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第110話「新時代の幕開けを前に」

「おー、高速鉄道(リニア)すげー」

 

 車内の時速表示が「1000km/h」の表示になったところで源二が声を上げる。

 

「おい静かにしろ、田舎者に思われるだろうが」

 

 隣に座ったヨシロウが肘で源二を小突く。

 

「えー、だってリニア乗ったの初めてなんだぞ?」

「それは俺も同じだ。他の都市に行くなんてなかなかない話だからな。つか、お前リニアリニア言ってるが実際には真空チューブ列車(ヴァクトレイン)な。リニアもあるにはあるがもう在来線だぞあれは」

「でも起動とかのアレコレはリニアの技術使ってんだろ? リニアでいいじゃん」

「お前なあ……」

 

 そうヒソヒソ囁き合う源二とヨシロウの周りの席は満席というほどではないが埋まっていた。

 その多くがBMSで何かしらの作業をしており、窓からの風景を楽しんでいる人間はいない。

 

 尤も、時速1000kmという超高速、しかも真空チューブを利用して摩擦を極力減らし、超電導リニアも併用した浮遊走行となると安全性のためにほとんどのルートをトンネルにせざるを得ず、窓の外を見ても真っ黒なトンネルしか見えないのだが。

 

 浮遊走行ゆえに従来の電車で感じる振動はない。どちらかというと飛行機に乗っているような感覚ではあるが、真空チューブ内であるがゆえに音は全く響かず、車内は静かだった。

 

「まもなく、シンオオサカ・ステーションに到着します。お乗り換えの方は——」

 

 シナガワ・ステーションを出てわずか三十分余り。

 列車はオオサカ・ウメダ・シティに近づきつつあった。

 時速表示が急速に数値を減らし、車体が減速していることを源二に告げてくる。

 表示が150km/hを切ったところでキュッといった音と共に揺れを感じ、そこから乗り慣れた電車の揺れが戻ってくる。

 浮遊走行が解除され、電車と同じくタイヤ走行に移行し停止に向かって速度を落としていく。

 

「しっかし、いくら速いっても三十分かかるんだよな。アームズ・サイトが『カミカゼ・トレイン』計画打ち立ててトーキョー、オオサカ間を十分以内で移動できるようにするとか実験やってるらしいんだが、早く実用化してくれって思うぜ」

 

 時間の最適化が進んでも、移動時間だけはどうしてもなあとぼやくヨシロウだったが、源二はその言葉を聞いた瞬間何故か硬直した。

 ギギッと音がしたのではないかというくらいにぎこちなく首を動かし、源二がヨシロウを見る。

 

「今、なんて?」

「え、『カミカゼ・トレイン』実用化してほしいなーって」

「うわあああああああああああああああああああああああああ」

 

 やめろやめろやめろと源二がヨシロウの肩を掴んで揺さぶる。

 

「あうあうあうあう」

 

 源二に揺さぶられたヨシロウが情けない声をあげる。

 

「なんだよ『カミカゼ・トレイン』のどこが嫌なんだよ。ロケットエンジン利用してトーキョー・オオサカ間十分以下だぞ? 出張しやすくなるだろうが」

「だからそれ危険なんだよおおおおおお」

 

 嫌だ、乗りたくない、死にたくないと言い出した源二にヨシロウが首を傾げる。

 

「なんでお前が『カミカゼ・トレイン』のこと知ってんだよ。アームズ・サイトの研究が始まったの十年くらい前だぞ」

「それはもう昭和の時代に実験されてるの! カエルさん何匹死んだと思ってんの」

「えっ」

「そもそも『カミカゼ・トレイン』はこの実験を聞いたSF作家が名付けたんだぞ。第二次世界大戦の特攻攻撃を海外では『カミカゼ』って言ってたから……」

 

 マジか、とヨシロウが言いつつも納得する。

 ショーワの時代となるともう想像もできないくらい昔のことではあるが、その時点で既に研究されていた高速移動方法が今、数百年の時を経て再研究されている。

 

 源二は当時の技術力を考えて危険だと恐れているが、この時代の技術力は当時の比ではない。ヨシロウも「カミカゼ・トレイン」と呼ばれるこの新技術の課題点くらいは把握している。爆発の勢いで発射できてもきちんと止まれるか、や瞬間的な加速による三十Gという加重をどう対処するか、その問題がまだ完全解決されていないから実用化に至っていないという知識は新技術を待つ鉄オタ(にんげん)の常識だった。

 

 別にヨシロウは鉄オタというわけではないが、それでもさまざまな方面の新技術にはアンテナを張っている。ビッグ・テックのタイムマシン然り、アームズ・サイトの「カミカゼ・トレイン」然り、この時代は源二の時代にはとても考えられないような技術が日々開発され、実用化されている。

