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PREFER-TATION RUNNERS -嗜好と思考のコンフリクト-  作者: 蒼井 刹那
第2章「渡された架け橋」
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第15話「新たな拠点を探して」

 源二は不動産サイトで貸店舗の物件を探し始めていた。

 ヨシロウとしては源二の作戦——食べ物に「匂い」を付けるということがどういうことかもよく分からず、帰宅したらその実験でも始めるだろうと思っていただけに拍子抜けしてしまう。

 

「いつもなら調味用添加物の研究をするお前が物件探しとか珍しいな」

 

 おいしいものが食べられると期待していただけに、ヨシロウの失望は大きい。

 だが、源二は苦笑して視界に移された物件一覧をスクロールしていた。

 

「うーん、毎日味の確認ばかりしていると味覚が慣れてしまって逆に精度が落ちるからな。たまには息抜きだよ。それに——」

 

 そう言った源二の視線がヨシロウの腹に流れる。

 

「なんか、自覚ありそうだしな」

「ぐっ」

 

 痛いところを突かれ、ヨシロウが思わず呻く。

 ウェストがなんとなくきつく感じているのは事実だ。それが食べすぎによるものであることも理解している。

 つまり、ダイエットしろということか、と源二の無言の圧にヨシロウは「くそう」と小さく呟いた。

 

 実際のところ、ここ数日、源二が出した料理はあまりにもおいしすぎた。健康のことを考えれば何事もほどほど、これからはもっと節度を持って試食しようと心に誓いつつ、ヨシロウは空中を何度かタップして源二の視界に割り込んだ。

 

「わっ」

 

 ヨシロウからのウィンドウ共有申請が出たと思ったら勝手にそれが承認され、源二が声を上げる。

 

「……ヨシロウ……」

 

 お前、ハッキングしたなという恨めし気な視線をスルーし、ヨシロウはふむふむと物件一覧を見た。

 

「お前のBMSのセキュリティは誰がいじったと思ってんだ?」

「うーわー、職権乱用」

 

 そう抗議するものの、源二の口調はそこまで恨みがましくない。

 なんだかんだ協力してくれるヨシロウには感謝の念しかないため、ハッキングしたことに関しては文句を言うがそれだけにとどめ、源二は「どう思う?」と声をかけた。

 

「お前、割といいエリア選んでんじゃねえか」

 

 トーキョー・ギンザ・シティはかつての東京二十三区のいくつかが併合された広大な都市だが、源二はその中でもヨシロウが住んでいるこの家から比較的近場、歩いて行ける範囲に絞りんで物件を探していた。見たところ、いくつかの物件にはブックマークが付けられているのである程度の目星は立っているということか。

 

「そうだな、少し歩いた感じこの辺りは人通りも多いし飲食店もそれなりにあるが飽和状態ってわけでもない。治安的なものも考えたら歩いて移動できる範囲の方が安全だし俺も研究の時間が取れるからな」

「なるほど」

 

 研究ねえ、とヨシロウが呟く。

 源二が行っているのは確かに実験であり研究だ。化学物質の組み合わせであんなおいしいものができるのなら源二の言う料理人と言うものはある種の化学者である、ともいえる。

 ヨシロウが画面をスワイプしながらそんなことを考えていると、とある物件が目に飛び込んできた。

 

 見たところ交差点の角地にある飲食店向け物件で、前に入っていたのも飲食店。どうやら生存競争に負けて撤退した物件らしいが交通の便や立地を考えると悪くない。

 

 ちら、とブックマークを確認すると源二も目を付けていたらしく、しっかりブックマークが付けられている。

 

「おい源二」

 

 ヨシロウがそう声をかけ、源二の視界に物件を飛ばす。

 

「お前もブックマークしてるから分かってると思うが、ここいいな」

「お、ヨシロウもそう思うか?」

 

 こんないい立地なのに長続きしなかったのか、と呟きつつ、源二はヨシロウを見た。

 

「素人の目から見て気になる物件なら間違いはない、ここを第一希望でいくつかピックアップするよ」

 

 ヨシロウがいてくれて助かった、そう呟く源二にヨシロウの心臓がドクン、と跳ねる。

 独り言のような呟きなのに、この言葉は何故か心に響いた。

 こんな俺でも存在することで助かる人間がいるのか、と思うと源二を助けてよかった、と思う。

 

 確かに今までもハッキングを通じて「困っている」人間は助けたかもしれないが、目に見えて感謝を伝えられたことはない。ただ人知れず手助けするだけだ。それが当たり前だと思っていたし、この社会で感謝なんてものは無駄だと思っていたが。

 

「……案外、いいものなんだな」

「ん? なんか言ったか?」

 

 ヨシロウの呟きに、源二が首を傾げる。

 

「いーや、なんでもない。とにかくいい物件を見つけたなら善は急げだ、仮押さえしておくぞ」

 

 照れ臭さを飲み込み、ヨシロウが促すと源二は分かった、と物件の内見予約を入れる。

 

「じゃあ、次は許可周りか……あっ」

 

 保健所に届け出を出す準備を、と立ち上がった源二が硬直する。

 

