第六話
北条圭介は、誰にも言えない罪を抱えていた。
それは、雨宮澪を匿名で追い詰めたという過去だけではない。
心の奥底で、誰かに救われたいと願ってしまった――その弱さそのものが、彼を縛っていた。
あの日から、彼の《24H REPLAY》は静かに作動していた。
蓮が使ったあの瞬間、北条のスマホにも“別の反応”が起きていたのだ。
【ログ空間:再構築中】
【記録保持者 No.003 ── 認証完了】
そして彼の前に現れたのが、椿玲奈だった。
彼女は初対面のように微笑みながら、言った。
「君も……記録に取り残された側なんだね」
彼女の姿は淡く揺れていた。
輪郭が曖昧で、現実と夢の間にいるような存在感。
「……誰だ、君は」
「忘れられた人間の末路。もう名前を呼ばれることも、記憶されることもない。
それでも私は、見てきた。君のことも。蓮くんのことも。澪ちゃんの涙も」
北条の胸に、どくんと重たい鼓動が走った。
「なぜ、俺を……?」
「あなたは、まだ“誰かの記憶”に触れられる側にいる。
だから言葉を交わせる。私はもう、声さえ届かないけど……それでも、記録は残せる」
椿はそう言って、空中に浮かぶログの断片を手のひらに集めてみせた。
澪の悲鳴、蓮の叫び、自分の冷たい目――すべてが粒子のように映し出される。
「……君は、これを誰かに渡そうとしてるのか?」
「ええ。でも、まだその時じゃない。
あなたがそれを望むとき。あなた自身が、罪を越えて誰かを守りたいと思ったときに」
そう言って、椿はそっと手を引いた。
ログの粒子は彼女の背後へと消え、記憶の波へと還っていく。
「じゃあ……俺には、何をすれば……」
「あなた自身で考えて。
今度は、逃げないで。
“見ているだけの存在”には、ならないで」
風が吹いた。ログ空間が音もなく崩れていく。
そして椿の姿も、同じように消えていった。
北条はひとり、現実の屋上に立っていた。
手の中には、何もない。
けれど――心の奥には、確かな痛みと、揺れ動く“意志”が残されていた。