冬のおわり
こっちでは初投稿。普段の本拠地はpixiv、二次創作ばっかり書いてます。
一之瀬幸と相模悠斗は、似合いの2人である、と周囲から言われている。家同士が近く、長く家族ぐるみの付き合いのある幼馴染同士だった。
相模悠斗は高校3年生、そこそこの進学校でも特進クラスに所属しており成績優秀、バスケットボール部の部長を務めており部員から慕われ教師からの覚えも良く。整った顔立ちに少し不器用ながらも優しい人柄、と傍目には非の打ち所がない人物で。
対して一之瀬幸は悠斗と同じクラスに所属している女子生徒で、特に部活動で活躍している、ということもなく。放課後はアルバイトや勉強に費やす毎日で、悠斗が息抜きだ何だと理由をつけて連れ出すのが常で。そんな悠斗のことが、幸は。
心の底から大嫌いだった。
悠斗は昔から、ずっと幸に対して当たりが強かった。例えば親から可愛らしいワンピースを買ってもらった時も「似合わない」「可愛くない」ばかりで、髪を切ったり括ったりしてもニコリともせずに貶すばかりで。自分や相手の親に訴えても、あらあらまあまあと話にならない。挙句「照れてるだけ」と言われるだけで、その照れ隠しとやらで傷つく幸の心など誰も心配してくれない。
息抜きにと連れ出される先も、幸にとっては興味のない場所ばかりで。人前で歌うのは好きではないし、ゲームやスポーツもあまり興味はない。それなのにそういう場所にばかり連れて行かれて、挙句少しでもつまらなそうな顔をしたら途端に不機嫌になる。幸の希望には平気で嫌な顔をする癖に、だ。悠斗には楽しいだろうそれは、幸にとってあまりにも辛い時間だった。
友人たちも皆、悠斗の味方だった。悠斗と幸が一緒にいるだけでラブラブだ何だと囃し立て、やめてほしいと幸が言っても聞こうともしない。少し強く言えば「ツンデレ」「冗談が通じない」と言い出し結局誰も幸がどう思っているのか少しも慮ってくれない。終いには「悠斗から離れろ」と嫌がらせが始まる始末。幸の話を聞いてくれる人なんて学校には殆ど居なかった。
極め付けは、進学の話だった。幸の知らないうちに、「大学に進学したら悠斗と同棲する」という話になっていた。冗談じゃない、と抗議してはみたものの「でも一人暮らしなんて心配」「悠斗くんが守ってくれるんだからお前も安心だろう」などと見当違いなことを言い出す始末。今までずっと悠斗に苦しめられてきたのに、同棲なんかしたら確実に心が壊れて死んでしまう。半ば絶望しきったような心持ちで、幸は行く宛もないまま家を飛び出した。
歩いて、歩いて。夕暮れに沈みゆく街を彷徨い歩く幸の脳裏ではしかし、先程の話と悠斗からの仕打ちがぐるぐる渦巻いていて。結局両親は私の話なんかまともに聞いていなかった、そう理解した幸の目から涙が溢れた。コンビニの駐車場でしゃがみ込んで涙を流す幸に、不意に声が掛けられた。
「なあお嬢さん、大丈夫かい。こんなとこで泣いてちゃあ危ないぜ?」
膝をついて顔色を疑うのは、黒くまっすぐな髪を背中の半ばまで伸ばした、幸より少し歳上の男だった。
「…すみません、大丈夫…じゃあ、ないみたいです…」
「まあ、そりゃそうね…。お嬢さん歩けるかい?幾ら何でも道端じゃあアレだし、お嬢さんさえ良いんならちょいと話でも聞かせちゃくれないか」
この辺に行きつけの店があるのさ、という彼の言葉に、幸は黙ってついていった。どうにも彼が悪人のように感じられなかった、というのもあるが、ある種自暴自棄にも近い状態だったので。
******
冬凪、と名乗った男が幸を連れてきたのは、古風な雰囲気の小さな喫茶店。店と同じく古風で落ち着いた、しかし可愛らしい制服のウェイトレスが1人、くるくると動き回って店の中を掃除していた。
「んでお嬢さん、何でまたあんなトコで泣いてたのよ」
