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第99話「覚悟などとうの昔に」

「なんかトラブったってマジか!?」

 

 もう夜も遅いのに、「食事処 げん」には多くの常連が詰めかけていた。

 

 先ほどの治安維持部隊とのいざこざに巻き込まれて拘束されたメンバーも数人いるが、それを差し引いたとしても全員が集まったのでは、というくらいの人数が店内にいた。

 

 しかも、ここに押し掛けた常連は別に源二がトラブルに巻き込まれ、その挙句連れ去られたという情報は受け取っていない。普通なら何事も知らずに日常を送り、翌日あたりに店が臨時休業しているのを見て何かあったと把握する——はずなのに。

 

「なんかやーな予感したんだよな! 昔の言葉で言う『虫の知らせ』ってやつ? なんかタイショーにあったんじゃないかって思って来たらみんな集まってんだよ、何があった」

 

 次から次へと押し寄せる常連一人一人に状況を説明していてはキリがない。とりあえず人の波が落ち着いたところで、とヨシロウは話をしているが常連がバラバラと来るのでなかなか話が切り出せないでいた。

 

 とはいえそれも限りがあるもので、暫く待っているとあらかた集まったのか人の波が途切れ始める。

 それなら、とヨシロウは口を開いた。

 

「単刀直入に言う。ゲンジがベジミールに拉致された」

『はぁ!?』

 

 常連たちの声が重なる。

 

「ちょっと待てそれマジか!?」

「なんで企業がタイショーを……」

「お前らが混乱するのも分かる。俺もビビってるよ」

 

 さて、どう説明するか、と考えつつヨシロウが言葉を続ける。

 

「ベジミールは前から『げん』の味覚投影オフ料理を取り込もうとしていた。実際に味覚投影オフ料理も販売し始めた。だが、『げん』の味とは全然違うから実力行使してゲンジを取り込もうとしたんだと思う」

「マジかよ、それって——」

 

 ああ、とヨシロウが頷いた。

 

「ベジミールによる味の独占だ。独占してしまえば利益は総取りだからな」

「許せるかよ!」

「ああ、俺たちの楽しみなんだぞ!」

 

 憤慨する常連たちに、ヨシロウは何故か心強さを覚えた。

 

——ゲンジ、お前の理想が常連に火をつけたぞ。

 

 味覚投影オフ料理が食べられるならベジミール社のものでもいい、ではない。「俺たちの楽しみ」と言われるほど、「食事処 げん」は愛されている。

 

「で、やるんだろ?」

 

 常連の一人に言われ、ヨシロウはああ、と頷いた。

 

「俺はベジミールに戦争を仕掛ける。手を貸したいと思う奴は協力してくれ」

「手を貸すぞ!」

「俺もだ!!」

 

 あっという間に店内は挙げられた手で埋め尽くされる。

 それをぐるりと見まわし——ヨシロウは一人の傭兵に目を留めた。

 

「スミさん、」

 

 スミさんと呼ばれた全身義体の傭兵——カスミは手を挙げていなかった。

 だが、だからと言ってヨシロウは悲観しない。

 むしろカスミが手を挙げないことを願っていた。

 店の隅で壁にもたれていたカスミがヨシロウを見る。

 

「で、どうする」

「要求は?」

 

 最低限の言葉だったが、二人にはそれだけで十分だった。

 カスミは傭兵、ロハでは動かない。

 

 《《傭兵として雇え》》、それがカスミが通せる筋だった。

 

「ついさっき、ベジミールから依頼が来た。内容は守秘義務があるから言えないが、お前らなら分かってるだろ」

 

 ヨシロウの質問には答えず、カスミが状況を説明する。

 

「俺はこの依頼を《《まだ》》受諾していない。つまり、俺を雇うなら今のうちってことだ」

「その報酬を訊いてんだが、俺が提示するまで返事はしないって奴か」

「ああ、フェアじゃないからな。例えばベジミールに一千万提示されてたとして、それを上回る金額を俺が口にすれば確定で後攻有利だろ。だったら依頼主が提示した報酬を見て俺が決める」

