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今は秘密

 魔力の使い過ぎで倒れたとはいえ、周りの様子を見るに自分の心配はしなくてよさそう。熱が出るとか頭痛がするとかの方が断然辛いし、疲れが残っているぐらいであるのなら、まだ動ける。


「もう少し休んだほうがいいと思いますよ」

「まあ、そうですよね」


 僕の気持ちを察してか、セラさんが釘を刺してきた。もちろん無理はしないし、今日はもう戦いたくない。そばに置いてあった僕のリュックを背負うのをやめて、従う意思を見せた。


「あれだけの騒動があったのに、協会に冒険者はいないんですね。怪我をした人もいなかったんですか?」

「みなさん騎士団の手伝いに行ったみたいです。騒動の最中に怪我された方は、治療スキルの使い手が集まっていたのもあってすぐ元気になりましたよ」

「僕みたいに怪我じゃない方が長引いたってわけですか。じゃあ、治った人はすぐまた戦いに戻ったんですね」

「はい。一般人の避難所としてもここが使われてはいましたが、空から魔物が襲ってくるので、ここにたどり着くのも難しかったみたいです。なので1階はがらがらですね」


 やむを得ず一番近い建物に逃げ込む人が多かったんだろう。僕は自分のことで精一杯だったけど、あの時この町にいた人は全員必死だったんだ。彼女の話からそれが窺える。


「チヨリさん、返事を適当にしてずっと考え事してるんじゃないですか? 落ち着かない気持ちはわかりますが……」

「うっ、ごめんなさい。どうしても止まらなくて。あれはどうだったんだろう、何が起こっていたんだろうって、ぐるぐる考えちゃうんですよね」


 セラさんに呆れた表情を向けられると、笑ってごまかすしかできなくなる。何度かこの顔をされたことがあるけど、僕の非常識以外で呆れられたのは初めてなんじゃないか。

 どのみち余計なことを考えるんじゃ意味ない。これじゃ動いている方が良さそうなので、再びリュックに手を伸ばす。


「ぜんっぜん話聞いてくれないじゃないですか! もう!」

「戦ったり、復旧の力仕事を手伝うわけじゃないですから。外の空気を吸いたくて」

「……しょうがないですね。まだ起きたばかりですし、くれぐれもスキルは使わないようにしてください。絶対ですよ!」


 ずい、と顔を寄せてきたので、つい距離をとってしまった。慣れてきたと思っているものの、やっぱり距離が近いと照れてしまう。

 重々承知していることを伝え、ゆっくりと立ち上がる。一歩一歩、転ばないように出口に向けて進んだ時、言い忘れていたことに気が付いた僕は、歩を止めて振り返った。


「セラさん、治療してくれてありがとうございました。怪我も完璧に治ってます」

「調子のいいことを言っても無理は禁物ですよ。そもそも怪我をしないのが一番なんですから!」

「いやいや、本心ですって本心」


 何を言っても言い訳に思われてしまいそうだな。実をいうと、これだけ心配してくれるのは単純に嬉しい。単純に、見知らぬ土地でもそれなりの縁ができたことを感じられるから。それはそうとスキルを使ったら本気で怒られそうなので、そこは肝に銘じておく。


 建物を出て外の空気をすっと吸い込むと、その倍ほどの勢いでため息が飛び出る。この町はころころと様子が変わって、本当に落ち着かない。見える範囲でも大量の冒険者や騎士が行き交い、人手が必要な場所に向かったり物資を運んでいる。

 そこにあるのは忙しなさで、喧騒はあれど争いの気配はない。ただ、倒れるまでの出来事のせいで、どうにもここで過ごす時間が落ち着かなかった。


「もうどこかに行くの? 動いて大丈夫?」

「ソフィアさん。……あれ? さっきまでどこに?」

「協会の見張りを少しだけ交代して、色々と騎士団から話を聞いていたの。あ、サボってたわけじゃないわよ?」


 その表情からは疲労の色は見えない。建物の警護の他にもやることがあるだろうに、まだ冗談を言う余裕を残していることに驚く。もちろんわかってますよ、と返して、ひとつ質問を投げかけた。