「えっと…その、実は。幼馴染のことで」
たまに言葉に詰まりながら、幸はゆっくりと事情を説明した。幼馴染が自分に嫌なことばかりすること、両親もそれ以外も皆気づいてくれないこと、知らないうちに同棲することになっていたこと。
「逃げたいのに、どうすればいいかわからなくて、もう限界で…」
「そか。いままで頑張ったのな、お嬢さん」
口を挟むことなく静かに聞いていた冬凪の一言で、また涙が出た。そうやって親身に聞いてくれる人が、自分の周囲にどれだけ居ただろうか。
「好きなだけ泣きな、その方が少しはマシな気分になるだろうさ。どうすんのか考えんのはその後でいい、追い詰められたまんまじゃあロクな事を思いつかねえ」
「はい…はい…!」
泣き続ける幸を、冬凪はただ静かに見ていた。お陰で紅茶はすっかり冷めてしまったが、泣き止んだ幸は少しだけすっきりした顔になっていた。
「ごめんなさい、泣いてばっかりで」
「謝んなくていい、そんだけ辛かったんだろ?本当に、今までよく頑張ったよ。ご褒美って訳じゃ無いがケーキ食べな、それともタルトのが良かったか?」
「ありがとうございます、いただきます」
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「所でお嬢さん、時間大丈夫かい?ひょっとしたら力になれるかもしれないが、あんまり遅くなっても親御さんが心配するんじゃないかと思ってさ」
「大丈夫です。今まで私の話なんて碌に聞いてくれなかったんだもの、ちょっとくらい心配してればいいんです」
「そうかい、なら着いてきな」
冬凪に連れられてきたのは、街中にあるとは思えないほど広く美しい庭園に建てられた、ガラス張りの温室だった。
「えっと…ここは?」
「ウチの奥さんの庭だよ。入り組んでるから、迷わないように気をつけな」
「はい、ありがとうございます」
南国の環境を再現しているらしい温室では見慣れない木や草が綺麗に手入れされ美しく咲き誇り、様々な種類の蝶が飛び交っていた。見通しのあまり良くないその中を迷わずに進む冬凪の背を見失わないよう、幸は注意深く追いかけた。そして辿り着いた、一際大きな蝶の群れの中心部。緩く波打った艶のある黒髪、鮮やかな青い瞳の少女がそこに居た。側にはガラス製のティーセットが置いてある。
「ルリ、今大丈夫か?」
「あら、お客様?ナギが案内役なんて、珍しいこともあるものね」
「何か訳アリっぽかったんで連れてきた。どうも、よっぽど追い詰められてたみたいでさ」
「そう…。とりあえず、お掛けになって?立ったままでは疲れてしまうわ」
そう言いながら彼女が軽く手を振ると、淡く光る蝶が一斉に飛び立ち周囲の木々を明るく彩った。例えるならば、月の無い夜を照らす幾万もの綺羅星が如く。
「綺麗…!凄いです!」
「喜んでいただけたのなら嬉しいわ。ねえ、あなたのお話を聞かせてくれる?何か、自分だけではどうしようもない事にお困りなのでしょう?」
瑠璃羽という名らしい不思議な少女の、何処か夢見るようなおっとりとした口調に後押しされるように、幸は幼馴染と家族について話し出した。喫茶店で散々泣いたからか、もう涙は出なかった。話し終わった頃には月が昇り始めていたけれども、蝶たちのおかげで少しも不自由しなかった。
「…そう、大変だったのね。誰か、あなたの味方になってくれる人はいなかったの?」
「何人かは。だけど、私の話を聞いてくれる人なんか、ほとんど居なくて。みんな悠斗の味方ばかりするんです」
「今まで頑張ったのね、偉いわ。…あなたはその幼馴染の子にどうしたい?少し離れられればそれでいいの?それとも」
「できる事なら、もう会いたくないです。ずっと嫌なことばかりされてきたんです、これ以上私の人生に関わってほしくないの」
