幹部ゴルド
疑問に思うことは、少しずつ増えていく。町を襲う勢いが削げてきているのなら、東を守っていた人々は、まっすぐこの道を通って町に戻るはず。それなのに、門のある方向から人がやってくる気配はない。
「動けるか? 本格的に狙われることになるのなら、少なくとも騒動が収まるまでは、協会に戻るべきだと思う」
ザーディスさんはそう言うが、僕はもう少し考える時間がほしかった。右腕は動かすと痛みがあるし、走ってこの場を離れることはどのみち難しい。それもあるが、今の状況からして、段階がひとつ進んだような感覚がある。
上空から去った魔物、僕という犯人のでっちあげ、やってこない冒険者。町で騒ぎを起こす必要がなくなってきたのだろうか。騎士たちは要人を守りきることができたのだろうか。
時間があるか怪しいし、歩きながら考えるかと、ひとまず立ち上がってみる。思えば、門へ向かおうとしても動きが鈍らなかった。騎士の仕事、冒険者の仕事。今彼らは何をやっているんだろう。
2人にも意見を聞いておくべきか。何から話そうかと思考しようとした時、僕の身体はぴたりと動きが止まる。これはスキルによる効果じゃない。一点の、うっすらとした敵意が、背後から近づいてきたからだ。
すぐに振り向くと、1人の男が路地から現れた。場違いに見えるほど整った紳士服を着ていて、細身の剣を腰に身に着けている。その男と目が合い、彼は驚いたように言葉を発した。
「おかしいですね。気配は絶っていたはずなのですが」
絶てるものなのか、気配って。男は歩みを止めない。声を発したため2人も気が付いたらしく、どちらも武器を手に取っている。服装だけではない、こちらへ歩く男の異常さを感じていたのは、僕だけではないようだ。
「ゴルド」
ザーディスさんがそう呟く。彼の名前だろうか。それが聞こえたのか、向こうは歩みを止めて会話を切り出してくる。
「ザーディス。任務を放棄するとは、いただけませんね」
「俺はもう魔王軍には仕えない」
否定をしなかったのを見るに、ゴルドという名前で間違いない。会話している今のうちにと、相手の姿をよく観察してみる。白髪だが老けている印象はなく、年齢は僕の二回りほど上だろうか。身長は僕より少し高く、圧はある。そして、奇妙な指輪が指にはめられているのが見えた。
「アンタ、冒険者じゃなさそうね。なんの用?」
「これは失礼。私、ゴルドと申します。バルトヴェール家の執事を勤めておりますが、もう片方の肩書きの方を知りたいのでは?」
「……魔王軍、幹部」
「ザーディス、早々に答えを言ってしまっては面白くないでしょう」
幹部。組織の中でも、特に地位が高いってことか。どちらかというと、執事をしていることも気になる。表の立場がはっきりしているから、裏で立ち回りやすいのかも。
僕はなんとなく理解できたものの、シルフィーナさんはあまり吞み込めていないらしく、納得いかなそうな表情。そもそも、魔王軍について知らないのだから仕方ないか。
「ちょっと、魔王軍ってなんのこと? おとぎ話でもしてるの?」
「これからの時代を築く組織ですよ。今、我々がこの町を襲っているのは、ほんの実験に過ぎません」
「……正気? まあ、冗談ってわけじゃなさそうね」
「物分かりが良くて助かります。勿体ないですね。ご実家でもそうなら、出ていく必要もなかったでしょうに」
「そう。アンタが喧嘩を売りたいってのはわかったわ」
家を出ていった? それを言った瞬間、シルフィーナさんの態度が一変する。ブチギレモードとまではいかないが、剣を抜き、構える程度には怒っている。今の彼女は至って冷静だったはずだけど、何か事情を知っているのか?
