増幅する指輪、増幅する力
ゴルドは氷柱を剣で斬り払い、鋭利な先端が易々と平面に変わる。彼の剣はかなり細いが、突く目的ではなく斬ることを重視しているように見えた。戦いのヒントになるかも。とにかく、情報を活かすしかない。
「ふむ……」
ゴルドが一瞬視線を逸らす。僕もすぐにそれを追うと、威嚇を繰り返すガルーダの姿が見えた。翼からは羽が飛び散り、ぽたぽたと血液を落としている。地上に近づいたり、離れたりを繰り返しているが、僕たちに攻撃できる高度までは降りてこない。
……いや、降りられないのか。遠くから攻撃する手段をガルーダは持たないのかも。失くした指輪を取り戻したシルフィーナさんのスキルは、以前よりも力を増している。相手を近づけさせず倒すのも容易なんだ。
そう理解した時。僕とゴルドはほぼ同時に動いていた。両者の位置からして、彼女を攻撃しようとするゴルドを止める形にできる。この段階までは行動を読めたが、後ろへ通さずに反撃ができるか? もはや迷いを感じる時間すらない。
「退きなさい!」
走り込みながらの横薙ぎ。僕がそれを避けた時点で、シルフィーナさんへと攻撃が届いてしまう。肉体で剣を受け止めるのは危険すぎるため、僕はあるものを背中から取り出していた。
まだ動きは目で追える。手にしたそれを、思い切り剣へぶつける!
「なっ――!?」
剣と金属が打ち合った音ではない。明らかに鈍いその音は、ゴルドの隙を作るには十分だった。覚悟を決めた僕は、躊躇なく奴の腹を蹴り飛ばす。
だが流石はアーティファクトを持つ幹部、腹部に直撃とまではいかなかった。足か腕、何かを挟んで防御された感覚がある。いくらか後退させたが、意識は健在だし、致命傷ではない。
「ガラス瓶で剣を防いだ……? 身体強化スキルは物質に付与できないはず」
ゴルドは僕の手に握られた空のガラス瓶を見て、そう呟いた。彼が困惑した表情を見せたのはこれが初めて。このまま僕が持っているスキルを理解される前に勝たなくては。
「チヨリ君! 使ってくれ!」
奴が姿勢を立て直すまでの隙。それを好機だと見たのか、ザーディスさんが後方から声をあげる。反応して振り向くと、僕めがけて彼が持っていた槍が投擲されていた。
「ありがとうございます!」
支援に槍は必要ないと見たのか。礼を言いつつ槍をキャッチした僕は、切っ先を下に向けて構える。手にした槍はほんのり冷たく、冷気が宿っていることを感じさせる。重量も気にならない。槍なんて使ったことないけど、何も持たないよりかはずっと頼もしかった。
「ンン……油断ならないようです。まさかこの指輪を持って全力で挑まなければならないとは」
相手が姿勢を戻し、切っ先をこちらへ向け独特な構えをとる。こちらとしては、どう構えようとかどう立ち回ろうなどとまで考えが回らない。戦いの知識や経験については向こうに分があるのは違いなさそうだ。
なんてったって、よく喋る。まだ声に考えを出せるんだから、余裕もあるんだろう。
僕はそんなゴルドを眉をひそめて観察するしかない。にらみ合いが続くかと思ったものの、すぐにこちらへ突進してくる。向こうとしても、ガルーダの支援に回りたいのか。
迎撃すべく槍を突き出すが、ひらりと横へ躱される。勢いを殺さないままの切り払いを受け止めるべく、こちらも槍をぶつけるようにして剣を弾いていく。
強烈な衝撃が手のひらに伝ってくる。びりびりとしびれを感じるが、攻撃は一度で終わる気配はない。あらゆる角度から、僕を切り捨てようと殺意を向けるゴルド。感情の流れがわかりやすくなったおかげか、動きが多少理解できるようになってきた。
槍なんて持ったことがない僕が、剣の達人と渡り合えているような状況。はたから見れば互角の戦いに見えるかもしれない。だが僕はスキルの力で力を相手のレベルまで引き上げているだけ。あと一歩、上回れる要素がない。
ザーディスさんの氷柱を警戒してか、頻繁に位置取りを変えて剣を振るってくる。相手の動きが鈍る気配は全くなく、むしろ速度を上げているような気すらしてくる。目が乾くが、まばたきの時間すら惜しい。
「まだ使いこなせていないようですねぇっ!」
「ぐうっ!」
剣の対処に慣れが出てきたのを察知されたのか、ひと際強い力での振り下ろしを放ってくる。今まで通り受け止めようとした僕の体勢がよろめき、ゴルドの追撃を許した。
