風を掴んで
誰にも見られないということは、相手にとっても好都合なはず。この辺に警察みたいな治安を守る組織があるのかわからないけど、仮に僕が捕まるのはまずい。
……警察ってなんだったっけ? いやいや、思い返してる場合じゃない。
路地らしく人気はない。積まれた置物や角材は何に使うのか不明だが、しばらく使われていないようで、埃かぶっている。
通りと通りを繋ぐ1本道になっていて、攻撃を避けるにはいささか都合の悪い場所だ。
足元に向かって飛んでくる風の刃に当たらないよう、緩急をつけて走る。……まてよ、埃? なら使えるかも。
僕は思いっきり角材の1つを掴み、ぶんと振り回す。咳が出そうになるのを我慢しつつ、埃まみれになった場所から数歩離れる。
「ちっ、そういうこと」
風の刃がどこに飛んでくるのか、埃をよく見ればわかる。相手もそれを察したのか、するりと剣を抜いた。
……剣を抜いた!? 武器も持ってないんだぞこっちは! やってられるか!
まさしく突風のように斬撃が迫る。ただの剣じゃない、何か銀色の……風を纏っているのか? そう、風に色がついている。
「暴風よ、我が剣に従え!」
何かを唱えた。直感がまずいと言っている!
横薙ぎの一閃が放たれると同時、剣の軌跡に沿って大きな銀色の風の刃が放たれた。さっきより絶対ヤバいぞあれは!
スキルのおかげか回避に問題はない。が、このままじゃ一生鬼ごっこだ。一発、賭けるしかないか。
僕は滑り込むように風の刃をくぐる。もちろん相手の方に。相手から見て、絶好のチャンス到来ってやつだ。
「吹き下ろせ!」
相手もその隙を見逃さない。銀の風を纏った剣が、僕の頭に向けて振り下ろされる。身体能力を信じろ。デメリットの裏にある強さを信じろ!
「ぐっ!」
「なっ……!」
僕は左手を振り下ろされた剣をがっしりと指でつまんで受け止めた。刀身に纏っている風が手に襲いかかる。いたるところに切り傷ができていくが、深くはない。
全ての指に力を込め、思い切り剣を引っ張る。ズポッ、と彼女の手から剣が抜けた。
「ああ、もうっ!」
一転攻勢、今度は後ろへ飛び退いた相手を追う側だ。
今奪い取った剣は風の力を失っているが、僕の影響を受けているような気がする。
どんな影響かはわからないけど、魔力が通った剣、というのはこういうことなのかも。
さらに距離をとったシルフィーナは両手をこちらに向けた。今までは片手、ならもっと強い攻撃が来る!
「荒れ狂う竜巻よ、奴を引き裂け!」
また唱えた! 強力な攻撃の前は詠唱が必要。それって魔法のよう……そうか、風魔法を使えるスキルなのか!
って、判明したから喜んでる場合じゃない。
高さは僕2人分、幅は……路地じゃ逃げ場がないくらい。銀の竜巻が凄まじい速度でこちらに向かう。
どうする。置物も角材も、当たった僕だってズタズタになりそうだ。なら、スキルを信じるしかない。
「せいっ――!」
奪った剣で竜巻を斬りつける! ――希望通り真っ二つに斬れた! 働けないならこれぐらいは強くさせろって話だ!
