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第114話「「未来」へのチケット」

 源二の問いかけに、アーサーは一度目を閉じ、ふう、と息をついた。

 その顔は穏やかで、むしろ安心感を覚える。

 

「——ヤマノベさん、貴方は今の時代をどう思っていますか?」

 

 質問に答える前に、アーサーが一つ質問を返す。

 

「すごくいい時代だと思いますよ」

 

 即答だった。

 源二が穏やかな笑みを顔に浮かべ、答えに対する根拠を説明する。

 

「企業が利権を貪る時代だからと言って、一般市民が虐げられているなんてことがないじゃないですか。企業に対して反発を持っていない人間であれば最低限の生活の保障はされるし、狭き門とはいえより上の景色を見る権利は公平に用意されている。私がこうやって『げん・コーポレーション』のCEOになれたのも、その道が閉ざされたものではなかったと思っています」

「確かに、能力さえあれば誰にでも扉は開かれる——逆に言えば能力がなければ蹴落とされる世の中とも言えるのですよ?」

 

 アーサーが反論するが、源二はそれを首を振ることで否定する。

 

「俺がいた時代は能力があったとしてもそれを適切に評価できる人間に見初められない限り扉は閉ざされていましたからね。いや——能力がなかったとしてもうまく目につけば扉は開かれたからこの時代よりも公平とは言いづらいかな」

 

 元の時代を思い出す。知り合いに「こいつは才能がある」と思った人間はいたが、人づきあいが下手なだけで社会不適合者とみなされて貧困にあえいでいたし、逆に大した能力がなさそうでも人づきあいのうまさである程度満たされた生活を送れた人間もいる。

 

 しかし、この企業歴(C.E.)という時代はそのような歪みはない。徹底した能力テストで各種技能の適性を調べ上げ、適正に合わせた進路が選びやすいようになっている。アキラもその適性があるからビッグ・テック社が運営する大学への進学が認められた、ということを知っているから源二は元いた時代よりも「公平」ではある、と思っていた。

 

 「平等」ではない。適切な能力を持つ者が適切な支援を受けられるように配慮されている。

 そうでなければ源二が「食事処 げん」を立ち上げ、「げん・コーポレーション」になるまで拡大することは難しかった、と源二は確信している。

 

「——だから、私の純粋な本音で言えば戻りたくない、ってところです。とはいえ、私はこの時代の異物。帰るべきだと思っているので帰られるものなら帰った方がいい、のが結論です」

「そうか、『いい時代』か——」

 

 源二の言葉に、アーサーは嬉しそうに笑う。

 

「だから『往復できるか』ですか。異物ではあるが、受け入れられるのであれば留まりたい、と」

 

 源二が小さく頷く。

 自分の思いは伝えた。アーサーが戻ってくるべきではないと言うのなら素直に元の時代に戻るが、もし許されるのであれば——。

 

「勿論、貴方も往復することができるはずです。一度こちらに来て、帰還する、その時点で一往復です。その一往復で終わるはずがないでしょう」

「よかった……」

 

 何故か、源二ではなくヨシロウが声を上げる。

 

「ヨシロウは本当に俺に残ってもらいたいようだな」

 

 源二が笑う。

 

「なあヨシロウ、俺だって帰るべきとか言ったが戻りたくねえって気持ちもあるよ。だが、やっぱり元の時代でやるべきことはやらなきゃなって思ってんだよ。だから、許されるなら俺はこの時代と元の時代を往復する。『げん・コーポレーション』のこともあるしな」

 

 そう言った源二の顔はすっきりしていた。

 やはり、戻りたくないという気持ちはあったし、それを口に出すのがはばかられる状態だと思っていたから黙っていたが、こうやって口にすることができて心の中のもやもやは消え去った。

 

 あとは帰るだけか——そう思いながら源二がアーサーを見ると、アーサーは相変わらず笑顔を浮かべたまま頷いた。

 

「ええ、この時代の食文化に一石を投じた貴方の希望は最大限叶えさせていただきますよ。何なら戸籍も偽造のものでなく正式なものを——」

「あー、この偽造戸籍気に入ってるんで結構です」

「ぶっ!」

 

 ほっとした様子でコーヒーを飲もうとしたヨシロウが思わず吹き出す。

 

「うわ、きたな」

「何言ってんだよ、正式な戸籍貰えるならその方がいいだろうが! ABCの要請なら政府も受けざるを得ねえよ!」

「だってヨシロウが俺にくれた初めてのプレゼントだぞ!? 捨てたくねえよ!」

「捨てろ! 気持ちわりぃ!」

 

 俺にそんな趣味はない! と叫ぶヨシロウに、源二がはは、と笑った。

 

「冗談だよ」

「お前が言うと冗談に聞こえねえ!」

「いいじゃないっすか、同性婚認められてるんだから結婚しちゃってくださいよー。どうせ内縁の夫婦でしょー」

「アンノォ!!」

 

 ヨシロウの指が空中を滑る。

 一瞬でアンノのBMSに侵入、少しきつめのPASSを送り付けておく。

 

「あばばばばばばばば」

 

 目を回して昏倒したアンノをふん、と鼻息荒く睨みつけ、ヨシロウは姿勢を正してアーサーを見た。

 

「で、往復ができるなら——」

「どういうスパンかはヤマノベさんが決めればいいでしょう。ああそうだ、折角なのでタイムマシン見ていきますか?」

 

 そう言われた源二が目を白黒させる。

 

「え、帰還の準備ができたから呼んだんじゃないんですか?」

 

 アーサーとしては事故でこの時代に呼び寄せてしまった負い目からすぐに帰還させようと今回呼んだのだと源二は思っていた。だが、この言い分では別に今すぐでなくてもいい、というようにも聞こえる。