咄嗟に身体を後退させるものの、服ごと薄く左腕が切り付けられる。痛みに悶える僕を見て、奴はにやりと口角を上げた。
さらなる攻撃を防ぐためか、ザーディスさんが床から氷柱を生やす。しかしそれすらも読まれているようで、的確に剣を振るい氷を破壊していく。慣れてきているのは、向こうも同じらしい。
ちらりと血のにじむ左腕を見る。鮮やかだったピンク色の一部は血に染まり、先ほど魔物に攻撃された赤黒い部分と、たった今染まった赤い部分が目立っている。それを見て、この場に立ったことをわずかに後悔した。
疑問を抱いている場合ではない。後悔している暇はない。痛みに耐え、攻撃を防ぎ続けること。せめてシルフィーナさんが魔物を倒す時間までは、彼女を守る必要がある。そんなことはわかっている、けど……
やれるのか。僕に。
やるべきなのか。僕は。
今この場で僕は、自分自身に問う。女神様からもらったよく分からないスキル。得られた絶大な力。戸惑ったけど、なんとかなった。なんとかなってしまった。
……うん。ようやく、少しわかってきた気がする。もう、なんとなく守りたい、何かの役に立ちたい、という段階ではないのだろう。
僕はまだスタートラインに立っていなかった。だから、僕は本気で思わなくちゃならない。どれだけ危険を冒してもあいつに勝つ、と。
上空からも交えた氷柱の連続攻撃。それを易々と対処するゴルドへ、槍を突き出していく。
見え見えの攻撃だったせいで、あっけなく避けられる。逆に僕が近づいたせいで、氷柱の支援が止まってしまった。またとないチャンスと見たのか、重ねて傷を負った左腕を狙い斬撃が放たれる。――までは、予想通りだった。
「なっ――」
刀身をがっしりと左手で掴んだ。傷が開きかけて痛むし、力を入れづらい。しかしそれでも、ゴルドのぎょっとした顔を拝むことには成功した。
剣を引き抜いて手のひらを切り裂こうと企むことは予測している。いつもならすぐ武器を破壊するパターンだけど、それは平和的に解決したい場合であって、今回は違う。奴が剣を引き抜くより早く、右手に力を込め、叫んだ。
「極寒!」
詠唱の瞬間、槍から爆発的に冷気が放たれ、周囲を包んだ。切っ先を手前にしたまま、柄で奴の胸を思い切り突く!
「なにをっ!」
槍が身体に触れただけで、強烈な冷気がゴルドの身体を蝕んでいく。一瞬で剣を握りしめる手すらも凍り付き、何も言葉を発さなくなる。僕はつるりと剣を相手の手から引き抜いて、床に捨てた。
そして間をおくことなくゴルドの指を凝視する。剣を持つ右手には指輪がされていないのを確認した後、左手に唯一身に付けられていた指輪を引き抜く。指の表面が凍っていたおかげで、簡単に回収できた。
異彩な存在感を放つ、紫色の指輪。宝石などの装飾はなく、シンプルな作りをしている。カバンに入れておくのも危なさそうなので、帰還の指輪の隣につけてみる。……特にこれといって、身体に変化はないみたいだ。まさか偽物?
「聞きたいことは色々とあるが……ひとまず無力化には成功したと見ていいな」
「そうですね。ザーディスさんも、支援と槍、ありがとうございました。なかったら負けちゃってたかも」
「冗談でもやめてくれ」
これでようやくザーディスさんがガルーダの支援に回れる。そう思ったけど、どうやらそれは必要なかったらしい。
「だーっ、もう。あの魔物、逃げてったみたいよ。追うの?」
「いや、やめておこう。今はゴルドの方が重要だ」
「そう。チヨリもザーディスも、あいつを寄せないでくれてありがと。戦いやすかったわ」
まだまだ余裕といった素振りのシルフィーナさんに、ザーディスさんはそう答える。
一応、氷漬けにした……というより、表面を薄くガチガチに凍らせたイメージだ。指輪を奪えなくなるし、凍死させてしまっては情報がなくなると思ってこうしたけど、そろそろ解けるかも。
ザーディスさんのスキルが付与された槍、それを僕が使った場合、この氷を操れるのは僕と彼のどちらなんだろう。まあ、頼んだ方が早いか。
「ザーディスさん、できれば解凍をお願いします」
「いいのか?」
「ええ。このままだとこっちも困りますし」
槍を彼に返して、ゴルドの様子を離れて見守る。少しして、じゅう、と音を立てながら氷が解けていき、奴はがっくりと膝をついた。……よかった、生きてはいるみたいだ。




