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重い男……?

 なんなら掃除でもするか、と立ち上がった時、皮膚に触れる空気が変わった気がして、部屋の隅に行く。その後、部屋の中に力が集まって来るのを感じた。

 帰って来る。そう確信し、じっと見守っていると、突如強い光が目の前に広がった。思わず目を塞いで少し待つ。一呼吸し、収まったのを確認してから目を開ける。そこにはザーディスさんが立っていた。


「戻ってきてくれましたか。半分帰ってこないんじゃないかと」


 冗談交じりにそう言って、すぐに後悔する。彼の目の周りは真っ赤で、とてもじゃないがそういう言葉が似合う空気ではない。かける言葉を探していると、ザーディスさんは指輪を外し、深く頭を下げた。


「本当に、ありがとう」

「……いえいえ」

「俺はまだ、自分を許すことはできない。でも、こうして故郷に戻ることができたのは、君のおかげだ」

「良かったんですか。すぐに戻ってしまいましたけど」

「ああ。あの時から時が止まったようだった。誰も俺を待ってはいない」


 何をしたのか。何がしたかったのか。聞くべきではないと思った僕は、指輪を受け取り、何も言わず指に戻した。しばらくの沈黙。生気が感じられなかった彼は、どことなく瞳に光を取り戻したかのように見えた。


「じゃあ、僕はこれで。といっても、宿を探すにはもう遅いかもしれませんが」

「俺も行こう。……いや、同行させてくれ、頼む。君を守らせてくれないか」

「それは、嬉しいお願いですけど。でもいいんですか? なんなら、ザーディスさんも狙われるかも」

「それでもいい。俺の人生を、君に捧げる覚悟はできている」

「いやあ、そこまでしていただかなくても……」


 彼の決意は揺るがなさそう。……どこまで本気かな。なんというか、やると言ったらやり遂げる覚悟のようなものを感じる。少し、危ういくらいの。

 正直、ザーディスさんを支えてきた魔王軍という組織から、今日突然離れることになったんだ。多少、混乱するのも無理はない。故郷に戻るという目標も、突然達成してしまったのだから。


「もう一度、名を聞いていいだろうか。俺はザーディス。冒険者をしている」

「チヨリです。旅をしていて、わけあって北の大聖堂を目指しています」

「そうか。チヨリ君、今後ともよろしく頼む」


 若干物言いが引っかかるが、差し伸べられた手を掴み、固い握手を交わす。向こうの方ががっちりと握ってくるんだけど。

 おそらく、何か精神的な拠り所が必要なのだろう。彼の気分が安定するまでは、一緒に行動した方がいいかもしれない。魔物から守ってくれるし。



 それからは、町の南門から戻り、宿をとって一日を終える計画となった。夜の森を歩くことになったが、誰に襲われることもなく、スムーズに南門へと到着する。

 彼は町の地理にも詳しく、先導しながら僕の質問に答え、宿に案内してくれる。いつ襲撃に遭うかわからないからと、人の多い道を進み、ぴったり僕の半歩前を歩いている。


 日没して少し経ったぐらいだからか、まだ町は冒険者で賑やかだ。なんなら、飲食店など夜から営業する場所もあり、昼とは違った様子を見せている。


「何か食べるか?」

「いえ、宿で食事にします」


 僕の視線や態度から、色々と気を遣ってくれている。別の道にするか、だとか、買い物をするか、みたいな。これじゃあまるで、エスコートされているみたいだ。

 道中の態度からして、過保護な兄、という印象だった。僕より背が高いし、無精ひげを生やしていて、若干老けてみえる。実際の年齢は知らないが、雰囲気からして、最低でも5歳は年上だろうか。いや直接聞けばいいんだけど、色々掘り下げられそうで怖いところがある。


 中央へ向かう道から少し逸れたところに、目的の宿はあった。かなりの大きさに驚いていると、大衆浴場や食堂も併設されていると教えてくれた。久々のお風呂に、思わずガッツポーズ。

 部屋が取れなくなる前にと急いで受付に向かって、要件を伝える。


「1人用の部屋をお願いします。あ、彼の分も」

「……同じ部屋じゃなくていいのか?」

「えっ、なんでですか。別々でいいと思いますけど」

「万が一の時、君を守れない」


 そうきたか。ううん、どうにも冗談を言っているように見えないので、なだめるようにこう言った。


「魔物さえ出なければ、僕が自分でなんとかしますよ。それに、町中に魔物が出たら、大騒ぎじゃないですか」

「……そうか。せめて俺に払わせてくれ」


 一泊分と、夕食朝食、浴場の利用料金を一気に支払うザーディスさん。見かけによらずお金を持っているのかも。なんとなく同じ部屋はちょっと、と思ったので断ったが、それが正解だとすぐにわかった。


「美味いか?」

「もちろん美味しいです。毒とか入ってませんから。毒見とかしなくていいですから」


 食事中も一緒についてきたり。


「荷物を持っていない今が一番危険だからな」

「いつもの倍は恥ずかしい……」


 当然のように浴場に一緒についてきたり。


「せめて寝るまでは護衛させてくれ」

「大丈夫ですって! 過保護すぎますよ!」


 なんやかんやと部屋に押し入ってくるところだったので、きっぱりと断っていく。大丈夫か、この人。

 しかし、どうしてもと頼み込んでくる彼に押し負け、部屋で雑談をすることに。現状話しているだけで心労がすごいんだけど、持つかな、僕。

 当然部屋は1人用なのでそれほど広くなく、若干窮屈になった中、彼には椅子に座ってもらった。僕はベッドの上に腰掛けている。


「チヨリ君はどこの出身なんだ? いつから旅を?」

「どこか遠いところです。ここに来る前の記憶が無くて、昔のことを覚えてないんですよ。旅を始めたのは記憶を失くしてからなので、つい最近です」


 生活のために懸賞金を求めていたことや、自分のスキルについてを話す。案の定、彼は深く頷いたり、大変だっただろう、と声をかけてくれる。あなたほどじゃないと言葉が漏れそうになるが、ぐっと堪えた。


「この町に目的がなく来たのであれば、すぐ発ったほうがいい。近いうち、確実に奴らは動く」

「……それがわかっていて、逃げるように出ていくのは抵抗があります」

「君は魔物に対して無力なんだろう。危険だ。どこで魔物と戦いになるかわからない」

「操るのは人です。僕にもなにかできるかも」


「君は人助けと大聖堂に行くこと、どちらがしたいんだ。ここに留まっていたら、最悪、大けがをするかもしれない」

「それは――」


 声が詰まる。ザーディスさんの言い分は、至って正論だ。なぜすぐに出発しないのか。それは、自分にもできることがあると信じているために他ならない。


「もう十分、魔王軍とは関わった。後は誰かに任せればいい」


 本当にそうだろうか。いや、そうかもしれない。……そうだとしても。僕は――

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