第106話「絆が紡ぎあげた再会」
「野郎ども! 生きてるか!?」
遮蔽物の後ろで精密指をせわしなく動かしながらヨシロウが叫ぶ。
《タイショーのメシを食わずに誰が死ぬかよ!》
《スミさんの援護がヤバすぎてベジミールが押されてるぞ!》
「……は!?」
味方の報告にヨシロウが思わず変な声を上げる。
確かにこちら側には数百人の戦闘員がいるが、ベジミール社も単純な戦力で言えばその十倍以上の軍勢と兵器があるはずだ。本社ビルに詰めているのが限られた数であってもその戦力で寄せ集めの自分たちを圧倒することは可能だと思っていたが。
それなのにベジミール社の兵士が押されているとは、一体何が起こっているのか——。
周辺の防犯カメラやドライブレコーダー、報道のドローンをハッキングして掌握し、ヨシロウは現在の状況を確認する。
敵も味方も倒れ、呻いている姿が散見される。
視界に表示される簡易データリンクでは今のところ死亡した仲間はいないようで安心しつつも、報告で聞いたカスミの援護がどのようなものか、とヨシロウは次々とカメラを切り替える。
——と。
「何やってんだあいつ!?」
視界に映り込んだカスミに、ヨシロウは思わず絶叫した。
カスミは全身が軍用義体であることを利用して大型のガトリングガンを構えていた。
背に大型の給弾装置を背負っているところを見れば軍事オタクなら攻撃ヘリに搭載されているタイプのガトリングガンだと判断できるだろうが、ヨシロウは「やべえもんを持ち出しやがった」程度の認識しかない。
そんな大型のガトリングガンを、カスミは容赦なくぶっ放していた。
やばい、あんなものを持ち出されたらベジミールも本気出す、そうなったらこっちは全滅だぞと思いながらヨシロウは反対側——ベジミール社の軍勢を見る。
ガトリングガンの「弾」を受けたベジミール社の兵士たちは倒れ——ることはなかった。
だが、受けたしりから次々と苦し気に悶絶し、中にはマスクを外して目をこすっている兵士もいる。
どういうことだ、とヨシロウが兵士を映し出すカメラをズームして凝視する。
兵士たちには黄緑色のどろりとした何かが付着していた。
これが付着した兵士と、そのすぐそばにいた兵士たちが次々に悶絶し始める。
「まさか——」
黄緑色の何かに、ヨシロウは心当たりがあった。
あれに殺傷能力はない。現に兵士たちは悶絶しているだけで傷を負っているわけではない。
だが、あれはまずい。どうやって用意したかは後で問いただすとして、あれは——。
「スミさん、それまさか——!」
ヨシロウがカスミに回線を開く。
すぐにカスミが応答した。
《これが俺の秘密兵器、ワサビズシガトリングだ!》
「やっぱり!!」
そんな気はしていた。あの黄緑色の物体、あれはワサビ以外の何物でもない。
ワサビの殺傷能力(?)はヨシロウもよく分かっている。あれはほんの少し使えばスシやサシミの味を劇的に引き上げるが、量が多ければ目や鼻の粘膜に影響して平静を保っていられない。
源二曰く「すりおろしたわさびの揮発成分が云々」ということで、一度付着すれば揮発性の成分が目や鼻に干渉する。ましてやベジミール社の兵士は顔面を保護するためのマスクを付けているからその隙間にワサビが入ろうものなら——。
南無、とヨシロウは敵ながら祈らずにはいられなかった。
大量のワサビに汚染されたベジミール社の兵士たちは揮発した辛み成分に粘膜をやられ、次々に戦闘不能に陥っていく。
揮発成分はすぐに変質して無害なものになるが、それでもこの戦いでひと時でも足止めを食らえばどうなるかは一目瞭然である。
「行けやァーーーー!!!!」
タモツと、その仲間が悶絶するベジミール社の兵士に襲い掛かる。
近寄ればタモツたちもワサビに汚染されるのでは、とヨシロウは一瞬考えるものの、それはないなとすぐに否定する。
タモツたちは既にワサビの洗礼を受けている。あの程度のワサビで悶絶するほどヤワではない。
ベジミール社の兵士たちは初めてワサビを受けたから動きを止めただけだ。
タモツたちが手際よく結束バンドでベジミールの兵士たちを拘束していく。
いくらベジミール社憎しでも不要な殺生は行わない——それが源二救出部隊の不文律だった。
自分の身を守るためなら殺害も厭わないが、自分の身に危険が及ばないうちは拘束で済ませる。それにタモツは難色を示したものの、源二がそれを望んでいないはずだというヨシロウの説得に応じ、それを忠実に守ってくれている。
