第三話
リプレイ後の世界は、冷たいほど静かだった。
見慣れた教室。見慣れた朝。
だが、全てが“仕切り直された舞台”のように見える。
(この24時間は、僕のものだ)
北条圭介は、冷静に動き始める。
雨宮澪への攻撃は“成功”に近かったが、心を完全に折るにはもう一押し必要だった。
クラスの空気を、少しずつ、ゆっくりと変えていく。
澪の存在感を薄め、孤立を際立たせ、正義の仮面のまま刃を振るう。
そんな中、彼女は現れた。
椿玲奈――
転校生。
物静かで、目立たない。
けれど、教室の片隅から全てを見ているような、澄んだ目をしていた。
蓮が彼女と会話しているのを、何度か見たことがある。
だが自分には、一言も話しかけてこなかった。
(興味がない、というより――見透かしてる目だった)
彼女の視線には“怯え”も“好奇心”もなかった。
ただそこに、“静かな拒絶”だけがあった。
(気に入らないな)
“完璧な演出”の中で、異物のように立ちすくむ存在。
椿玲奈の沈黙は、北条の中にじわじわと不快なざわめきを広げた。
放課後、廊下の陰で彼女に話しかける。
「……椿さん、だっけ?」
椿は立ち止まり、ゆっくりと振り向く。
目を伏せながらも、そのまっすぐな瞳は、まるで嘘が許されない空気を帯びていた。
「あなた、雨宮さんのこと……傷つけてる」
まっすぐな言葉だった。
北条の微笑みが、ゆっくりと引きつっていく。
「……証拠でもあるの?」
「ないよ。でも……わかるの。空気が変わるの。
あなたの言葉のあと、みんなの視線が、冷たくなるの」
(……こいつ、鋭すぎる)
理屈じゃない。
椿玲奈は“空気”を読むのではない。
“心”を見ていた。
その目は、自分が最も嫌悪しているものだった。
――“本当の感情”を見抜こうとする目。
だから彼は、静かに思った。
(消すしかない)
《24H REPLAY》の力は、澪のためだけではない。
邪魔なピースは、別の場所に移してしまえばいい。
ちょっとした誘導、些細な罠、匿名の悪意――
椿玲奈は、静かに、確実に追い詰められていく。
だが、その全てを、椿は受け入れるように黙っていた。
まるで、最初から結末を知っているかのように。
そして――その夜。
椿玲奈は、自ら命を絶った。
(……成功、のはずだった)
誰にも知られず、誰にも気づかれず。
彼の手は、またひとつ世界を“操作”したはずだった。
だが。
翌朝、教室に椿玲奈がいた。
昨日と同じ笑顔で。
昨日と同じ制服で。
(……あれ?)
あの日から、北条圭介の“記憶”は、狂い始める。