第二話「魔界からの旅立ち」
──紫の魔法陣がまばゆい光を放ち、ぴーまの身体をゆっくりと包みこんでいく。
「……わたし、いま、ほんとに行くんだ……人間界に……」
その瞬間、意識がふわりと浮かび上がったような感覚がした。
視界が揺れて、時間も空間もなくなったみたいな不思議な静寂。
その中で、ぴーまは自然と記憶の中を漂い始めた。
──初めて魔界訓練場でスライムと戦ったあの日。
ドジってばかりの自分にギーゴが「根性だけはあるッスよ!」って言ってくれたこと。
魔王コルソンに初めて名前を呼ばれた時、胸の奥がきゅうってなったあの感覚。
「……うぅ、今思い出しても恥ずかしいことばっかり……」
でも、そのすべてが、今の“わたし”を作ってるんだと思えた。
──ふと、冷たい声が記憶の中で響く。
「……当然、現地対応の“擬態処理”は施してあります。いきなり悪魔の衣装では、目立ちすぎますから」
それはカーニャの声だった。
会議のとき、淡々と、でも鋭く提案していた場面がよみがえる。
(そっか……だから制服姿……わたし、ちゃんと“人間”っぽくなってる……)
転送ゲートには、自動で服装や外見を変える“自動擬態機能”が付けられていた。
ぴーまのような未熟な見習い悪魔でも、現地に溶け込みやすくなるように……それが、魔王直属の準備だった。
「……ありがと、カーニャさん……」
そうつぶやいた瞬間——
バシュッ!!
世界が爆音とともに弾けた。
意識が一気に引き戻され、空から落ちるような感覚に。
「う、うわわわっ!? と、止まんない〜〜〜っ!!」
空を切り裂くようにして、ぴーまの身体が人間界へ突っ込んでいく。
制服姿のまま、魔界からの転送は——ついに完了した。
ズドン!
夕焼け色に染まる神代学園の植え込みに、盛大な土煙を巻き上げながら激突するぴーま。
「い、痛たたたたた……し、失敗じゃないよね!? 成功……だよね!? たぶん! きっとっ!」
土埃にまみれ、涙目で立ち上がるその姿は、まさしく“天然悪魔”ぴーまそのものだった。
ぴーまの冒険が、いま──
異世界で、静かに幕を開ける――。