本気の手合わせ
懸賞金はあとで渡すから~と言われ、ほっとしたのはいいんだけど。ソフィアさんは腰に布袋を括り付け、右手にひび割れた指輪をはめた。
奥に併設されている訓練場でやりましょう、と、彼女のペースに乗せられどんどん話が進んでいく。廊下を歩いていくと、建物に隠れて見えていなかった中庭らしき場所が見えた。
木の人形や訓練用の武器が置かれていたり、素振りや運動をしている騎士が数人いたことから、すぐにそこが戦いの舞台なのだと察した。広々とした場所ではないけど、誤って建物が傷つかないぐらいにはスペースがある。
訓練場に入った後、ソフィアさんは訓練をしている騎士に片っ端から声をかけ、何かを伝えていた。距離があったので聞き取れなかったが、話を聞いた騎士たちが全員隅に寄っていくのを見て、記録か何かをしてほしいと頼んだのかな、と考える。
となると当然、騎士たちの視線は僕に向く。もう緊張より、億劫という感情が大きかった。失礼だからとため息を頑張って我慢しているが、懸賞金だけ貰ってここを出ようか考えるほどには後ろ向き。
この世界に来て間違いなく感じたのは、戦いに縁ができたということだ。未だに好きにはなれないが、自分のスキルを自分のために使うとなると、どうしても戦闘は避けられない。
「みんなが見てくれてるから緊張するかもしれないけど、いつも通り戦ってくれたらいいからね」
はい、と力なく返事をする。大体手合わせって何なんだ。武術剣術戦術の全てと縁がなかった身からすると、何かルールがあるのかとか、そういう段階からわからない。
「……どうやったら決着がつくんですか?」
「うーん、みんながそう判断したら、かしら。万が一でも傷つけるつもりはないから安心して」
ほら、あなたの武器よ。そう言いながら、訓練用の剣が投げ渡される。どうにか地面へ落ちる前にキャッチして、手で握りしめてみる。木で出来ているのに思ったよりも丈夫で、つるつるしていた。しっかり握らないとすっぽ抜けそうだ。
触れたことがなかったので感触を確かめていた途中、はっとしたように周囲を見る。僕の一挙一動は全て観察されているのだと気づいたのは、この時だった。
「そのあたりの床に、印がついてるでしょう? そこに立っていて。戦いの合図は彼にお願いするから」
「わっ、もう始まるんですね」
うふふ、と微笑むソフィアさん。少し恥ずかしくなりながら、床の印を見つける。そこに立って剣を構えたのを周囲の全員が見届け、数秒無音の時間がやってくる。
「――はじめ!」
野太い声が響き、嫌でも戦いに引き込まれた。……いや、どうすればいいんだよ。こちらから攻めていけばいいのか? ニコニコと様子を見守るソフィアさんは、赤子を見守っているかのような視線を僕に向けている。思わず、すみませんと謝りたくなった。
「じゃあ、私から攻撃するから、受け止めるか避けてみてね」
わずかに緊張が走る。ひりついたのは僕だけじゃない、周囲の騎士たちもだ。一体何が――そう思った直後。
ダン、と床を蹴る音とほぼ同時。数メートルはあったソフィアさんとの距離。それが一瞬にして縮まっていた。目の前に剣を振り上げて立っている!