 ええ、とアーサーが頷いた。

 

「ヤマノベさんが今すぐ戻りたいというのであれば準備はできていたのですが、心の準備などもありますし、今回はとりあえずヤマノベさんの意志を聞きたかっただけですよ。別にタイムマシンは逃げません。今回一目見て怖くなれば戻らなければいいというものもありますよ」

 

 それでは、とアーサーが立ち上がる。

 源二とヨシロウも続いて立ち上がり、アーサーについて歩きだした。

 

 

 

 一度ビルを出て飛行車両(FV)に乗り、移動すること一時間。

 とある小規模な地方都市近くに建設された研究所に到着した源二たちはアーサーの案内でその内部に足を踏み入れた。

 

「ちぇ、研究所全体が電波暗室か……GPSも無効化されてやがる」

 

 FVも内部から外が見えないように窓にフィルムが貼られていたため、ここがどこの地方都市かは分からない。ただ、研究所を取り囲む壁の向こうに見えた摩天楼の上部の規模から地方都市だと判断しただけだ。

 

 ヨシロウはGPSの位置情報からここがどこかを特定しようとしたが、それは電波暗室という「発生した電波を外に出さない、外の電波を中に入れない」という方法で対策されている。

 それなら外部とどうやって連絡を取るのか、とヨシロウは考えるが、それもすぐに気が付いてため息をつく。

 

 ビッグ・テック社ほどのメガコープなら抱えている研究施設も社内量子通信ネットワークで管理できるはずだ。量子通信ならヨシロウも数少ない量子ハッカーなので利用できるが、そのためには自宅のPCが必要になる。つまり、ハッキングで回線を開くことも不可能。

 

 それだけの機密情報を扱っているのか、という考えとタイムマシンならそうなるよな、という納得がヨシロウの胸をよぎる。

 

 タイムマシンの原理は移動中にざっくり聞いた。現時点でビッグ・テック社のみが実用化している重力子を利用して「時間の矢印(タイムライン)」に干渉、タイムライン内部の超空間を移動して目的の時間に移動する——という程度の理解でしかなかったが、とにかく重力子がタイムラインへの干渉や超空間を移動するためのエネルギーとして活用されているらしい。

 

 源二は「へえ、世界線理論じゃないんだ」などと妙な理解を示していたが、ヨシロウはタイムトラベルなど自分には関係ないことだとばかりにざっくりとした理解でとどめている。

 

 研究所の廊下を抜け、一同は一つの部屋に入る。

 そこは一見ガレージのような場所だった。

 剥き出しのコンクリートの壁、壁沿いには様々な機械や端末が並んでおり、その中央にステージのようなものが据えられている。

 ステージの上部にはテスラコイルのようなドーナツ状のコイルが設置されており、ざっくりと見た感じではステージに置かれた人や物をコイルから放たれたエネルギーで転移させるのだろう、と想像させる。

 

「えー……」

 

 中央のステージとコイルを見た源二がほんの少しがっかりしたような声を上げる。

 

「どうした?」

「いやー、タイムマシンって言うからどんな形か興味あったんだけどさ……。車とか電子レンジじゃないんだ」

「お前は何を言っている」

 

 心底呆れ果ててヨシロウがぼやく。

 源二が元いた時代のサブカルチャーで表現されたタイムマシンの想像図がそういうものだったのだろうか——そう思いつつも車や電子レンジと言った日常にあるものがタイムマシンだったら面白いな、と少しだけ思ってしまう。

 

「流石に乗り込んで直接移動するタイプのタイムマシンはまだ開発できていませんね。だから——」

 

 そう言ってアーサーが研究員の一人から何かを受け取り、源二に見せる。

 

「この時間錨(タイム・アンカー)がなければ片道切符なんですよ」

 

 アーサーが手にしたタイム・アンカーというものを源二が見る。

 錨、とは言われているが、それは電子回路を模した模様が刻まれたカードサイズのアクリル板に見えた。

 

「この中に重力子を利用して超圧縮した時空絶対座標を記録しているんです。これがこのタイムマシンとの(パス)となり、戻ってこられるというわけです」

「つまり——」

「どうぞ」

 

 アーサーが源二にタイム・アンカーを手渡す。

 

「差し上げますよ。これがあればここに戻ってこられる」

 

 迷いなくタイム・アンカーを受け取り、源二はカードの表面を軽くスワイプした。

 するとホログラムスクリーンが展開し、【|座標一致《Coordinate match》】の文字が表示される。

 

「元の時代で起動すれば【起動(Launch)】になりますので、それをタップしていただければ。開発したばかりなのでここが起点となりますが、不便はしないはずです」

「アーサーさん……」

 

 スクリーンを閉じ、源二がアーサーを見る。

 

「どうしてここまでよくしてくれるんですか」

 

 以前から思っていた疑問。空爆事件——いや、それ以前からビッグ・テック社は源二に目を付け、支援するとアンノを通じて言い続けてきた。

 そこまでされるほどの価値が自分にはあるのか——そう思ってから、苦笑する。

 

「ヤマノベさん、自分を過小評価してはいけません。貴方はこの時代に一つ娯楽を生み出したんですよ。その功績を、ビッグ・テック社は未来永劫語り継いでいきたい」

「それほどのことですかね」

「それほどのことなんですよ」

 

 アーサーの言葉に、源二の隣に立ったヨシロウが大きく頷く。

 

「本音としては貴方を元の時代に戻したくありませんからね。だから往復したいというのであればこちらも願ったり叶ったりですよ」

 

 そう言い、アーサーはいたずらを思いついた子供のように無邪気なウィンクを源二に見せた。

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