 

 その言葉に、ヨシロウは「プロだな」と痛感した。

 報酬がよりうまみのある方の依頼を受ける——傭兵としての正しい在り方だ。

 

 そうなると、ヨシロウはベジミール社が提示した報酬額を予測してそれを上回る報酬を提示しなければいけない。

 いくらだ、とヨシロウが考える。

 

 カスミのBMSにハッキングを仕掛けて依頼を覗けば簡単だが、敢えてそれはしない。しない理由にいくつかのリスクが挙げられる。

 

 一つはそうすることでカスミとの信頼関係を崩すこと、もう一つはベジミール社の方が上手でハッキングを仕掛けた瞬間に証拠隠滅でカスミの脳を焼くこと——。少なくともこの二つのリスクがあるうちはカスミのBMSへのハッキングは行えない。

 

 それに、ヨシロウにはカスミの争奪戦に関して勝ち筋が見えていた。勝ち筋が見えている状態で敢えて悪手を打つ必要はない。

 

 基本的に傭兵の報酬は前金とその後の成功報酬だ。現時点でかなりの金額の前金を提示されているのは容易に分かる。食料品最大手のメガコープなのだ、金に糸目は付けないはず。

 単純に金銭面では太刀打ちできない。だが、こちら側にはその金銭を上回る切り札がある。

 にやり、とヨシロウが笑った。

 

「副店長権限で俺が提示するのは——ゲンジの救出が成功したら向こう一年『げん』スペシャルメニュー食い放題、どうだ」

 

 その瞬間、カスミの顔色が変わった。

 周囲もしんと静まり返ってヨシロウとカスミを見比べている。

 

 カスミの表情は「無」だった。全身義体で、顔も人工パーツを使用していることを考えると敢えて表情信号をオフにして感情を読み取らせないようにしている。

 

 義体の奴とポーカーはしたくねえな、とふと関係ないことを思いつつ、ヨシロウはカスミの反応をじっと待つ。

 

 永遠にも感じられるような数瞬——。

 

「お前、マジでそれ言ってる?」

 

 カスミの顔に苦笑が浮かんだ。

 

「そんなの提示されたら受けざるを得ないだろうが! なんだよ『げん』スペシャルメニューって! 俺は一ヶ月食い放題くらいで想定してたぞ」

『安っ!』

 

 ヨシロウだけでなく、常連たちも同じ言葉を口にする。

 

「俺だって今回のベジミールの依頼は受けたくねえんだよ! 俺のせいでタイショーのメシが食えなくなるくらいならただ同然でお前らの依頼を受けた方が気分がいいの!」

「おい、傭兵が感情で動いてんじゃねえよ!」

 

 カスミの言い訳にそう叫んだのは誰なのか。

 しかし、いくらヨシロウがベジミール社を上回る切り札として「食事処 げん」のスペシャルメニューを提示したとしてもカスミがそこまで源二の料理に思い入れがなければ成立しないはずだった。

 

 それなのにカスミがヨシロウの想定を下回る報酬で動くことを考えていたということは——それだけ源二の料理に心を動かされていたのか。

 

 内心ほっとしつつもヨシロウはその顔に苦笑を浮かべた。

 

「スミさん、傭兵のメンツを保つために報酬要求したのは立派だがやり方が下手すぎるだろ!」

「知るか! とにかくお前、言った言葉忘れんなよ? 『げん』スペシャルメニュー一年分のためなら俺は秘密兵器持ち込むからな!」

 

 その瞬間、ざわ……と店内がどよめく。

 

「秘密兵器だって……」

「前に言ってた対人カノン砲じゃないよな……」

 

 そんな囁き声を聞きながら、ヨシロウはコホンと咳払いする。

 

