お金配り異邦人
「僕はまだ、あまり生きているっていう実感がないんです」
突然この世界にやってきて、戦って、たまたま流されるがままに得た金貨。スキルを使って捕まえた盗賊は、自分が考えている以上に多くの悪事や盗みを働いていたのだろう。
これを成せたのは、自分の力じゃない。誰かのおかげだ。ずっとそう感じていた。
「怖いんです。こういうお金を持ってると。もし以前の僕が宝くじを買って、100万円を受け取ったとしても、友達に配ったりなんかしないと思います」
「宝くじ? 円? チヨリの故郷の文化か。まあ、お金を貰ったって配らないって話になるだろうな」
「説明が足りなくてすみません、その通りです。今の僕はもう、昔の僕じゃない」
俯きながら、僕は必死に言葉を探す。
「生きている人。この世界で頑張って生きている人に、持っていてもらいたくて。最低限、次の縁を探しにいけるぐらいのお金があれば、僕はななんとかします」
「チヨリだって頑張ってるんじゃないのか?」
「……そう思うには、もう少し時間がかかりそうです」
「俺の給料の、だいたい二ヶ月分だぜ、これ。今なら返すけど、いいのかよ」
「いいんです。ぜひ使ってください」
それを聞いたリックさんは、根負けしたようにため息をつき、わかったよ、と言った。
「わっかんないなぁ。金貨100枚あったら、遊び放題だぜ」
「遊び方も知りませんし、遊んでる場合じゃないでしょうから」
「俺なんかに渡す理由もさっぱりだしよ」
「お世話になったというのもあります。けど、これの100倍はあったとしても、リックさんは、世界一の鑑定士になるのをやめない。そう思ったから、僕は渡したんですよ」
「どうだかな。案外遊び惚けてるかもよ」
「これでも、自分の直感と縁を信じてるんです」
直感かよ、と言い、彼はけらけらと笑った。実際のところ、彼がお金を何に使ったかなんて、僕は気にしない。ただ、僕がそう思ったから、というだけだ。
結局、誰かのためじゃない。僕は、自分のためにお礼をしている。できた人間じゃないと思う。お返しを期待しているわけじゃないが、自分の安心のために金銭を手放しているんだから。
さっき色々使ったので、持っている金貨は21枚に減っている。大聖堂へ行くのに足りなければ、またお金を得る方法を考えるだけ。その間までに僕は、この世界を生き抜く1人の人間になりたい。そう思った。
「あっ、あともうひとつ。色々あっておまけで指輪を貰ったんですよ。なんだかすごそうなんですけど、どう使うのかがわからなくて」
僕は右手につけた指輪を見せてみる。リックさんの反応がこわばり、即座に大きめの胸ポケットに入っていた虫眼鏡を取り出した。
「――へえ、こりゃ厄介なもんを押し付けられたな。多分、取り合いになる前に理由をつけて渡したんだろう。壊れてはいるが、スーパーレア相当の帰還スキルが付与されてる」
「どうやって使えば?」
「簡単だよ、いつもスキルを使うのと同じさ。念じたり、祈ったらいい」
「念じたり祈ったりするだけで瞬間移動できちゃうんですか? 僕1人だけなら?」
「できる。壊れてなかったら、多分何人かの人を運ぶのに使ったんだろう」
とんでもないお宝を貰ってしまったぞ。ということは、魔力のある限り僕はシエルの町とどこかを行ったり来たりし放題というわけだ。……そこで、ふとある仮説が浮かぶ。これ、金貨100枚どころではない品なんじゃないかと。
「これって、買うならいくらですか?」
「言わない。面倒くさそうだから」
「金貨100枚より高いですよね?」
「知らない。一応言っておくが、絶対に失くすなよ」
リックさんは首を横にふるばかり。うん、値段のことは気にせず、大事に持っておけということだろう。多分、闇の頭領は、この指輪と自分のスキルを使って、どんどん懸賞金を跳ね上げていったに違いない。
「じゃあ、またここに来て鑑定し放題ですね。いつでも戻って来られるんですから」
「そうなるな。はあ、えらい奴と知り合いになったもんだぜ」
リックさんの約束である、彼以外のところでスキル鑑定をしない、というものを守るつもりだったので、しばらくはスキル鑑定ができないと思っていた。しかしまあ、幸運なこともあるものだ。何か発見があれば、すぐに戻って報告できる。
そうして、僕はリックさんの家を後にすることになる。やりたいことはやれたので、残りは本当に自由時間だ。できるだけ、この金貨を知識に変換したい。そんなことを考えて、ドアをくぐろうとした時だった。
「チヨリ。絶対、女神様に会いに行け。なんなら文句言ってやれ。あんたなら、きっとできるよ」
「あはは、たしかに。結構大変だったんだぞって、直接伝えないとですね」
きっとできる、か。そう言ってもらえて、少し心が軽くなった。本当に、考えることが多くて、大変だと思う。けれど、この目的にすがるように、進んでいくしかない。
僕のやりたいこと。女神様に会いに行く、ということ以外にも、見つかるかもしれない。次は誰に会えるだろうか。知らない空の下で、僕はそれを楽しみに、歩いていく。これからの旅の無事を、ふと、なんとなく祈った。
「長い……1日が……」
リックさんの家を出てしばらく。僕は、ただひたすらに町を歩いていた。もうあれで1日は終わってもいいかな、なんて思っていたが、足が「もう無理だよ」と訴えてくるまで歩き続けていた。
とりあえず、やれるだけのことはやっている。セラさんたちと同じ宿にはもう手続きをしたし、自分の部屋も確認した。座って休んだりもした。念のため買い物の確認もした。けれど、ただひたすらに思う。1日が長い。暇に耐えられない。
見知らぬ場所で歩き回ることしかできない、現状不審者の僕だが、どうにか時間を潰せる場所はないかと願っていた。色々と考えたものの、文字が読めないというのが致命的で、町の地図を買っても地形しか把握ができない。
金で常識が買えないか。時間で金が生まれないか。げんなりしながら迷子になる思考を正す。気づけば、冒険者協会の前まで来ていた。
昨日ここに寄った時より、少し遅い時間だろうか。そう感じた時、大きな音が建物の向こうから響き渡る。ゴーン、ゴーンと何度か聞こえ、しばらく黙って聞き入っていた。ここでご飯を食べるついでに、何か面白い話が聞けるかも。そうして、僕はふらふらと酒場に入っていった。
メニューが読めないことを思い出すが、おすすめを頼むことでどうにかごまかす。お酒は飲めるか覚えていないので、注文しなかった。
多分肉、なんの肉かは知らないが、肉が出てくることを期待してみる。食文化が合うかどうかも知っておきたいな、なんて考えていた時だった。
「グリンヴェールの遺跡で、アーティファクトが見つかったそうだ!」
冒険者であろう男が、酒場の入口で叫んでいる。何かの暗号か? と思って気にも留めなかったが、周囲の人はそうでもないらしい。
本当にあったのか。神託の通りだ。誰が手に入れたのか。そう騒がしくなった店内で、噂話に耳を傾ける。……たしか次の目的地って、グリンヴェールの町だったような。何もなければいいけど。




