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第117話「隣に立つべきは」

 宴の喧騒が続く店内を、源二が客を掻き分けながら歩く。

 ひとところにとどまっていては限られた常連としか話せない。だが、源二としてはなるべく多くの常連と言葉を交わしておきたかった。

 

「あらタイショー、楽しんでますか?」

 

 源二が常連たちと言葉を交わしながら店内を回っていると、不意に一人の女性から声をかけられた。

 上下を白のジャージで統一した、白銀に髪を染めた女性。その腰にぶら下がる白いフェイクファーのキーホルダーは狐の尻尾を思わせる。

 

「ああ、貴方ですか」

 

 源二がにこりと笑って会釈する。

 この女性は見たことがある。過去に数度だけだが来店し、ネタで作っていたドカ盛りスイーツメニューを制覇した健啖家だ。あの時は「よく食べる女性だなあ」程度に思っていた源二だったが、今なら分かる。

 

「どうお呼びすればいいですかねヨ——『ゴーストファング』にはバレたくないんじゃないですか?」

「お気遣いありがとうございます。まあ、イナバ・ヨシロウとはこの際腹を割って話したいのでタイショーから紹介していただけるとありがたいです。私はビャッコ・ユキノ。あとは言うまでもないでしょう」

 

 そう言い、ユキノと名乗った女性はフェイクファーのキーホルダーを尻尾のように揺らしてみせた。

 

「いいんですか? 素顔を晒して」

 

 源二はユキノの正体を見抜いていた。「仕事」の時のユキノの姿は知らないが、それでも通信で聞いたあの声で、外見も「仕事」時のモチーフを身に付けているのならわざわざ確認するまでもない。

 

 「スノウフォックス」でしょう——その問いを口にせずとも、源二は確信していた。

 ユキノがええ、と笑みを浮かべる。氷のように冷たく鋭い笑みだが、源二は逆に温かさを覚える。

 

 源二がベジミール社でケントと話していた間、ユキノ——「スノウフォックス」はヨシロウをサポートし、量子コンピュータで構築された中央演算システム(メインフレーム)に侵入、ベジミール社の軍勢にPASSを送り付ける手伝いをしたという。それ以外にも空爆の際にヨシロウと共にペッパーフィッシュ社を制圧したり、何度も助けられた。

 

 全てが終わった暁には源二のフルコースを食べたいと言っていた「スノウフォックス」が今、源二の前に堂々とした姿で立っている。

 

「やっぱり、タイショーの料理が一番ですね。ベジミールの味覚投影オフシリーズや『食事処 げん』コラボフードも食べましたが、この料理は『食事処 げん』で食べると特においしい」

 

 なんででしょうね、と続けるユキノに、源二は笑うことで答えを返す。

 

「温かいからですよ」

「料理が?」

「いいえ、この店の雰囲気がです」

 

 ぐるりと店内を見回し、源二が言葉を続ける。

 

「確かに、店を作ったのは俺かもしれない。でも——この温かい雰囲気を作ったのは皆だ。初めは珍しい料理を食べられる、から始まったかもしれないが、そこから人の輪が広がって、笑い合って、楽しいことも辛いことも共有して、繋がっていったんです。その繋がりが熱となって人の心を燃え上がらせる——明日を歩きたいという希望になる。俺はそんな店を作ったつもりですよ」

「タイショー……」

 

 源二の目は真っすぐ未来を見ていた。時間の矢印(タイムライン)を超えた、その先を。

 

「元の時代にいた時、俺は後悔ばかりしてた。次の日を考えることもできず、その日一日を生きるだけで精一杯だった。でも、この時代に来て……ヨシロウやニンベン屋、その他の仲間と出会って、明日を、そしてその先を見ることができるようになった。それなら今度は俺がもらった希望を繋ぐ番だ。俺にできることは料理を作ることだけ、だから料理で明日を見せる」

 

 周囲の常連は皆笑っていた。初めて「食事処 げん」に来た頃は暗い顔をしていたり生きるのに疲れていた人々が、少なくともこの店では笑えるくらいに元気になっている。

 それを見ていると、源二はこの時代での自分の役割は終わった、と確信できた。

 

 これなら大丈夫、あとは源二の思いを受け継いだ常連やチェーン店の店長が何とかしてくれる。

 

「寂しくなりますね」

「いや? すぐ戻ってきますよ。自分の役割は終わっても、仕事は山積みですからね」

 

 ユキノの言葉に源二が苦笑する。

 自分が元の時代に戻ることを寂しく思ってくれる人がヨシロウ以外にいる——その事実は逆に心強い。

 