「スミさんの秘密兵器が何かは敢えて訊かん。聞いたらダメな気がする」

「ああ、秘密兵器は秘密だからな」

 

 カスミが壁から背を離し、ヨシロウの隣に立つ。

 

「で、こっちの戦力は?」

「タモツがレジスタンスのネットワークを使って兵隊を集めてる。正直ここの常連どもを戦場に立たせるのは気が引けるが相手がベジミールだとそれでも少ないくらいだ。だが——」

 

 そう言い、ヨシロウは周囲の常連を見回した。

 誰もが目に炎を灯し、「タイショー奪還」の心意気でいる。

 ベジミール社と全面的にぶつかり合えば、少なく見積もっても数人——下手をすれば全員が命を落とすか社会的に抹殺される。

 

 だから無理に来いという気はヨシロウにはなかった。なかったが、それを言う覚悟はヨシロウにはできていた。

 常連たちはただ「食事処 げん」を愛しているわけではない。源二の人柄と、料理の温かさに惹かれて常連となっている。それが奪われるくらいなら命を懸けてもいい、それくらい思っている。

 

 ある種のカルト宗教なんだよな、と思ったこともあったが、今はそれが頼もしい。

 

「お前ら——」

 

 常連一人一人の顔を見ながらヨシロウが口を開く。

 

「お前ら全員、俺に命を預ける覚悟はあるか?」

『たりめーだろ!』

 

「ベジミールに戦争を仕掛けたら生きて帰れる保証も今までの生活を送れる保証もなくなるぞ?」

『知るかんなもん!』

 

「俺はお前ら全員を守り切れない、自分の身は自分で守れという話だぞ?」

『しつこい! 俺たちはタイショーのメシをまた食いたいだけだ!』

 

 ——最後の返答はなんだ。生き残ってこそ源二の料理を再び口にできるというのに、こいつらはそれを忘れている——と思いつつもヨシロウは最後の言葉を口にした。

 

「だったら全員ついてこい! 庶民の食欲なめんな!」

『応!!』

 

 この瞬間、「食事処 げん」は完全に一つとなった。

 源二を取り戻すため、庶民が心から温まる料理をもう一度楽しめるようになるため。

 

 ここでメガコープの圧力に屈してはいけない、という思いがこの場にいた全員を突き動かす。

 

「作戦は俺が立てる。決まり次第動くぞ」

「ちょーっと待ってください!」

 

 完全にボルテージが上がり切った「食事処 げん」に一つの声が飛び込んだ。

 

「……アンノ?」

 

 遅れて店に飛び込んできたのはアンノだった。

 アンノが、一人の女性を連れて常連を掻き分け、ヨシロウの前に立つ。

 

「早まらないでください、ヨシロウさん、あなた一人じゃないんですよ」

「何を——」

 

 水を差されたヨシロウが怪訝そうな顔をする。

 

「今回の件、ビッグ・テック社が全面的に協力します」

 

 ビッグ・テック社からの連絡役として就任したアンノがそう言い、一枚のウィンドウを展開した。

 

「流石に軍を動かして表立った動きをするとペッパーフィッシュの二の舞になるので動けませんが、ビッグ・テック社は内々で『食事処 げん』を支援します」

「はい、そのために私も来たのですから」

 

 アンノの隣に立った女性も胸に手を当ててそう言う。

 ボディラインが出る白いボディスーツ、顔は狐耳の付いたドットディスプレイ形式の仮面で隠された女性。

 それだけでヨシロウはピンときた。

 

「『スノウフォックス』!? お前まで!?」

 

 しかもリアルで、と声を上げたヨシロウに、女性——「スノウフォックス」はええ、と頷いた。

 

「私もタイショーのフルコースをリアルで口にしたいので。それを邪魔するベジミール社はハッキングでぶっ飛ばします」

 

 そう言った「スノウフォックス」の顔面ディスプレイには、ドット表示で怒りの表情が映し出されていた。

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