ゴルドの態度、表情は、決して敵意に満ちたものではない。スキルを使わないとわからないくらいだ。むしろ、からかっているというか、自分の言葉でこちらがどう動くかを試しているような気がする。
「私としては、あなたに用事があるんですよ。チヨリさん」
「……僕に?」
「ええ。帰還の指輪を返していただきたいのもありますが、あなたについての情報が少なすぎることが気にかかりまして」
一定の距離を保ったまま、彼は指をひとつずつ立てていく。
「目的。そしてスキル。出自に、所属。私たちの情報網ですら掴めないのです。直接尋ねたほうが早いと考えまして」
「知る必要、あります? 僕のことなんて」
「脅威の芽を摘むのは当然のことですよ。現に今、あなたがここに立っているのですから」
まあ、向こうの言い分もわかる。計画を邪魔できているのかは怪しいが、それでも脅威を感じる程度に僕を認識しているのだろう。少なくとも、下っ端を向かわせるには危ないわけだ。
「もし答えなかったら?」
「ふむ、そうですね。お仲間の命が惜しくなければ、といいたいところなのですが」
ゴルドはザーディスさんとシルフィーナさんを確認する。あごに手をあて少しひげを触り、こう続けた。
「“薄い”んですよ。関係性が。たかだか一週間共に過ごしたか、過ごしていないかの人間なんて、人質の価値があるかどうか」
「……何が言いたいんです?」
「いえ、深い意味はありません。この話は一旦置いておきましょう。重要なのは、あなたが魔王軍に協力するかなんですから」
「僕は何も協力しませんよ。人や町を踏みにじってまで、世を支配したい欲はありませんから」
「ンン……そうでしょうねえ。しかしこれから起こることは全て、魔王軍のチヨリが企てたことになるのです」
流したデマがそこまで効果を発揮すると考えているのか。ただ噂を流すだけじゃ、疑われて終わりだと思うけど。
それより気になるのが、このゴルドという男、ものすごく色々喋ってくる。単純に僕が邪魔であるなら、その場で倒せば済む話だ。僕を生かしておきたいか、時間を稼ぐなどの理由があるはず。
「ザーディスさん、シルフィーナさん。とにかくこの人の対処は速い方がいい予感がします」
「同感ね。こいつの言ってることがホントなら、だいぶ悪人よ」
それはそうであるんだけど、伝えたいのはそうじゃないというか。しかし、一々僕の意図を説明している場合じゃなさそうだ。
その直後、大きな羽音が耳に入ったと思えば、ゴルドの隣に大人と同じくらい大きな鳥の魔物が降り立つ。人間が隣にいるというのに、あの落ち着き。普通の魔物ではなさそう。羽音なんて立てずに奇襲できただろうに。
「……ええ、そうですか。こちらはもう少しかかりそうですね」
鳥の鳴き声に対して返事をしている? 言葉がわかるのか?
「あの真ん中に居る男をガルーダにお願いしましょう。両端は私が対応します」
あれは明らかに指示。言葉通りなら、巨大な鳥は僕を狙って襲い掛かって来る。僕が魔物に対してスキルを使えないと知っているのか? いや、知り合い以外に話したことがない。偶然だ。
「魔物を頼みます。僕はあの人をどうにかします」
「わかった。チヨリ君、無理はしないように」
「おや、私と戦うおつもりですか? ンン……どうやらこれの力をご存じないようだ」
ゴルドは指輪を見せびらかす。何か不思議な力を感じはするが、一体どんな力があるというのか。十中八九、強いスキルが付与されているんだろうけど。そう考えた僕は、ある噂が頭をよぎり、呟く。
「まさか」
「ええ、そのまさかです。これは遺跡で発見されたアーティファクト。持ち主のスキルを極限まで増幅させる力があります」
「……指輪だったんですね」
「派手な武器だとでも思いましたか? 組織は既に指輪であると掴んでいたのです。万が一、何者かが持ち出さぬよう影に指輪を集めさせておりましたが、幸運にも私の手に渡りました」
「さっきから、本当によく事情を喋りますよね。結局何が言いたいんです?」
「いやはや、お察しの通り時間稼ぎです。不服ですが、そうする必要がありまして」
不服。それがどういうことか考える前に、ゴルドはこう続ける。
「この町に竜を落とす。この計画における最後の華ですよ」
「……はい?」
唐突すぎて間抜けな声が漏れるが、僕が第一に抱いた印象よりも、事態は深刻かもしれない。僕よりも横に居るふたりの表情が物語っていた。