 源二は二つの時代を行き来するつもりでいた。それでも、それを快く思わない人間がいるのなら戻ってこない方がいいかもしれないと漠然と思っていた。

 だが、実際に蓋を開けると、源二の帰還を惜しむ声は留まることを知らなかった。

 

 すぐに戻ってくると言われても、多くの常連が「元の時代に戻らなくてもいいじゃないか」と口を揃える。

 まさか、こんなに慕われるなんてな、と思い返しつつ源二はユキノに視線を戻した。

 

「で、ここに来たのはヨシロウと話したいからって?」

「ええ、一度イナバにしっかり言って聞かせないといけませんので」

 

 真顔でそう言うユキノに、源二は分かった、と頷いた。

 

「じゃあヨシロウを探しますかね——」

 

 もう一度店内を見回し、ヨシロウの姿を見つけて源二が歩き出す。

 ユキノもそれに続くと、源二に気付いたヨシロウが軽く手を挙げて自分の場所を教えてくる。

 

「おい、『ゴーストファング』」

 

 源二がヨシロウをスクリーンネームで呼ぶ。

 

「『スノウフォックス』連れてきたぞ」

「——え?」

 

 源二に言われてユキノを見たヨシロウがきょとんとする。

 

「え、え? ええ?? おま、『スノウフォックス』!?」

「イナバ、今日という今日は逃がしませんよ」

 

 一歩踏み出し、ユキノがヨシロウの真正面に立つ。

 

「私もこうやって素顔を晒したのですから、今日こそ受諾してもらいます」

「え、受諾? ヨシロウ、何か提案されてたのか?」

 

 事態が飲み込めない源二がヨシロウとユキノの顔を見比べる。

 

「い、いや、俺は別に——」

「ええタイショー、実はここ数年イナバにはビジネスパートナーとしての提携を申し込んでいたんですよ。イナバは数少ない量子ハッカー、それもウィザード級。それなのに企業と契約することもなくフリーで細々と中小企業のサーバを攻めては日銭を得るという非効率な活動を行っていたので、私と手を組まないか——と」

「ほへぇ」

 

 この時代でも最高ランクのハッカーはウィザード級って言うんだ、と思いつつも源二がヨシロウの顔を見る。

 

「で、なんで手を組まないんだ?」

「俺は一人がいいの! ましてや女と手を組むなんて——」

「女だからと甘く見ないでください」

「違う! やりづれぇんだよ!」

 

 最初に提携を打診されたときは男だと思ってたのに、まさか女だったなんて……と恨めしそうに呟くヨシロウに、源二がははぁ、と納得する。

 

「お前、もしかして女性と話したことない?」

「言うなァー!!」

 

 ヨシロウが絶叫した。

 店内が一瞬静まり返り、全員の視線がヨシロウに集中する——が、すぐに何事もなかったかのように笑い声が響く。

 

「べ、別に女と話したことがないなんてないぞ!」

「でも女性経験はない、と」

「うるせー! どうせ俺は童貞だよ!」

「そこまで聞いてないわ」

 

 ヨシロウの慌てっぷりに、源二が呆れ果てて肩を叩く。

 

「ビジネスパートナーだ、彼女じゃない」

「でも気になるんだよ!」

「意識すんな、童貞が」

 

 初めは一人で気ままに生きたいから断っていたはずの提携話が、相手が女性だと分かった瞬間にどう接していいか分からなくなるからという理由で断る——その気持ちは源二も分からないわけではない。

 

 だが、ヨシロウに浮いた話が一つでも出てくるならそれはそれで嬉しい話である。

 ヨシロウは自分に近づきすぎた、そう源二は自分に言い聞かせる。

 

 阿吽の呼吸で、周囲から散々夫婦だとからかわれた源二とヨシロウではあるが、死ぬまで同じ道を歩いていい二人ではない。だから元の時代に戻る、そのタイミングでヨシロウに新たなパートナーができるのなら安心して託すことができる。

 

「……じゃ、あとは二人でしっかり交渉してくれ」

「逃げるのかよ!」

 

 背を向けた源二に、ヨシロウが叫ぶ。

 

「ヨシロウ、お前には同じ時代のパートナーが必要だよ。なにも結婚しろって言ってるわけじゃない、頼れるときに頼れるパートナーを作れ」

 

 ヨシロウの隣に立つべき人間は俺じゃないんだ、と続け、源二は厨房の様子を見るために歩き出した。

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