第四話
翌朝、北条圭介は“異常”を感じていた。
それは、靴を履く瞬間の足の違和感でも、教室のざわめきでもない。
ただ、目の前の「椿玲奈」が、まるで“死んでいなかったかのように”そこにいるという事実だった。
「おはよう、北条くん」
あの夜、彼が匿名で仕掛けた投稿。
不安を煽るタイミング、無言の圧力、そして最終的な“追い込み”。
完璧だった。ミスはなかった。
その後、SNSの片隅で見つけた自殺の書き込みも、警察らしき投稿も、夢ではなかったはずだ。
なのに――彼女は、生きていた。
(リプレイ?……いや、俺はしていない)
《24H REPLAY》の履歴は、静かに“1回”のままを保っている。
誰かが巻き戻したのか?
彼女自身が――?
そのとき、視界の端に、スマホが震えた。
【通知:あなたの記録が観測されています】
【ログナンバー:0003】
【再生範囲:24時間 × 2セッション】
(……再生?ログ?)
その言葉に、ぞわりと肌が粟立つ。
“観測”という言葉が、彼の最も忌むべきものを示していた。
すなわち、“自分の裏側”を、誰かに見られているということだ。
(俺の行動が、記録されてる?)
スマホの画面をスクロールすると、そこには“客観映像”のようなログがあった。
廊下で椿に話しかける自分。
雨宮澪のSNSに書き込む“匿名の投稿”。
机の引き出しに隠した端末。
全てが、まるで他人事のように淡々と表示されていた。
まるで、誰かが――この世界を外から覗いているかのように。
(これは……誰のアプリだ?)
思わず息をのんだ瞬間、背後から声がした。
「やっと見たんだね、それ」
振り返ると、そこにいたのは――椿玲奈だった。
笑っていた。どこまでも穏やかに。
しかし、その声は真っすぐに北条を突き刺す。
「北条くん。あなた、記録されてるんだよ。“最初から”」
「……何の話だ?」
「《24H REPLAY》の“原初ログ”はね、ただ時間を戻すためだけのものじゃない。
観測者がいて、記録者がいて――そして、保持者が生まれる」
「……お前、誰なんだよ」
椿は言った。
「私は、“観測者に選ばれた失敗作”」
その瞬間、北条の視界が歪んだ。
教室が暗転する。
スマホの画面が赤く染まり、数字が崩れる。
世界の記録が、“外部”へ向けて開いていく――
椿の最後の言葉が、耳の奥にこだまする。
「君の“裏側”、全部視られてるんだよ。誰かの実験みたいにね」
そして世界が、リプレイされた。