第八話
空間が揺らいでいる。
神谷蓮は白く霞む空間の中に立っていた。耳鳴りのような音が遠くから響き、視界はかすかに波打っている。
――ここは、“ログ空間”。
《24H REPLAY》が起動した際に生成される、記録と記憶の狭間。椿が言っていた、“観測と改変の狭間にある領域”。
蓮は周囲を見回した。
どこまでも白い。
人の気配も、音もない。
「……北条?」
声を出してみるが、反応はない。
どうやらログ空間の中でも、彼とは別の領域に弾かれたようだった。
そのとき、視界の奥で影が揺れた。
ふと現れたのは、制服姿の少女――干渉者だった。
「ようこそ。ここは境界の地。あなたたちが“未来を変える”ために踏み込んだ場所」
蓮はスマホを握りしめた。
「Cルートって何なんだ。何を見せようとしてる?」
干渉者は静かに手を差し出す。
「記録には層がある。君たちが触れたのはまだ表面。
“C”はその核心。全記録の根にある、“最初の歪み”」
蓮のスマホに通知が届く。
【記録拡張領域:C】
【アクセス条件:記録保持者の“同調”】
「北条と……同調、しろってことか」
干渉者はうなずく。
「彼もまた、記録に囚われた者。ふたりが向き合わなければ、Cには入れない」
蓮は眉をひそめた。
「……俺はあいつを、まだ許したわけじゃない」
「なら、それも記録として向き合えばいい。
“赦し”も“憎しみ”も、記憶の一部。そこから逃げれば、記録は開かれない」
その瞬間、空間が揺らぎ、今度は北条の姿が現れた。
彼もまた、別の領域から引き寄せられてきたようだった。
「蓮……」
「……北条」
沈黙。
長く重い時間の中で、ふたりはただ互いを見つめ合う。
やがて蓮が口を開いた。
「Cに行くには、お前と“同調”しなきゃならないらしい」
「知ってる。……たぶん、それが試練なんだ」
「俺は、まだ納得してねぇ。澪のこと、お前がやったこと、全部……許せるわけじゃない」
「それでも俺は……変わりたいと思った。椿に出会って。自分の記録を見て、初めて怖くなった」
蓮は目を細め、スマホをかざした。
「なら、見せてみろよ。お前の“今の記録”を」
北条も、無言でスマホを構える。
ふたりの端末が同時に光を放ち、ログ空間が再び揺れ始めた。
【同調承認】
【Cルートへ移行します】
空間が白く弾ける。
次の瞬間、ふたりは新たな記録の海に立っていた。
それは、“観測”と“改変”の境界。
そして――物語の核心へと続く道だった。