった。一番心配してたのは材料が足りなくなることだったが、これくらいの余りなら完売宣言できるくらいだよ」

 

 イベントで予定より早く完売するのはサークルの恥という派閥もいたからな、などと嘯く源二にヨシロウが首を傾げる。

 

「完売? サークル?」

「……」

 

 ヨシロウの反応に、源二は内心あっと声を上げていた。

 

(ヨシロウはオタク文化分からない、把握した)

 

 そんなことを考えつつ、源二も残りの小道具をキャリーケースにしまう。

 と、そこへ今回のイベントを主催していたサトルがひょっこりと顔を見せた。

 

「これはこれは『食事処 げん』の皆さん。イベントの手応えはいかがでしたか」

 

 そう尋ねるサトルに、ヨシロウが「何を白々しく」と軽く毒づく。

 

「イベント参加を認めてもらえただけで金星だと思っていたが、ここまで盛況だと感謝してもし足りないな」

「イナバが私を褒めるとは珍しいな。私だってこう見えても投資家の端くれだ、当たると思ったものには投資するよ」

 

 そう言いながら、サトルは源二に視線を投げる。

 

「おかげさまで、用意した試食はほぼ完売ですよ」

 

 源二も深々と頭を下げる。

 

「まだ概算ですが今回の来場者は前回の三倍近い数字が出ていますからね。アンケートもチラ見した感じ『面白いプリントフードが食べられた』といった内容が多い。それを目当てに来場して、そのついでに新しいプリンタを購入したという声も上がっていますので我々としては大成功ですよ」

「それはよかった」

 

 サトルの言葉に、源二はほっとしたようだった。

 源二としても多少は不安があった。このイベントで味覚投影オフの料理が受け入れられなければこの先も難しい。今までヨシロウをはじめとして何人もの人間を魅了してきたが全員が全員そうなるとは限らないどころかヨシロウたちが少数派(マイノリティ)である可能性すらあった。

 

 イベントの参加は熱心なファンであるヨシロウがきっかけだったが、いざ蓋を開けてみればほとんどの試食客が味覚投影オフという斬新さに驚き、店のオープンを楽しみにすると言ってブースを後にした。

 

 もちろん、それが社交辞令であったものも多いだろうが、それでも源二の料理を否定的に見る人間はほとんどおらず、想像以上に源二の料理は人々に受け入れられていた。

 

「ヤマノベさん、貴方が出力した料理は我々の常識を覆しました。ただ生きるために食べる、ではなく、食べることがそのまま娯楽になるということを教えてくれた。『食事処 げん』の成功、心から願いますよ」

「私が食べるの好きな人間ですからね。食というものを娯楽として楽しんでほしい、という気持ちはありますよ」

 

 そして——と源二がサトルを真っ直ぐ見る。

 その目に、サトルもニヤリと笑った。

 

「『食事処 げん』の開業資金は集まっているのですか?」

 

 前置きはここまでだ、というサトルの質問。

 ええ、と源二も大きく頷く。

 

「ヨシロ……イナバさんの協力のおかげで」

「それでも、資金はあるに越したことはない、でしょう?」

 

 サトルの言葉に再び頷く源二。

 

「イナバさんにこれ以上危ない橋を渡らせるわけにはいきませんからね」

「な——」

 

 源二がこの話をサトルに出すとは、サトルもまた裏社会に身を置いていると確信していなければ出せないはずだ。

 こいつ、どこまで知っているとヨシロウが見守っていると、今度は源二がニヤリと笑った。

 

「——白鴉(しろがらす)組」

「——ほう」

 

 たった一言ではあったが、二人の間で全て通じてしまった。

 

「よく気づきましたね」

「まぁ、少し調べれば分かりますよ。もちろん、これを公言する気はありません。私も裏社会(こちら側)にいないと生きていけない身なので」

 

 なるほど、とサトルが頷く。

 

「それなら、イナバに協力して私も全面的に『食事処 げん』をサポートさせていただきましょう。『げん』が潤えば私も潤う、悪い話ではないはずだ」

「そうですね。今回の展示会で確信しました。『食事処 げん』は流行ります」

 

 その言葉と共に差し出される源二の右手。

 その手を、サトルはしっかりと握りしめた。

 

「交渉成立ですね」

「たまには食べにきてくださいよ」

「それはもちろん」

 

 固く握手を交わした後、サトルがくるりと踵を返す。

 

「詳しいことはイナバに連絡を入れておきましょう。それでは、私はこれにて」

 

 歩み去るサトル。それを見送り、ほっと息を吐く源二。

 サトルの背が見えなくなってから、源二はさらに息をついて肩の力を抜いた。

 

「やっぱり、あの人は緊張するな」

「ってか、よく交渉したな」

 

 ほら、もう行くぞとキャリーケースを転がしながらヨシロウが源二を促す。

 それに続いて歩きながら、源二はまあね、と頷いた。

 

「ああいう場ではビビってるのがバレれば終わりだ。だろ? ヨシロウ」

「それはそうだ」

 

 それでも、サトルを前に堂々と立ち回った源二の肝っ玉の太さにヨシロウは驚きを隠せなかった。

 

 こいつはマジで大物になる、そんな確信を持っているのはヨシロウだけでない。ニンベン屋もまたその確信を持ちながら、帰路に着く源二を見るのだった。

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