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第108話「宴の中で」

 ベジミール社の本社ビルは宴の喧騒で沸き立っていた。

 

「どんどん作るからしっかり配ってくれよ!」

 

 厨房で源二が包丁を握り、声を上げる。

 

「タイショー、これはどう切れば」

「乱切りでいいよ!」

 

 料理人たちの質問に答えながら、源二は手際よく野菜を切り分けていく。

 どれくらい久しぶりになるか分からない本当の料理、包丁を握り、味付けを行い、程よい火加減で火を通していく——それだけのことなのに、楽しくて仕方がない。

 

 今までの調味用添加物の調合、そこから味を付けた料理を作り出していくのも楽しかったが、それでも源二はこうやって本物の料理を作りたかったのだと実感する。

 隣の食堂だけではなく、源二救出部隊に解放された各会議室に何人ものスタッフが走り回り、肉じゃがを配って回っている。

 

 流石におかわりを提供できるほど、いや、本来の一人分を一人ひとりに配れるほどの食材のストックはないので少し多めの試食程度にはなってしまう。それでも受け取った人々は初めて口にする本物の食材の料理に驚きと感動を覚えていた。

 

「旧時代はこんなもの食ってたのか……」

「それを今はメガコープのお偉いさんが食ってる、と。やっぱ上流階級すげえな」

 

 一人分は本来の三分の一くらいの量なので、始めて本物の食材を口にするメンバーは恐る恐る、大切に口に運ぶ。

 口の中でほぐれるじゃがいもやほどけるように消えていく牛肉に、メンバーは今回の救出作戦に参加してよかった、などと思ってしまう。

 

 彼らとしては源二さえ救出できればそれでよかったが、その後のことは全く考えていなかった。救出できたとしてもメガコープを怒らせたということで圧力を掛けられ、全員が社会的に抹殺される可能性は高かった。いくら救出チームに攻撃力があったとしてもメガコープが財力にものを言わせて本気を出せば勝てるはずがない。それこそベジミール社を完膚なきまでに叩き潰すくらいの力が必要だった。

 

 その力がヨシロウにあったかどうかは分からない。もう一人の量子ハッカー、「スノウフォックス」の協力があったから、もしかするとベジミール社内部のネットワーク未接続(スタンドアロン)のサーバにまで侵入してあらゆるデータを漏洩する等でベジミール社そのものを吹き飛ばすことができたかもしれないが、その末の勝利で源二は喜んだかどうか。

 

 結局は「済んでしまったこと」となり、その結末も今回の件に関わった全ての人間にとって最善の結果となったわけだが、それでも課題は山積みである。

 

 ざっくりと聞いたところ、源二はベジミール社の圧力に屈しなかったどころか、ベジミール社が源二の覚悟に屈したという。源二の料理に心を動かされたケントは「食事処 げん」を買収するのではなく投資することでサポートし、源二が目指していた「食事処 げん」のチェーン展開計画は大きく前進することとなった。

 

——やっぱタイショーはすげえや。

 

 肉じゃがを味わう面々の考えは同じだった。

 自分たちは武力でしかメガコープに立ち向かうことができない。それなのに源二はたった一人で、しかも武力以外の方法で解決してしまった。それどころか、「味覚投影オフ」を当たり前に楽しめる時代を作ろうとしている。

 

 これが時代を切り開く力を持った人間か、とは思わない。毎日を生きることで精一杯の人間にそこまで考える力は残されていない。

 

 だが、彼らにとって源二は未来に対する希望だった。

 もしかすると自分たちも何かできるかもしれない、いや、わずかな力しかなかったが積み重なって源二を支える力になった、その思いは一つの自信へとつながっていく。

 

「なあ、『げん』が本当にチェーン化するならさ——」

「ああ、俺たちも手伝いたいよな!」

 

 「食事処 げん」は常連たちが守り抜いてきた店だから。

 これからも縁の下の力持ちでありたい、と常連たちは望むのだった。

 

 

 

「おう、忙しそうだな」

 

 食材の下処理を料理人たちに任せ、味付けに回った源二の様子をヨシロウが見に来る。

 その腕を吊るアームホルダーが痛々しいが、本人はケロッとした様子でガスコンロに並ぶ大鍋を見る。

 

「お、ヨシロウ。怪我はもういいのか?」

 

 源二が調味料を混ぜる手を止めてヨシロウを見る。

 

「あ、調味料の準備は終わったから肉に火が通ったらこれ入れて落し蓋してくれ」

「分量は?」

「具がほぼ浸るくらい」

「分かりました」

 

