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やれること

 僕の目が空にもあったら。そうすれば多少は状況の把握が速くなるのに。


 そんな妄想など考えていても仕方がない。ここはまだ市民が多いわけじゃないし、施設を利用するのは冒険者ばかり。だいたい、今いるのは中央からやや北西のあたりだったか。

 様子を見たところ、冒険者協会の建物からはもう人の流れは止まったようだ。代わりに、道に立っているだけで先ほどより何倍も騒がしい。悲鳴はまだなく、困惑の声が大きいか。空からの襲撃もまだ到達していないらしい。


 今なら建物に戻れるのではと思い、僕は急いで冒険者協会へと戻る。何かに行動を邪魔されることなく、建物に向かって行けた。やはり、今建物に戻るというのは、冒険者の仕事じゃない。逆に言うと、今襲撃を受けた場所に向かうことはできないんだろう。


「チヨリ君、大事ないか」

「ザーディスさん! これからどうされるんですか」

「俺はチヨリ君を守る。空を見ただろう。町を歩くには危険だ」

「避難さえすれば安全ですよね。ザーディスさん、あなたは魔物を倒しに行ってください。僕は大丈夫です」

「魔物相手には無力だろう。危険だ」

「無策で過ごすわけじゃありません。大丈夫です。縁があるのであれば、また必ず会えます」


 丁度入口に着くところで、中から出てきたザーディスさんと対面した。魔物という存在の脅威を知らない以上、僕は彼に町を守る方についてもらいたかったのだが、彼は渋い顔をする。


「君は強いが、安全なわけじゃない。なんなら、君も狙いのうちかもしれない」

「何かあったら、帰還の指輪だってあります。だから、行ってください」

「……わかった。中にセラさんがいる。事情は彼女に聞いてくれ。騎士もいるし、他の場所より安全だろう」


 納得してくれたようには見えないが、彼は力強く地面を踏みしめ、あっという間に現場へと走っていく。僕の知っている人間より、走るのが速くなっているような。この世界の人は身体能力に優れているのかも。


 彼の走りがあまりにも早いので、余計なことを考えてしまった。そんな場合じゃないと、建物の中へ入っていく。


 中はがらりと人が少なくなっていた。セラさんを含めた武器を持たない数人と、武装して待機している人が何人かいる。受付には人が立っているが、その奥は人が行ったり来たりと忙しそうだ。


「チヨリさん! お怪我はありませんか!」

「なんともないです。何があったのか知りたくて。セラさんはご存じですか?」

「ついさっき、緊急の依頼について説明があったんです。えっと――」


 僕が聞き取れなかった情報を、彼女は詳しく教えてくれた。

 町の東西に魔物が集まってきて、侵入しようとしている。大半の冒険者は魔物の討伐のため、緊急の依頼として各地に派遣された。町の中に侵入する魔物にも対処できるよう、騎士団と共に行動するとのこと。


 疑問に思う点もあるが、おおよそ聞いていた話と同じかな。魔物は東の方からも来ている、というのが意外だったけど、単純に町から戦力を分散させるためなら納得だ。正確な時間は不明だが、まっすぐ横断するのにはかなり時間がかかる。

 そして聞いた内容から考えると、僕の身体が反応したのは、あの場にいて話を聞くという行動に対してだろう。実際、セラさんの話を聞いてもなんともない。


「治療スキルを使える方や、付近の護衛をしてくださる騎士団の方がここに残っています。チヨリさんも安全なところに……って、ここがそうでした。騒ぎが収まるまで、ここに居た方がいいと思います」

「……そうですね」


 口ではそう答えたが、やや疑わしいところがある。冒険者は信用ならない、というザーディスさんの言葉。それが妙にひっかかって、安心できずにいた。

 彼と同じような組織の外側の人間ではなく、襲撃を直接実行するような内側の人間が冒険者の顔を持っていたとしたら。ここぞとばかりに騒ぎを起こすことは明白だ。


 ……僕は一体、何をどうしたいんだろう。ここが安全か疑問に思ったとしても、結局生き残れる可能性を考えるなら、ここで騒動が終わるのを待ち続けるしかない。そもそもとして騎士や冒険者が頼りにならないのなら、この町はおしまいだ。

 拳を握る力が強くなる。僕のスキルは頭まで良くなったりしない。今の僕を、どうしたらいいかわからない僕を導いてはくれない。なんなら、生き方すら縛って来る。


「チヨリさん? 大丈夫ですか?」


 セラさんの声が思考に割り込む。彼女の姿に意識を向けると、明るくなった服装の色合いが目に入る。そのまま視線を自分の服に移してみる。他者を圧倒するピンクに、濃い緑のズボン。宿で洗濯して、もう一度着たんだった。

 今の僕が頼りにできるものなんて、この服ぐらいしかない。僕はこの町から逃げようとはしなかった。帰還の指輪も使わなかった。きっと、最後に自分を信じ切れていなかったのだと思う。


「セラさん、僕は外を見てきます」

「危険です! 空から魔物が襲ってきてるんですよ。チヨリさんは――」

「魔物とは戦いません。けれど、今回は魔物を操っている人がいます」

「誰かが意図的に町を襲わせているってことですか? そんなまさか……」

「……言っちゃいけなかったかも。じゃあ、僕は行きますね。セラさんもお気をつけて」


 きっと僕には役割がある。制止するセラさんを振り切り、町の中へと駆け出していく。不安を乗り越えるためにも、自分自身の持つ色を信じるしかないから。



 まずは状況の把握をしたいが、そんな猶予はない。僕は全速力で町の中心へと走り、自分のできる限り精神を研ぎ澄ませる。不意をつかれないよう空に気を配り、天井のある建物の脇で待機。敵意から何か探れないか集中する。


「東がやばいらしいぞ! 急げ!」

「あっちは手薄になるのもしょうがねえか!」


 地面に響く多く足音や大声の指示。人の数はまばらだが、割り振りと連絡に苦戦しているように見える。肝心の敵意も、多すぎて話にならないレベルだ。魔物に対するものなのか、人に対するものなのか、はたまた町に対してなのか。今の僕では、判別がつかない。


 僕は大丈夫。根拠も示さず、そうやって説得まがいのことをしてきたが、いざこうして行き当たりばったりの作戦をしていると、罪悪感が芽吹いてくる。……考え続けないと。敵を探る手段を。

 町を魔物から守ることは、仕事扱いとして引っかかる可能性が高い。好意的に解釈するなら、僕がやれることは別にある、とするべきか。騎士にもできない、直接犯人を捜して叩くという作戦は、あながち間違いでもないような。


 もう一度、今度は集中じゃなく念じてみる。自分には敵意の場所がわかる。ついでに何に対して抱いているのかもわかる。ほぼ願望に近いそれは、まったく意味を為さなかった。

 しかしながら、状況を俯瞰してみるのに役立つと気が付く。おそらく東と西の端に集中しているのがわかるので、敵意の探知範囲はかなり広く、そしてまだ戦いが続いていることが感じ取れる。


 なら、集団ではなく点で位置する敵意を察知できれば。……これ、明らかに1つのスキルに入る効果じゃない気がする。まさか、僕のもうひとつあるスキルって――それは今考えることじゃなさそうだ。


 まずは近くからと感情を探ってみると、強い敵意を抱いた人物が存在することがわかり、どくん、と心臓が跳ねた。僕を狙っているのか。探知を取りやめすぐにその方向へ向く。視界に入ったのはやはり武装した男。

 歩く方向は僕の方ではなく……いつか紹介されたポーションの店。それが分かった瞬間、僕は走っていた。

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