襲撃の終わり
目を開いて、勢いのままに上体を起こす。息が荒く、まだ疲労が残っていた。僕は眠っていた? 気絶していたのか? まだ生きているし、人の話し声で目が覚めたから、魔王軍に捕らえられたなんてわけではなさそう。
身体がまだ硬いし、背中も痛む。腕の切り傷とは違って血は出てないし、固い床で寝ていたせいか。……そうだ、腕の傷。袖をめくって確認してみると、傷跡も残らず綺麗に治っていた。
感覚的にちょっと気になるけど、触っても動かしても痛みはない。ポーションのおかげか、あるいは治療スキルなのか。
自分の無事は確認できたし、ここはどこかを確認してみる。僕が目覚めた瞬間に声をかける人がいなかったし、ずっと様子を見られていたわけじゃないみたいだ。
特徴的な天井に、何かの窓口らしき場所。隅に片付けられたテーブル……まさか冒険者協会? うん、記憶通りならそのはず。セラさんは避難所になっていると言っていたけど、その割に人はいないな。
立ち上がろうとしたが、まだふらつく感覚が残っていた。バランスを崩しかけたので、一旦床に戻って息を整える。立ち方に気を使わないといけない状態なんだろうか。ただ寝起きにしては、体調が良くない。
「あっ、チヨリさん! 身体の調子はどうですか? どこか痛みますか?」
窓口とは真逆、建物の入り口から声がしたので、ゆっくりと振り向いた。セラさんが駆け寄ってきて、その後ろにはソフィアさんもいる。様子を見に来てくれたのかな。
「身体はまあまあです。ちょっとふらつくぐらい。その、聞きたいことが多すぎるっていうか。どれぐらい寝てました?」
「結構な時間は倒れていたはずです。運ばれてきたのはちょうど太陽が真上だったんですが、今はもう夕方が近いですね」
「……そうですか。そんなに寝てたなんて」
そのままソフィアさんがセラさんの隣に立つ。確か、竜の落下地点にも彼女はいたはず。どうなったのかは知っていると思い、状況を質問しようとする僕だったが、何から聞いたらいいのかわからない。なんとなくでもくみ取ってくれるだろうか。
「その。結局、町はどうなりました?」
「建物に被害が出たところはあるけれど、亡くなった人はいないわ。魔物も撃退できたし、現状は落ち着いているわね」
それを聞いて、ようやく緊張が解けた。朝から突然始まった出来事に流されるままだったが、もう戦わなくてもいいんだろう。正直力が抜けて今すぐにでも休みたい気分だけど、まだ聞くことはある。
「魔王軍は? 竜は倒せたんでしょうか」
「例の組織に関しては、幹部を1人、構成員を複数を騎士団で拘束しているはずよ。増えるかもしれないけど」
「結構いたんですね……」
「ええ。町に落ちてきたとされる竜は、グリンヴェール北の森の中で発見されたわ。既に消滅しかかっていたから、倒されたと見ているけれど」
多分言い方からして、人がいる場所に落ちたというわけではないと考えてよさそう。結局のところ、魔王軍の計画は失敗に終わった。それも僕という邪魔者のせいで、だ。
ゴルドは無警戒に情報を話してくれたおかげ。というかそもそもじっと隠れて待っていたら、誰にも知られず竜は落ちてきていたんじゃないか。アーティファクトも――そうだ、指輪! 急いで指を見てみると、指輪はふたつあるまま。安心しすぎて床へ倒れこみそうになったけど、セラさんが支えてくれた。
「大丈夫ですか!?」
「うわっ、すみません。つい気が抜けちゃって。僕が寝てる間、この指輪について聞いてくる人はいませんでしたか?」
ふたりは顔を合わせた後、どちらも否定しながら首を横に振った。この指についたままなんだから、それもそうか。
「チヨリさんは魔力の使い過ぎで倒れたのよ。気になることが多いのはわかるけど、あまり無理をしないようにね?」
「そのつもりです。そうか、魔力の使い過ぎ。使い過ぎちゃうと倒れるんですね」