 確認する料理人たちも源二に指示には慣れたものである。

 はじめは「ミリリットルで指示してください」と厳密な数字にこだわっていた料理人たちだったが、源二が目分量で調味料を合わせる様子を注意深く観察し、それが本来の意味での適当な調合であることを見抜いていた。

 

 そこは流石料理人、BMSで制御された料理とは言え伊達に調理を経験していない。

 師匠の技術を見て盗む——ではないが、観察とマニュアルの比較で適切な分量を把握した料理人たちはたどたどしい手つきながらも源二を真似て肉じゃがを作り始めた。

 

 ただ、味付けだけは繊細な感覚が必要なので調味料の調合を源二に任せ、それを適切な分量で鍋に取り分けていく、という流れで今は進めている。

 

「BMS制御の義体で正確な味を再現する、か——俺には思いつきもしなかったな」

 

 材料を切り分ける料理人の一人を見ながらヨシロウが呟く。

 

「——で、お前はよかったのか?」

「何が」

 

 ヨシロウの問いに、源二が首をかしげる。

 

「ベジミールの出資で『食事処 げん』を株式会社化して全国チェーン展開する、まぁベジミールが後ろ盾になってくれるのはありがたいが、色々干渉もしてくるんじゃないか?」

「そこまで気にしてたら何もできないよ。大口出資者なら色々注文を付けてくるだろうがそれを全部呑む必要はない。理不尽な要求だったらそれこそ改めて満漢全席でも作って黙らせる」

「相変わらずだなァおい」

 

 全くブレない源二の発言に、ヨシロウが苦笑する。

 

「ま、でもそうだな——お前がベジミールの言いなりになって『げん』の運営方針を変えるなら俺はお前をぶん殴ったかもしれないが、お前がそう言うなら俺は何も言わねえ。いつも通り裏でサポートするだけだ」

「お前のおかげだよ」

 

 ほら、と源二が肉じゃがの入った器をヨシロウに差し出す。

 

「まだ食ってないだろ? 本物の肉じゃが」

「ああ、なんか治療に手間取りやがってな、ベジミールの薮医者め」

 

 大げさなんだよ、とアームホルダーを持ち上げてヨシロウが顔をしかめる。

 

「ってて……」

「ほら、うまいもん食ってしっかり寝る! って言いたいが、医療用ナノマシン使ってないのか」

「医療用ナノマシンは他の重傷者に回したから軽傷者は応急処置だけで我慢しろよ、ってことだ」

 

 そうかあ、と源二が小皿に煮汁を入れて味見をする。

 医療用ナノマシンと言えば傷の周辺に注入すればナノマシン同士が結合して傷を塞ぎ、薬物投与によって傷の治癒を早める効果があると源二はB・ドックのツムグから説明を受けていた。だからヨシロウがアームホルダーで腕を吊っている時点でおかしいとは思っていたが、まさか重傷者で使い切ってしまっていたとは。

 

「みんな無茶しやがって……。ヨシロウも派手にやったしな」

「まあ、ベジミールのメインフレーム経由で広域PASSばらまきやったからな。多分こっちより向こうの方が被害はでかいぞ」

「賠償請求されたらどうすんだよ」

「あぁ? ブロックチェーンいじって口座の金増やすから心配すんな」

 

 うわあ、こいつマジで人の心ないな、と毒づきながらも源二はほら、とヨシロウを促す。

 

「本物の肉じゃが、食ってみろよ」

「ああ、有難くいただく」

 

 ヨシロウがフォークでジャガイモを刺し、口に運ぶ。

 

「……うめえな」

 

 ヨシロウの口から洩れた言葉はそれだけだった。

 初めて食べる本物の料理、その味は源二が調味用添加物を調合して作ったプリントフードの肉じゃがと同じ味をしていた。しかし、だからといって「じゃあプリントフードでいいだろ」とは思わない。

 

 プリントフードも、本物の料理も、それぞれのメリットやデメリットがある。

 それを知ってしまうと、どちらかでいいとは言えなかった。

 もう二度と口にすることはできないかもしれないが、それでももしまた食べることができるなら——。

 

 その時は源二がいた時代で食べてみたいな、とふと思う。

 ベジミール社の問題はこれで解決したと言っていいだろう。だが、まだアジトモ社やビッグ・テック社の問題がある。

 前進はしたが、問題はまだ多い。

 

 さて、どうやって解決していきますかね——と、ヨシロウは牛肉を噛み締めながらそう呟いた。

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