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犯人はチヨリ?

 騎士団支部を出た僕は、避難せずに東区域へ直行していた。火事が起きたのもあるが、それに乗じてまた悪さをされるといけない。徐々に濃くなっていく煙の臭い。区別がつかないほど点在する敵意。

 スキルが解け鈍くなった身体にやきもきしながら、息が切れても走り続ける。しかし、いざ荒れ果てた光景を目にした瞬間、思わず足が止まってしまう。


 空には大量の鳥やらコウモリやらが飛んでいて、時折地上に降り立っているのが見える。外に出るのは危険な状況にして、建物に火を点けているのだろうか。

 正直、理解に苦しむ行動ばかりだ。魔王軍の目的は、人や土地をないがしろにしてまで達成すべきものなんだろうか? そんなわけないだろうに。


 現状僕は東門へ向かう道に立っているが、そこから見える限りでは、騒ぎが起きているように見えない。複雑に入り組んだ居住区の中、そこで戦いや火事が発生していると見てよさそう。

 この時から、僕がやりたいことは薄々決まっていた。騎士にも冒険者にもできないこと。相手を直接探して叩く。できるのであれば、これが一番効くと考える。


 周辺の地形を把握している時間はない。敵意を探るのに目視で確認する必要がない以上、しらみつぶしに路地へ入り確認していくべきか。自分の感覚を頼りに、目についた路地へと入っていく。

 ゴミが散らかっていて油断すると足をとられそうだ。路地に入ったとたん、生活臭が強くなった気がする。古い木造の小屋の間をどうにか通り抜け、間近にある敵意へと向かった。


 まず1つ。ひとまず確認を。そう思い駆け付けた僕が見たのは、小さな緑の魔物と、行き止まりに追い詰められた子供。緑の魔物は、やや小柄な子供と同じような、人型の姿をしていた。こん棒を持っていて、今にも殴りかからんとする勢いだった。

 小鬼、ゴブリン。知らない名前が頭に浮かぶ。いや、今はこいつの名前なんてどうでもいい。まだこの魔物は僕に気が付いていないのなら、不意をついて確実に一発は当てられる。例えスキルが発動していなくとも。


 ポーションの店を襲った人が持っていたナイフは、今僕の手にある。僕は息を殺し、鞘のないナイフを構え、うなじらしき部分を切り裂く。


「ギャッ――」


 一瞬の悲鳴。魔物を殺そうとするなんて初めてな僕でも、他のことに目が向かないくらい、集中していた。魔物の手からこぼれたこん棒をすかさず拾い上げ、頭を思い切り殴りつける。

 ごろん、と横たわるようにして、緑の魔物は壁のそばで動かなくなった。


「大丈夫? 早く安全なところに避難してね」

「あ、ありがとう。……いや、お前ってまさか、チヨリ?」


 初めての不意打ちで高まった気分をどうにか抑え、精一杯の優しい声で尋ねる。よく見たら、いつかのスリを企んでいた男の子だった。僕の名前が出てきて疑問に思うが、その答えはすぐ明らかになる。


「お前が火をつけて回ってるんだろ! 魔物を呼びよせたんだろ!」

「いや、冗談じゃないよ。そんなことしてない」

「冒険者が言ってたんだよ! こんなことになったのは、チヨリってやつのせいだって! 黒髪でおかしな恰好をしてるからすぐわかるって!」


 急に何を言い出すんだこの子は。僕はそんなことしちゃいないし、やる理由もないし、時間もない。第一、魔物を倒して助けたのは僕なのに、なぜ魔物を呼んでいると思ったんだ。

 しかし、そうも考えていられない。彼の放つ敵意が、僕を見てますます強くなってくる。言葉で説得はできそうにない。対処に迷った一瞬のうちに、スリだった子供は逃げるようにこの場を去っていく。


「みんな逃げろーっ!」


 こんなことを叫びながら。


 流石にまずいんじゃないか、これは。現状魔王軍が仕向けたことを、全部僕に被せようとしているわけだ。


 焦ってはいけない。こういう場でのデマは本当に怖いが、冷静に、何をすべきかを考えないと。

 ザーディスさんが言いふらすのは考えにくい。犯人に仕立て上げるより、直接僕を倒すチャンスがあったんだから。となると、あの時の小屋にいたもう1人の男が怪しいか。ザーディスさんの指令が失敗したのも、何かしらの理由で知っているに違いない。


