敵国の人間をたくさん殺した英雄は天国へ行けるのか?
艦長席で、一人の老人が息を引き取ろうとしていた。
「死神がもう迎えに来ている。帝国の勝利が確定した今、思い残すことはない。いままで、ありがとう、副司令」
敬礼したまま、老人の死を見送る副司令と呼ばれた女性。
艦長室のモニターには、帝国と同盟の戦況図が映し出され、全ての同盟軍が降伏したことを示し、宇宙戦争の終結を物語っていた。
「あなたのおかげで、帝国の大勢の命が救われました。あなたは偉大な英雄です」
「確かに、私は数々の戦場で帝国を勝利させ、帝国の国民の命を救った。だが、それは同時に敵国の人間を大勢殺したことだ。私は地獄に行くだろう」
「いいえ、あなたは天国に行きます」
「ありがとう。だが、私は人殺しだ。神は私を許さないだろう」
「私の信じる神は罪を犯した者にこそ、救いがあるのです」
「それは君の信じる神だ。宗教が違う。私の信じている神は人殺しを絶対に許さない」
「それでも、あなたは天国に行きます」
その言葉を最後に聞き、老人は死んだ。
その老人は、最後の皇帝としてそれなりに豪華な葬儀が行われた。
その中で、老人にだけ副司令と呼ばれていた女性は、軍服を着て出席していた。周囲もその女性の役目を知っているので、咎める者はいなかった。
「あの人は、天国に行けたのでしょうか?」
女性の本来の上司は、その問いかけに肩をすくめる。
「私は無神論者だ。人が死んだら、何も残らない。天国も地獄もない。だが、他人の信じている神を否定もしない。宗教は建前の世界だが、その建前が人を救う。その人が神を信じていれば神はいるし、天国もある。君は神を信じているのだろう?君にとって、あの老人は天国に行けるのか?」
「わかりません。あの人の認識と、私の認識は違う。私にとって、あの人は、生まれてからすぐにあの廃棄された宇宙戦艦の艦長室に閉じ込められて、ゲームを現実のものとしてやらされた人です。宇宙戦争なんて現実にはおこってません。あの人は誰も殺していません」
帝国に革命が起こり無くなったのは、老人が二歳の時。新政府は幼い皇帝を手をかけた汚名を避けるため、部屋の一室に閉じ込め寿命で亡くなるのを待った。余計な反乱を起こさせないために、偽りの世界とやりがいを与えた。それが、同盟との大戦争だった。実際には、戦争などしていないし、その司令戦艦は地上で動いてもいない。モニターとスピーカー、そして副司令を演じる女性によってもたらされる同盟との戦争が、老人の全世界だった。
「では、あの老人は天国に行けるわけか」
「わかりません。現実は誰も殺していません。でも、あの人の信じる世界で、あの人は明確な殺意をもって選択をした。この場合、神はどう判断するのでしょうか?あの人の神は、どう判断するのでしょうか?」
女性は、もう一度、答えが返ってこない質問をする。
「あの人は、天国に行けたのでしょうか?」
おわり