合流する冒険者たち
結局、3人の冒険者はすぐにその場を去る。武器が破壊され、搦め手も通じなかったのだから、当然か。思い切り僕に背を向けていったのは、僕が攻撃したくないという意思を持っていたのを察していたからかも。
しかしそれで安心できるわけでは全くない。空から襲い掛かる鳥の魔物はどんどん数を増し、もはや群がられているといってもいいぐらいだ。東門の方へ走りながら、近寄った敵をナイフで追い払う。
武器は短いしスキルも解けた以上、こいつは大したことないと学習されてしまえばおしまいだ。休む暇も与えない勢いから、どことなく統率がとれているようにも見える。このままじゃ、息が持たない。
「あいつじゃないか?」
「あれってまさか……」
ばさばさと羽音がうるさくて聞き取りにくいが、今誰かが僕の話をした。門まであとどのくらいだ? 人が増えてきたものの、まだまだ距離はありそう。この鳥どもをなんとかできれば、それが一番なのに。
そして危険がもう1つ。この魔物たちを標的にしている限り、僕のスキルが一向に発動しないのだ。どこかで標的を見つけないと、魔物を引きはがせない。
「襲われてる今がチャンスだ! いくぞ!」
誰かが陽動している。一々声をあげ、僕を狙わせようとするのが魔王軍だろうか。そろそろ足が限界だし、黙らせるためにもそっちへ行くべきか。振り向き様に僕に向けた敵意を察知し、大きく姿勢を逸らす。
カラン、と音を立てて何かが落ちた。無意識に視線がそれを追う……投げナイフ!? そんなことまで!
「ぐうっ!」
「ギャア、ギャア!」
意識が一瞬逸れた隙を、1羽の魔物は見逃さなかった。刃物のように鋭利な爪で、崩れた姿勢で浮いた右腕を深くひっかく。強い痛みに耐えるため、うめき声をあげた。
利き腕がやられた。スキルがあれば使えるかもしれないが、今は痛みでそれどころじゃない。僕はこれほど痛みに弱かったのか。たらりと流れる血液に視線が向いてしまう。しまった、こんなのに気を取られたら――
上等な餌を見つけたかのように、幾多の魔物が空から集まって来る。抜け出さないと。誰かを標的に、スキルの発動を優先しないと。でなければ、終わる!
魔物から目を背け、人間が視界に入った。何か声を発している。あらゆる方向から向けられる敵意。極限の状態で、音はもう耳に届かない。左手に持ち替えたナイフを大きく振り回し、魔物が空へ飛び立った一瞬。
ここだ! がむしゃらに、ただひたすら鳥の群れから飛び出していく。野次馬へ魔物を押し付ける形になるが、それが今の最適解だと信じ、前に進むしかない!
「逃がすか!」
何が「逃がすか」だ、こっちは何もしてないってのに。群れをわずかに引き離して余裕が生まれた今なら、こいつら冒険者(かも怪しい人々)を黙らせることができる。だがそんなことをしたら悪者扱いは免れない。今更そんなこと気にしてもしょうがないけど、放っておくべきか。
男の声に反応してか、5人以上は僕に視線を向けている。道の先、僕の進路を塞ぐように立ち、嫌でも視界に入って来た。多い、多いぞ。無視して突き進んでも、何発かは攻撃を貰ってしまうかもしれない。
今集まっている全員を刺客だと決めつけ、気絶させるべきか。無視してどこかへ逃げるべきか。どちらを選んでも傷は増える。選ばなければ僕は――
「さっさと全員ぶっ飛ばしなさい! そいつらバカばっかりよ!」
力強く凛とした声が響く。3つ目の選択肢。まさしく希望を手にするべく、即座に目的を変えた。
1人目を思い切り蹴とばし、巻き込むようにして何人かを道を隅へ吹っ飛ばす。その光景に目をとられた者の頭を極力手加減してはたき、気絶させたところを同じく脇へ放り投げる。
道の脇に倒れた人が溜まってくるが、魔物はそれらに目もくれず僕へ向かってくる。やっぱり組んでるんじゃないか、こいつら。足を止めた分距離が縮まるが、きっと心配はいらない。
