第一話「魔界の見習い悪魔」
昼下がりの魔物訓練場。
ぷるんと跳ねるスライムたちの鳴き声が響く中、ぴーまは今日も奮闘していた。
「よ〜しっ! 今日こそスライムに勝つんだからぁ〜っ!」
――昨日もおとといも負けたけど……今度こそっ!
勢いよく繰り出したパンチは、またもや空を切った。
スライムはお見事とでも言いたげに、ぷるんと軽やかに跳ねる。
ドシュッ!
「わぷっ!?」
ぴーまは吹っ飛び、地面にぺたんと座り込む。
「うぐぅ〜〜っ! また負けたぁ……!」
――なんでよぉ! あたしの拳、ちゃんと狙ってるはずなのに〜っ!
そのときだった。風が止み、空気がピタリと張り詰める。
「……見習い悪魔、ぴーま。」
「わわっ!? バロックさん!? どうしたんですか!? わたしの訓練、見に来たんですか!? もしかしてスカウト!?」
――え、え、もしかしてこれって……ついに才能がバレた!?
「違う。魔王様からの命令だ。至急、謁見の間へ来い。」
「ちょ、ちょくめい!? えへへ……やったぁ……え? えっ!? な、なんか悪いことしましたっけ!? ひぃぃ〜〜っ!」
――も、もしかして昨日のプリン爆破事件!? ち、違うの! あれはほんと、偶然!
「……詳細は現地で。来い。」
バロックは冷静なまま背を向け、ぴーまの返事を待たずに歩き出す。
「わわわわかったから置いてかないで〜〜っ!!」
慌てて駆け出すぴーま。訓練場を後にしながら、息を切らしつつバロックに追いつく。
「えっ、えっと……バロックさん……魔王様って、ど、どんな御用件なんでしょうか……?」
ぴーまは後ろからおそるおそる声をかけた。
「俺が知る限り、正式な命令だ。詳細は知らん。」
「で、ですよねぇ〜〜……」
――たぶん怒られる……いや、もっとヤバい任務かも……! え、左遷とか? 無期限反省室とか!?(あれだけはいやぁ〜っ!)
「落ち着け。顔がもう泣いてる。」
「だって〜〜〜〜っ!」
城の廊下を抜ける間中、ぴーまはうだうだと考えを巡らせていたが、バロックの表情は変わらない。
その真剣な横顔をちらりと見て、ぴーまもふいに背筋を伸ばした。
――あれ? いつもはもっと厳しい顔だけど、今日のバロックさん……なんかちょっと、真面目な感じ……。
そんなことを思っているうちに、ふたりは魔王城・謁見の間へとたどり着いた。
荘厳な玉座が静かに鎮座するその場所。
ぴーまは足を止めて、息をのんだ。
「はぁ……はぁ……ここが、魔王様の玉座の間……。ひぇ〜、緊張する〜っ!」
――なんか……空気が重いよ!? 心臓がバクバクしてるんだけどっ!
「余計なことを考えるな。使命は使命だ。」
バロックの冷静な一言が、さらにプレッシャーを押し上げる。
そのとき、重厚な扉がゆっくりと開いた。
ギィィ……ッ
そこから現れたのは、闇の中にただならぬ威圧をまとい立つ魔王――コルソン。
「ぴーま、よく来たな。」
「は、はいっ! 魔王様!」
――はわわ……本物の魔王様だぁぁぁ……! どうしよう、声うわずってなかった!? 今の「はいっ」大丈夫だった!?
「先輩悪魔の失踪は、『歪み』の影響で起きている。魔界の均衡が危機に瀕しているのだ。」
「はい……それで、私が生贄の人間を連れてくる役目を?」
――え、これって……ほんとに重大な話じゃない!?
「その通りだ。だが、この任務は危険極まりない。お前が本当に務まるか疑問ではあるが、魔王の命令は絶対だ。」
コルソンの言葉に、ぴーまは思わず体をビクッとさせた。
――うぐぐ……ちょっとキツめだけど……これはもう……やるしかないっ!
「わ、わかりました! わたし、必ず成功させます!」
「ぴーま、甘く見るな。魔界と人間界、両方の危険が待っている。だが、期待はしている。」
バロックの言葉にぴーまは一瞬目を見開き――それから、小さく頷いた。
「準備を整えよ。時間は限られている。」
「……はいっ!」
重苦しい空気の中にあって、ぴーまの返事はどこか頼りなくもまっすぐだった。
玉座の間を後にしながら、彼女は小さくつぶやく。
――これは……わたしの、本当の試練の始まりなんだ……!
次なる舞台は、人間界。
見習い悪魔ぴーまの、はじめての任務がいま動き出す――。