「どうした?」

 

 硬直した源二に、ヨシロウが首を傾げる。

 

「飲食店の開業……食品衛生責任者と防火管理者の資格……いや、調理師免許も含めて持ってるんだがこの時代じゃ……」

「あ」

 

 ヨシロウも固まる。

 店を開くとなればなんだかんだと行政から許可を得なければいけないし、そのために資格が必要となることもある。ヨシロウは飲食店開業のための条件となる資格にどのようなものがあるかは知らなかったが、源二が言うのであればそれが必要なのだろう。

 

 とはいえ、源二が口にした三つの資格のうち調理師免許だけは聞いたことがない。他の二つは「仕事」をする上で知識としては知っていたが、調理師免許とはいったい何なのか。

 

「なあ、調理師免許って何なんだ?」

「え、まぁ別に飲食店経営で必須ってわけじゃないんだが飯を作る人間としては持っておいた方がいいっていう資格だよ。いや、待てよ——」

 

 ヨシロウが調理師免許を知らない、という事実に源二もピンとくる。

 

「ああそうか、今の世の中本物食材で料理することもないから調理師免許なんてもう廃止されたのか……?」

「……多分」

 

 確信はないが、ヨシロウがとりあえず答える。

 

「調理師免許は持ってると客の信用を得やすいとは聞いてたが、まあ廃止されたなら意味ないな。じゃあ食品衛生責任者と防火管理者か……。しまったな、ニンベン屋にそれも頼んでおけばよかった」

「あぁ? もう用意してるぜ?」

 

 不意に、ニンベン屋の声がリビングに響く。

 えっ、と源二とヨシロウが部屋の入り口を見ると、そこにA4ほどの茶封筒をひらひらさせたニンベン屋が立っていた。

 

「ほい、IDカードと食品衛生責任者と防火管理者の免状。この辺はいまだにペーパーレス化されてないから偽造は簡単だったぜ」

 

 行政なんて戸籍以外は割とガバいんだよ、と得意げに笑うニンベン屋に、ヨシロウが苦笑する。

 

「お前、インターホンくらい鳴らせ」

「すまんすまん。でも俺とお前の仲だろ、気にすんな」

 

 そう言いながら部屋に入り、ニンベン屋が源二に茶封筒を渡す。

 

「どうだ、なんか美味いものできたか?」

「お前、目当てはそれかよ」

 

 いつもなら取りに来いと言うニンベン屋がわざわざ届けに来た意図を察し、ヨシロウはわざとらしくため息をつく。

 

「今日のゲンジは休みだ。諦めて帰るんだな」

「え、あるぞ」

「え!?」

 

 今日は食べられないと思っていただけに、源二の言葉はあまりにも青天の霹靂だった。

 え、あるのか、あるなら食わせろよヨシロウが源二を睨むと、源二は苦笑して立ち上がり、キッチンからジッパー袋を持ってくる。

 

「本当はヨシロウが徹夜して作業するならその休憩用にと思って作ってたんだが、ニンベン屋が来たなら一緒に食べよう」

『おおー!』

 

 ヨシロウとニンベン屋の声が重なる。

 源二が手にしたジッパー袋を開けると、薄い狐色の平べったい物体が顔をのぞかせる。

 

「お、クッキーか!」

 

 いいぞ、甘いものは好きだ、と言うニンベン屋に、ヨシロウもそうだな、と頷く。

 頭を使う作業が多いハッキングでは甘いものがとにかく欲しくなる。あまりにも甘い物ばかり食べていると塩味が欲しくなってオニギリを出力することもあったが、それでもクッキーはヨシロウもよく出力するお菓子だった。

 

「ほら」

 

 源二に差し出され、ヨシロウとニンベン屋がクッキーを手に取る。

 視界に表示される味覚投影メニューをオフにして、一口。

 

『ん〜!!』

 

 同時に唸るヨシロウとニンベン屋。

 ほろり、と口の中で解けるクッキーと、同時に広がる甘味。

 味覚投影とは違い、小麦粉の味に砂糖の甘みが重なり、一枚食べただけで満足感が二人を満たしてしまう。

 

「やっぱ……すげえわ」

 

 クッキーを完食したニンベン屋が満足そうに呟く。

 

「ゲンジ、絶対に店を出せよ。そのために俺たちは危ない橋渡ってんだ」

「ああ、もちろん」

 

 ニンベン屋の言葉に、源二が力強く頷いた。

 こうやって支えてくれる人がいるならそれに応える。

 早く許可をもらって店を開かねば、と思いつつ、源二もクッキーを一枚頬張った。

 口に広がる甘みは子供の頃に母親が作ってくれたクッキーを思い出させてくる。

 

「……じゃあ、これだけ期待されてたら頑張るしかないな」

 

 ちょうどいい、ニンベン屋も試食に付き合うか? と源二が尋ねると、ニンベン屋は目の色を変えた。

 

「おう! いくらでも付き合うぞ!」

「あ、ずるい俺も!」

 

 ヨシロウも大人気なくニンベン屋に続く。

 仕方ないなあ、と笑いつつ、源二はキッチンに向かって歩き出した。

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