「刃のように唸れ、銀色の大旋風!」
聞きなれた声がした直後、僕を通り抜けるように突風が吹き、周囲の温度が一段下がる。魔物の悲鳴だらけで鼓膜が心配になるほどうるさいが、耳を塞げないし、まだ振り向くわけにはいかない。
どこに注視すればわからない顔をした冒険者をまた1人気絶させ、近くにいた冒険者は全員床に転がった。大きく息を吐くと同時に、意識が右腕の傷に向く。空気が擦れて激しく痛む。興奮が切れたのか、脚の力が抜け、その場にへたりこむ。
「アンタねえ、何やらかしたわけ?」
「いやあ、その……。すみません。何もやってないですよ、もちろん」
「大丈夫だと聞いていたんだがな」
「えーっと、まあ、1人でも逃げ切れはしましたよ、多分……」
怒っているのか、呆れているのか。ザーディスさんの表情は読めないが、そういった声色なのはわかる。
「……今の状況ってどうなってます?」
「こちらが聞きたいんだが」
「そうよ。というか、けっこうがっつりやられたのね。予備の薬は背中にある?」
荷物を下ろすのも億劫になっていたところだ。シルフィーナさんは背中のカバンを開き、中をがさごそと漁る。その間に、僕が知る限りの状況を伝えた。
「火事とか魔物とか、全部僕がやったことにされてるみたいです。外の魔物はどうですか? 片付きました?」
「勢いは削げた。まだ襲ってはきているが、近いうちに収まるだろう」
「アンタの噂が流れてきて、すぐにこいつがあたしに声かけたのよ」
「疑問に思う者もいたが、大半は魔物を倒すことで手一杯だ。現状、町に入り込んだ魔物を対処しているのは、騎士とそういう指示を受けた冒険者のみ。そんな時にチヨリ君を狙うのは、まさしく組織の者だろう」
「ねえ、その組織って何? こいつほんと説明しないのよ! あとで話すって!」
「だから、それはあとで話す」
シルフィーナさんが薬を見つけ、ガラス瓶の栓を抜く。そのまま僕の傷口にかけていき……焼けるような痛みが腕に広がった。沁みるなんてレベルじゃないぞ。身悶えながら声を出すが、腕はしっかり掴まれていて動かせない。
「治癒スキルじゃないから死ぬほど沁みるわよ」
「ぐっ、うう……。先に言ってください……!」
どんな仕組みになっているのか、腕の出血はすぐに止まった。ひりひりと痛みは残っていて、動かすのはまだ難しいが、ゆっくりと治っているような気がする。ザーディスさんは僕の様子を全く気にせず、説明を続ける。
「空を見てくれ。今はもう散り散りになっているが、1羽、目立つ魔物がいるだろう」
「すみません、今ちょっと腕が痛すぎて……」
「あれがガルーダだ。鳥の魔物の中でもひと際賢く、強い。おそらくあれが君を監視している」
「続くんですね、説明……」
「小屋にいたもう1人の男を覚えているか? 奴が鳥類の魔物を従えている。あの場を去った後、二重に魔物をけしかけてきたんだろう」
戦闘中に1回、今の騒動の間にもう1回か。少し経ち、ようやく落ち着いて息ができるようになってきたので、ちらりと空を見上げてみる。しかし、空に魔物は見当たらない。というかガルーダの見た目がわからないんだけど。
「なんか、いなくなったわよ。なにかの合図?」
「……おそらく。俺はテイマーじゃないから内容はわからないが、嫌な予感がする。魔物が必要ではなくなったということだろう」
2人がまとめて魔物を倒したから、逃げていったんじゃないのか。そう考えたものの、答えは知る由もない。怪我が治るまで撤退するか、味方と一緒に敵を減らすべきか。
少なくとも、僕を狙っている人が集まる前に決断しないと。今だって、誰かが僕を襲いに来るかもしれない。
しかし、周辺は僕の思考と裏腹に、ひどく静かだった。