 

「ま、心配すんな。実験が成功しても実用化まで数十年かかるだろうよ」

 

 それじゃ、降りますか、とヨシロウが荷物棚から鞄を下ろす。

 落ち着きを取り戻した源二も鞄を下ろし、二人は並んでシンオオサカ・ステーションのホームに降り立った。

 

 

 

◆◇◆  ◆◇◆

  

 

 

「おー、これがオオサカ一号店」

 

 店内に一歩踏み込み、源二が感心したように声を上げた。

 

「内装の雰囲気は元の『げん』とほぼ同じだな。なんかトーキョー・ギンザ・シティに帰ってきた気がするわ」

「店の雰囲気はどこも懐かしい感じにするようにしてるからな。『食事処 げん』は心の拠り所になってほしいから」

 

 内装は源二が最初に店を出した時のものと大きく変わらない。これは移転した「食事処 げん」も同じで、昭和から続く大衆食堂をイメージしたものだった。

 その「古臭い」内装を敢えて取り入れたことがこの時代では逆に「新しい」と評判だった。その点に関しては源二にとって思わぬ誤算ではあったが、それでも客は「新しいのになんか落ち着く」と声を揃えて言い、その多くが常連となって源氏を支えた。

 

 そんな「食事処 げん」がチェーン店としてもうすぐ全国展開する。

 今回はそんなオオサカ・ウメダ・シティに開店するオオサカ一号店の視察に、源二とヨシロウは訪れていた。

 

「あ、社長!」

 

 源二の姿を認めた店長が駆け寄ってくる。

 

「お疲れ様です!」

「おー、お疲れさん」

 

 源二が片手を挙げて応えると、店長は誇らしげに店内を見回して頷いてみせた。

 

「トーキョー本店には負けませんよ!」

「おう、頑張ってください。でも、『食事処 げん』はただ料理を出すだけの場所じゃないですよ」

「分かってます。『食事処 げん』は『もう一つの家』。最初はただの飯屋が、って思ってましたが社長の料理を食べて理解しましたよ。料理はこんなに温かいんだ、って」

 

 そう言う店長の目は輝いていた。源二が守ろうとしたものを実際に感じ、自分もそれを引き継ぎたい、その意思がはっきりと見える。

 オオサカ一号店は安心できそうだな、と安心した源二はちら、と店内のメニューを見る。

 

「……じゃあ、ちょっと腹ごしらえに何か食っていきますかね」

「おう、ゲンジ以外が作ったメシが気になる」

 

 ヨシロウも同意し、手近な席に着く。

 

「っても調合は社長直伝レシピじゃないですか。もう生産ラインも整ってるし、どこで食べても同じですよ」

「でも、その店でしか得られない経験があるの。だろ? ヨシロウ」

「ああ、期待してるぜ? 《《タイショー》》」

 

 ヨシロウもそう挑発的に言うと、タイショーと呼ばれた店長ははい! と満面の笑みを浮かべて頷いた。

 

 

 

 源二とヨシロウが注文したメニューは「食事処 げん」ではお馴染みのカツカレーとカツドンだった。

 トンカツがズドン、と乗せられた料理にヨシロウが「ゲンジが作ったのと、同じだ……」と呟いている。

 

「うん、やっぱりトンカツが乗ってると元気出るな」

「ああ」

 

 見慣れた料理、二人がスプーンを手に「いただきます」と呟く。

 一口頬張ると、食べ慣れたカレーやカツドンの味が二人の口の中いっぱいに広がり、「戻ってきた」という錯覚を覚えさせる。

 

「あーやっぱこれだわー」

「そうだな。食べ慣れた味だ」

 

 二人にとっては「当たり前」の味。オオサカの人間にとっては「新しい」と思わせる味。

 店長が勝手に調合を変えることもなく、「食事処 げん」の味を忠実に守っていることが窺える。

 しかし、源二はにっこり笑って店長を見た。

 

「——もし、調味用添加物の調合に興味があるならお任せしますよ」

「えっ」

 

 緊張の面持ちで二人の食事を見ていた店長が声を上げる。

 

「もちろん、『げん』の味は守ってもらいたいですが、新しい店なら新しい店なりの味があってもいいと思うんです。もし、貴方が調合を試して、これぞという味ができたらメニューに追加してもいいですよ。その方が店の個性が出て面白いし、それに——」

「ここから新しい時代が始まる、だろ?」

「分かってんじゃねえか」

 

 ヨシロウの言葉に源二が笑う。

 

「そう、伝統は守るだけのものじゃない。新しい味にもチャレンジしてみてください」

「……はい!」

 

 目を輝かせて大きく頷く店長に、源二はこれからに対する期待が大きく膨らむのを感じていた。

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