 そして、なぜこんなことをするのか。必死になって考えたが、これからの計画において僕が邪魔になると考えているのかも。僕を犯人にすると何ができる? 立ち止まり、身を潜めて思考する。


 僕を倒す、または足止めできる。これが一番あり得るか。僕の弱み、仲間を探す。そこまで回りくどいことをする必要は感じられないが、こうなるとザーディスさんやシルフィーナさん、下手をするとセラさんも危ない。

 チヨリはそんなことをしないと否定してしまえば、何をされるかわかったものじゃない。関係をあぶり出すためかも。


 いや、犯人扱いするのは誰でもよくて――ただ単に注目を僕に向けたいだけかもしれない。騎士団に居た時はこんなことを言われなかった。東区域でこのデマが広がっているとしたら、人を東に集めたいのか。


 僕は正直どうなったっていい。なんとかする。しかし、友達にまで被害が向くのは耐えられない。つい悪態をつきながら床に散らばったゴミを蹴っ飛ばす。どこまでが向こうの計画なんだ。最終的にどうなるんだ。それがわからない。


 ……大通りに戻ろう。路地を走っていてもしょうがない。僕を潰すなら、魔物も総動員して襲ってくる可能性がある。一対一で弱い魔物を相手にし、かつ不意をついてでないと勝てない。それなら、野次馬だろうと逃げ道や人が多い方がいい。


 周辺の敵意に気を配りつつ、来た道を丁寧に戻る。迷わないように、見つからないようにと慎重に進んでいたつもりだったが、ばさばさと羽音が聞こえた途端、僕はスピードを上げた。

 1羽の巨大なカラスがカアカアとうるさい声で喚き散らし、僕の上空から襲い掛かる。近くで見ると恐怖で声をあげそうなほど迫力があった。真正面から立ち向かうのも無理だと、無我夢中で大通りへ向かう。


 風景が一気に開ける。多少空気がましになったので、後ろを気にしながら息を整えた。上空に戻ったようで、カラスの姿は見えない。安心したのもつかの間、門のある方向から武装した人間が何人かやってくる。どっちだ。敵か。味方か。


「いたぞ! あいつだ!」

「くそっ!」


 彼らは手際よく剣を抜き、ナイフを向け、杖を構える。相手が野良か魔王軍かなんて関係ない。やらなきゃ、やられる。あまりの馬鹿馬鹿しさで八つ当たりしそうになるが、どうにか心を鎮める。

 こんなことをしている場合じゃない。お互いにそうなはずなのに。さっさと気絶させて――そう考えた時、上空の羽音が不思議と耳に残り、はっとする。


 彼らは“人質”でもあるのか! 僕がこの人たちを気絶させた瞬間、魔物が無防備の人間を襲ってもおかしくない。魔物を対処しようとしたら、冒険者たちはその隙を見逃さないだろう。め、面倒すぎる。


「地を這え、クモの糸!」


 もういっそのこと逃げてしまうか。そう考えた時、杖を持った冒険者がそう唱える。僕の靴をねばついた糸が絡み取り、体勢を崩してしまう。倒れた先の床にも糸が張り巡らされ、服に粘り強くひっついてくる。


「今よ!」


 杖の冒険者が指示を飛ばす。先制を許した。僕の判断が遅れたから。

 攻撃をしてきた以上、相手は逃がすつもりがない。ねばつく糸を引きちぎるように足を振り回し、こちらに向かう2人へ迎撃すべく視野に入れる。背中の部分はカバンを背負っているので無防備じゃない。今は攻撃の対処をしないと。


 刃物を振ろうとしている。殺意がある。避けるにも、既に地面に糸が仕掛けられている。まだ僕はナイフを持っているので、これを使って刀身を砕くしかない。

 胴を狙った一振りを捉え、スキルを込めたナイフを思い切りぶつける。金属同士が触れ合い、甲高い音を立て――相手の剣のみが砕けた。


「なんだこいつっ!」


 剣を砕かれた男がうろたえる。死角から僕を刺しぬこうとする敵意を感じていた僕は、振り返った瞬間に相手の前腕を思い切り肘で殴りつけ、肩を掴み、床へ無理やり押し付ける。


「死にたくないなら、今すぐ僕の前からいなくなってください」


 これほど強く言わなければ通じないだろうと思い、全員に聞こえるよう、そう話した。魔物と人を交えた戦いは、まだ終わりそうにない。

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