「今日みたいな事件って、しょっちゅうあるんですか?」

「無いわ。こういう事件、という括りに適しているかはわからないけれど――」


 彼女がほんの少し眉をひそめて続ける。


「ここまでの規模で人為的なものは滅多に無い。王都でも、その周囲でもね」


 それを聞いた僕は言葉に詰まるが、どこかほっとしているところがあった。こういうことが頻繁に起こる町、あるいは世界なのであれば、ストレスで胃に穴が開いていたかもしれない。

 ……まあ、それだったらまだいいか。生きていくために人の道を外れることも十分に考えられるんだ、心労で済むならいい。


 これからもトラブルに巻き込まれることは目に見えている。ふたつの特殊な指輪を持ち、竜の衝突を阻止したことは、人を介して広まっていくだろう。それがわかっているからこそ、せめて僕の周り以外は平和であってほしいと思っていた。


「あなたが動くなら私も一緒に動かないとね。どこに行くの?」

「ザーディスさんとシルフィーナさんと合流して話を聞こうかなと。確か騎士団支部にいるんですよね?」

「ええ。急がなくて大丈夫よ、ゆっくり行きましょう」


 支えが必要と思われたのかそっと手を差し伸べられる。それを丁寧に断ってから、騎士団支部へと向かった。

 単純に僕が倒れた後に何があったのかが気になったのだけど、もしかしたらまだ外に出たらまずいかも。無言が続くのも気まずいし、少し質問をしてみようかな。


「これ、僕は動かない方が良かったでしょうか。ソフィアさんの負担を増やすかも」

「平気よ。私の見立てだけど、もうチヨリさんに手を出せるほどの戦力は町に残っていないはず。みんなが一生懸命頑張ってくれたおかげね」

「僕が倒れている間にも色々あったみたいですね」

「結果的に私が一番楽しちゃったくらいよ。構成員は……ほぼ、拘束できたはず。ごく一部を除いて忠誠心もさほどないし、ある程度情報も聞き出せていると聞いているわ」


 信用できる人間だけを集めて行った作戦ではなかったらしい。手を広げすぎたのが仇になったのかな。報酬が無ければ従う理由もない冒険者たちが情報を吐いた、と考えるのは単純すぎるか。

 よくよく考えると、構成員をするのも結構重要なはず。王都から来た援軍はこういった時のための実力者揃い、というイメージがある。そんな中でソフィアさんは僕の護衛を任されていたと。


「僕、というよりアーティファクトを守る役割を受けたソフィアさんって、相当凄い人なのでは……?」

「うーん、それは秘密」

「じゃあ、あの時竜が落ちてきたのに気づけていたら、止められました?」

「それは難しいわね。だだっ広い地上で受け止めるぐらいならどうにかなったかもしれないけど、周辺の被害を考えると別の手段を使った方が賢明だと思うわ」


 気づいていなければそのまま被害に遭っていたのか。そうなると、要人の警護にソフィアさんを当てて、2人をまとめて始末してしまおうというのが作戦の本質だったのかも。……恐ろしい話だ。魔物をけしかけて町を襲わせたのが準備に過ぎないのだから。


 条件さえ合えば力で解決するという選択肢が取れるのもすごいな、なんて考えていた時。彼女はくすくすと笑いながら続ける。


「単純な力じゃどうにもならない。チヨリさんが屋根を飛び移ってきた時から見ていたけれど、空中で攻撃を加えて竜の軌道を変えるなんてこと、普通の身体強化スキルには到底無理よ。……まあ、お互い秘密があるということにしましょう?」

「……そうですね」


 今はここまで、というメッセージだろう。踏み込んではいけなかったのか、目的地に到着したからか。一旦もしものことを考えるのはやめて、起こった出来事に集中していこう。

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