なんてスピードだ、と驚く間もなく、僕は咄嗟に剣を構え、振り下ろされる一撃を受け止め――
バキッ、と無慈悲な音を鳴らした。
「うわっ!?」
「あら、折れちゃった」
スキルの発動が間一髪間に合ったが、武器を守ることができなかった。衝撃を受け止めきれなかったとはいえ、手のひらがひどく痺れていた。恐怖心、焦り。悪い感情が沸き上がって来ると、思考がぐんぐんと加速する。
すぐに距離をとる。同じ硬さの武器なら、ぶつかり合った時にどっちも壊れるんじゃないのか。いや違う。武器の知識、戦いの知識、身体の動かし方の知識のレベルが違うんだ。ただ戦いと無縁だった僕とはわけが違う。相手は――プロ。
「うーん、距離をとるのは速いのね」
幸い、武器が折れても戦闘は止まらなかった。どうにかして勝つ必要もあまり感じないけど、この世界で生き抜くには、こういう戦いの縁も無駄にしてはいけないのだろう。
ちょうど半分に折れた剣を見ながら、頭をフル回転させる。異常なことといえば、相手に敵意が全くなかったこと。そのせいで反応が遅れた。
僕のスキルは自動的に力を発揮するが、職に就いた人が相手であれば、僕の意思でも発動できる。今それを、身をもって学ばせてもらったのかも。
これ以上は下がれない、というところまで来てしまった。あとは回り込んで距離をとるべきか、なんて考えるも、すぐにやめた。それぐらいの動きは読まれてそうだし。
「ふっ!」
来た。攻撃が。しかも、さっきよりも早い。
スキルのおかげで目に追える。そして自分に言い聞かせる。自分を信じろと。勝敗ではなく、全力をぶつけて学ぶのだと。
相手の軌道を読み、折れた剣へ祈るように力を込める。横薙ぎの一閃を、剣の根本で受け止めていく!
「あらっ? ――っ!?」
つい先程よりも、より大きく、より気持ちのいい音が鳴った。ソフィアさんの剣は根本からへし折れ、刀身が宙を舞う――その寸前に、折れた先の刀身を掴み取る。
彼女が防御するよりも早く、握りしめた刀身を首元へ突き立てようとして……
「そこまで!」
お互いに、ぴたりと動きを止めた。凍り付いているのかと錯覚するほどだが、僕はだらだらと冷や汗を流している。お、終わった。なんとかなったよね。勝てたよねこれは。へなへなと座り込みながら、大きくため息を吐いた。
「す……」
緊張が解けて腕がぷるぷると震えているので、視線だけをソフィアさんに向ける。
「すごいじゃない! うふふ、疑うような真似をしてごめんなさいね。立てるかしら? 魔力の消費はどう?」
「あ、ありがとうございます。ちょっと力が抜けちゃって」
魔力については実感がないのでコメントできないが、息を整える頃には体調も落ち着いてきた。立ち上がって、もう大丈夫だと伝える。
「普通の人の戦闘力をここまで引き上げるなんて、とんでもないスキルね。……騎士団に来る気はない?」
あっ、そんなこと言われたら。
「すみません、仕事に就くとスキルが使えなくなっちゃうのでお役に立てないと思います……」
「あら、そうだった。残念ね」
反射的に近い速度で断りをいれている。もちろん僕が口にしようとするより早く、勝手に動いた。相変わらず難儀な体質で困る。
「あっ、勝手なことをしちゃったから怒られちゃうかも。不備があったらまたここに来て。私はいないと思うけど、きっと対応してくれるから」
「はい。ありがとうございました」
ソフィアさんは僕に指輪と金貨の入った袋を手渡し、数人の騎士と一緒に建物に戻っていく。去り際に、僕の耳元に口を近づけ、囁くようにこう言った。
「次は負けないから」
一瞬、ほんの一瞬だけ、全身に力が走る。彼女はいたずらっぽく笑っていた。一瞬だけ晒した対抗心は、僕の心に刃をつきたてるように、深く印象に刻まれる。油断ならない人だ。僕は大きく肩を落とし、両手を使ってゆっくりと立ち上がった。
……後の対応は全部誰かに任せたのかな。それとも僕はもう黙って帰るべきなんだろうか。
「チヨリさん、お疲れ様でした。入口までご案内しますが、いかがでしょうか」
「お願いします。そうだ、金貨を小分けにしてほしいんですけど……」
見知らぬ騎士の人がそう声をかけてきたので、全部放り投げたのだと察する。とりあえず懸賞金を小分けにしてもらってから、この建物を出よう。やりたいことは、まだまだ残ってるんだから。