開けた竜巻の間から、驚愕した相手の顔が見える。地面を蹴り抜き、剣を思い切り振ろうとして――
「くっ……」
「どうでしょう。まだ戦いますか」
シルフィーナの首元には切先が添えられていた。決してここから斬り伏せるつもりはないが、考えを改める理由にはなるだろう。
「いっとき間違いを起こすほど、何か事情があったんですよね。冷静に、話し合ってみませんか」
「……あたしの負けよ。わかったから、酒場で話すわ」
おおぉ〜、と僕でもシルフィーナさんでもない声が聞こえたので、酒場へ続く方を見ると、何人かやじ馬が集まっていた。うわ、どこから見られてたかな。
僕に見つかった途端、みんな同じ方へ向かっていった。酒場の客だったのか。
「……アンタ、あたしに勝てるって本気で思ってたの」
話を聞こうと酒場に向かう途中、シルフィーナさんから話しかけられる。
「まあ、少しは。全員傷つかず謝ってもらうのが目標だったので」
「そんなに強いのに、冒険者じゃないの? まさか騎士団?」
「話すと長くなるんですが、働くとスキルが無効になっちゃうんですよね。なので無職です」
「えっと、それは……気の毒な話ね」
また変人をみる目で見てくる。この視線で見られるのは、この世界で生きていくなら一生向けられる視線なんだろうな。
騎士団、というワードも気になる。騎士? それこそ治安を守る組織だろうか。あとで質問しよう。……常識が抜け落ちすぎていて、僕の周りにいる人は苦労するな。いつかお礼ができればいいけど。
念のため剣は僕が持ったまま、酒場へと戻って来た。あれ、セラさんもいる。そして結構視線が集まっていて、さっきよりざわざわと騒がしい。
「チヨリさん! ご無事でしたか!」
「ええ。シルフィーナさんも、冷静になってくれました」
「……その手のひら。ちょっと差し出していただけますか」
十中八九、傷がついた方だろう。大人しく目の前に差し出した。
「女神イーリス様、治癒の力をお貸しください」
軽い傷だったのもあるが、いくつも切り傷ができていた手のひらが、みるみるうちに綺麗になっていく。ついでに手首の傷もふさがった。身体に凄まじい速度で変化が起こっているためか、若干かゆみがある。治療ってこんな感じなのか。
「すごいですね。どこかで勉強してたんですか?」
「もう、冗談はやめてください。将来に備えてみんな学んでいますし、鑑定で説明を受けたじゃないですか」
勉強しました? と隣のシルフィーナさんに聞いてみる。「当たり前じゃない」と冷めた声が返ってきた。そういう所はセラさんと似てるよね。とても言えないけど。
決心がついたのか、シルフィーナさんはセラさんの前に立ち、真剣な表情でこう話す。
「悪かったわね。あたしも気が立ってた。やつあたりみたいなことをしてごめんなさい」
「……こちらこそすみません。カッとなってしまいました」
良かった、仲直りできて。根本的に怒っていた原因は解決できてないけど、それを協会の人と話し合うことはできるだろう。僕も事情は結構気になっているけど、むやみに首を突っ込むのもな。
「セラって言ったわね。用事はまだなんじゃない? 先に済ませてきたらいいわ」
「えっ? あ、はい。ではお言葉に甘えて」
「あたしたちはそこで待ってるから。ほら、いくわよ」
僕を見ながら椅子を指さしている。あ、聞いてもいいんだ。じゃあ僕も聞くか。力になれるかはさておき、単純に興味がある。
ひりついた空気が無くなったからか、やっと酒場の雰囲気が感じられるようになってきた。横にとても長いテーブル、それに椅子が点々と設置されている。そういう形式なのか。あまり見たことがない。
相手が椅子に座ったのを見て、僕も対面に座る。ここにきて、やっとシルフィーナさんの姿をゆっくり把握できた。肩まで伸びた綺麗な銀色の髪、力のこもったまなざしに、座高は僕と同じくらい。さっきまでカンカンだったのって、こんな人だったのか。
セラさんもそうだけど、こんな人と町ですれ違ったら、二度見しちゃいそうだ。髪の色のせいかな。
「何? じろじろ見て」
「いえなんでも。珍しい髪の色だなと思って」
怒っていなくとも、酒場の中でひときわ存在感がある。つい異世界の人をじっくり見ているのがバレたので、本題に入ってもらおう。
「アンタも冒険者じゃないっていうなら、神託の話も知らないんでしょう?」
「神託? 女神様から何かが伝わるってことですか?」
「そこから知らないの!? ……はあ、色々察したわ。その通り、北の大聖堂で、神官や聖女たちが女神様から言葉を授かるのよ」
シエルの町から北にある王都。そこからもう少し北にある大聖堂で、時々それが起こるらしい。あ、そういうことか。冒険者の人は、人づてに神託の内容を知ってると。
そう思った僕は、彼女に内容を尋ねてみた。予想通り、内容をそのまま話してくれる。
「王都より南の町に、新しい風が吹く。これが神託の内容ね」
「ほほう。女神様って結構大雑把な言葉を残すんですね」
「……アンタってかなり無神経な物言いをするわよね。それ、女神様が聞いてたらどうするのよ」
呆れた顔をされてしまった。ぐっ、言い返せない。女神様に対する言葉は全部向こうに届いているっていうのがこの世界の価値観らしい。いやあ、地元じゃちょっと神様の感じが違うんですよ、なんてとても言えない。
どこに住んでいたのかも忘れてしまったけど、そういうことは覚えているようだ。大人しくあやまって、次の話を待とう。