無くなるまで全部使うだなんてことがなかったし、思いつきもしなかった。けど今なら予想できる。指輪で強化された分、感情を探すスキルで使う魔力の消費が多かったんだろう。竜を蹴り飛ばした後に油断した僕は、調べる範囲を広げすぎて、身体が持たなかったんだ。
頭の中の議題はゴルドの行動に戻る。やったことが完全に裏目に出たわけだけど、黙っておくという判断はできなかったんだろうか? 可能性を探してみると、ある発言を思い出す。確か、帰還の指輪のことを言及していたような。
計画の内容を話したのはともかく、僕を襲いに来るのは予定のうちだったんだろう。……そうか。向こうは指輪が傷ついていることを知らない。そのままの効果だと複数人の移動ができるし、要人と町の外に逃げられるのを防ぐ必要があったのかも。
それに、僕を組織へ引き込もうとすることを話していた。僕が犯人だとでっちあげたのも考えると、チヨリという人物は事件の詳細を知っていたという状況にするのが重要だったのかもしれない。
「もう。無理はしないように言ったばかりだけど?」
「うっ、すみません」
表情に出てしまっていたか。ただそれでも、本当に気になることが山ほどあるのだから、頭は動いてしまう。せっかくソフィアさんがいるんだから、色々と質問をした方が早そうだし、できる限り聞いてみよう。
「そもそもなんですけど、どうしてソフィアさんはここに? 騎士団はまだ動いてそうですが」
「あなたの警護よ。事件を知っている重要な人物だし、それを身に着けている以上、悪い人が寄ってきそうな気がしたの」
それ、と言いながら指さしたのは、増幅の指輪だった。倒れていた間も、守ってくれていたらしい。
「ありがとうございます。僕が持っていていいものかはともかく、相手の手に渡らなくてよかったです」
「……あのっ! 私、全然お話についていけてなくて。よろしければ何があったかこちらも知りたいといいますか」
「そりゃあ気になりますよね。ソフィアさん、話しても大丈夫そうでしょうか?」
「構わないわ。私もあなたから直接聞きたかったところだもの」
セラさんの頼みもあり、とりあえずゴルドと戦ったあたり以降を思い返して、言葉にしてみる。協力して戦ったとか、指輪の力で竜をどうにかしたこととか。魔王軍についてはかなりぼかしたけど、とりあえず悪いことを企んでいる組織ということが伝わればいい。
というか、組織のことは誰に聞いても別の答えが返って来るややこしさがある。魔物を統率して何かを企んでいること自体は共通してそうだけど、説明がやや面倒だ。
「そうだったんですね。外ではそんな大変なことになっていたなんて」
「私は竜が落ちた近くにいたのだけれど、落ちてくること自体は全く知らされていなかったわ。本当に危ないところだったみたいね」
情報が流れるリスクを考えると、魔王軍に協力している人間でも、全員が計画の全貌を知っていたかは怪しい。僕が知れたのは、本当にたまたまだったんだろう。
「……よく考えたら、そんなことして疲れるのは当たり前じゃないですか! そういえばお水も飲んでませんよね。持ってきます!」
「あらあら。ずっと喋っていても疲れるでしょうし、私は外を見てるわね」
助かります、と返す。ろくに水分を取っていなかったので、飲めばちょっとは回復が早まるかも。
休めと言われても休まらないような状態だ。気になっているし、セラさんが戻ってきたら、ここであった出来事も聞いてみるか。別の視点からなら、新しいことがわかるかもしれない。
「はい、お水です。ゆっくり飲んでくださいね」
「ありがとうございます。ところでなんですが、誰か僕の近くで女の人が喋っていませんでした? その話し声で目が覚めたんですが」
「うーん、チヨリさんの周りはソフィアさんと私だけしかいませんし、目覚めた時には外に出てましたから。何もなかったはずです」
ふたりの声じゃないこと違和感を抱いたものの、気のせいだったようだ。もしかしたら、夢の中で話しかけられていただけだったのかも。