「スミさん、後でそのワサビの出どころ聞くからな!?」
そう言いながらもヨシロウの手は止まっていない。
マニュピレータが高速でホロキーボードを叩き、コマンドを打ち込んでいく。
《『ゴーストファング』、掴みました!》
「スノウフォックス」から合図が入る。
同時にヨシロウの視界で全てのコネクタが接続され、【完了】の表示が浮かび上がる。
「皆、よく耐えたな!」
ヨシロウが遮蔽物から飛び出し、ベジミール社の本社ビルに向かって駆けだす。
それに気づいたベジミール社の兵士が発砲し、銃弾が肩を掠めるがそれに怯まず、ヨシロウは最後のコマンドを打ち込んだ。
「俺たちの——勝ちだ!」
ヨシロウの指がエンターキーを叩く。
その瞬間、本社の中央演算システムを経由したデータリンクを構築していたベジミール社の兵士たち《《全員》》のBMSに、超強力なPAin Sanction Sacrificeが送り込まれた。
脳内を駆け巡る超高圧縮のデータの羅列と聴覚を潰さんばかりの大音量のノイズ、高速で明滅するサイケデリックなフラッシュにベジミール社の兵士たちは耐えられるはずがなかった。
データの羅列はBMSの演算に過負荷を掛けて処理落ちを発生させ、そこにサイケデリックなフラッシュが高速で明滅することで光過敏性発作を誘発、大音量のノイズが仲間との連絡を封じ込める。
視覚が生きていればハンドサインで意思疎通も図れただろうが視覚もフラッシュで封じ込められているため完全に意思疎通の手段は絶たれてしまっていた。
さらに一部の兵士はカスミが撃ち込んだワサビによって追加のダメージを受けており、立ち上がるどころではない。
「食事処 げん」には量子ハッカーがいるという情報はベジミール社にはあった。当然、それに対する対策は行っていた。
行っていた——が、「食事処 げん」サイドの方が一枚上手だった。
もし、源二救出部隊にいた量子ハッカーがヨシロウ一人だけだったらお手上げだっただろう。《《一人で》》突破できるほど、ベジミール社のメインフレームのセキュリティは生ぬるいものではない。いや、時間を掛ければいずれ突破できるが、それでは源二救出部隊も無傷で済まない。
ヨシロウの勝因——それはヨシロウが《《一人ではなかった》》ということだ。
数百人を超える協力者、さらに「スノウフォックス」というもう一人の量子ハッカーの協力があって、ヨシロウの短時間でのメインフレーム突破を可能にした。
「食事処 げん」を愛する人間たちの結束による勝利。
悶絶する兵士を飛び越え、ヨシロウがベジミール社の本社ビルに飛び込む。
エントランスを抜け、近寄るスタッフにもPASSを送り込んで昏倒させ、エレベーターホールに入る。
緊急停止したエレベーターもハッキングで再稼働させ、ヨシロウはカゴに乗り込んだ。
上昇するエレベーター、その階層表示を睨みつけヨシロウが早く、と口走る。
——ゲンジ——!
流石にホウライ・ケントが源二に危害を加えるとは思えないが、数々の圧力に源二が屈していないか、それだけが気がかりで気が逸る。
もし、源二の身に何かあればケントを殺すことも辞さない——その覚悟を決め、一度振り返って眼下に広がるトーキョー・ギンザ・シティを見る。
こんな高さに来たのは初めてだ。これが王者の視界なのかと思ううちにカゴが最上階に到着し、扉が開く。
警戒していた警備兵の攻撃はなかった。いや、通路には誰もいなかった。
どこだ、とヨシロウが視線を巡らせたところで縮尺を最大にしていたマップの一か所に光点が現れる。
——そこか!
GPSが回復したのか。
マップを見る限り、源二はすぐそばの部屋——ケントの執務室、の隣にいる。
執務室のロックを突破して扉を開き、中に飛び込み、横を見ると隣の部屋に続く扉が開いている。
転がるように扉に駆け寄り、ヨシロウはその中に飛び込んだ。
「ゲンジ——!!」
そう叫んだヨシロウの視界で、源二が満面の笑みを浮かべる。
「ヨシロウ! よくここが分かったな!」
源二の笑みには全ての不安が拭われた安心が浮かんでいた。
「本当に助けに来るとは思ってなかったぞ」
そう言い、源二は息を切らして倒れそうになっているヨシロウをしっかりと支えた。