「そう。だったらね、あなた次第だけれど、あなたの望みをかなえるお手伝いができるのよ。もっとも、少しだけお礼をいただく事になるのだけれど」
「お礼、ですか?」
「ええ。あなたの『思い出』を少しだけ。といっても、忘れてしまうわけではないのよ?ただの『過去』になるの、もし思い出しても『そんな事もあったね』って思うだけ」
その後も色々と話し合った結果、幸は瑠璃羽の力を借りる事にした。助力や対価の内容に納得したのもそうだが、「毒を食らわば皿まで」というある種開き直りの境地に達していたのも大きかった。要するに、己の自由と未来を掴む為腹を括ったのである。
終わった頃にはすっかり遅くなっていたし、携帯電話には親やら幼馴染やらから心配のメッセージが大量に届いていたが、あまり心は痛まなかった。今まで散々傷つけられ続けたのは自分なのだし、そろそろちょっとくらい痛い目を見てもらってもいいはずだ。
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数日後、一之瀬家のリビングは修羅場と化していた。幸と悠斗、それぞれの両親も集まる中で幸ははっきりと悠斗を拒絶したのだ。
「私は進学しても相模さんと暮らすつもりは有りません。勝手に話を進めないでいただけますか」
「なっ…何言ってんだよ幸!ひとり暮らしは危ねえから守ってやるって」
「いつそんな事頼みましたか?それ以前に私、相模さんに守ってもらった事なんて無いんですけど」
静かに、しかし有無を言わせぬ口調で反論する幸に悠斗は混乱していた。だって彼女は引っ込み思案で、いつもすみっこで本ばかり読んでいる可愛い女の子であるから。自分が守らねば、と思っていた。それなのに何故。
「私は自分に似合う服を着たいだけなのに、どんな格好をしても罵倒しかされなかった。私はカフェで本を読んだりミステリ映画を観たかったのに、私の興味のないアクション映画やカラオケに連れまわされるばっかりだった。私、何回も『嫌だ』って言ってたはずなんですけどね」
違う、と悠斗は言いたかった。ただでさえ幸は可愛いのだから、可愛い服なんて着たら他の男どもが群がってくるに違いない。だから地味で目立たない格好でいて欲しかった。一番可愛いところは自分だけに見せて欲しかった。外出だってそうだ、自分の楽しい時間を彼女と共有したかった、自分にとって楽しいことを一緒にしたかっただけなのに。
「待ちなさい幸、悠斗くんは本当にお前のことを思って…」
「思っていたなら、何をしても良いんですか?私に罵倒されて喜ぶ趣味はありません。…今までずっと思っていたけれど。父さんも母さんも、私じゃなくて相模さんの味方なんですね」
反吐が出る、と吐き捨てる娘を、幸の両親は信じられないように見つめていた。そんな、自分たちは娘を愛しているのに。愛しているからこそ、信頼できる相手に託そうと決めた。それだけだったのに。
「違うんだ幸ちゃん、悠斗は君のことを…」
「そうよ幸ちゃん、話を聞いてちょうだい!」
「私の話は全く聞いてくれなかったのに、自分の話は聞けと?第一、照れ隠しなんて言い訳聞き飽きました。何年同じことやってるんですか。いい加減学習してくれませんか?」
項垂れる悠斗の両親。一応、彼等も悠斗には「素直にならないと嫌われるかも」程度には言っていた。あんまりストレートに言っても可哀想だったので、やんわりと。まさかもうとっくに嫌われている、なんて思っていなかった。
「その上、相模さんに私が付き纏っている、なんて噂が立ったせいで嫌がらせまで始まって。何一つ守ってくれなかったくせに、今更何を信じろと?もう限界です。私は相模さんと暮らす気も、この家にいる気もない。それだけです」
「待てよ、じゃあお前アレか、一人暮らしするってか!危ねえだろ女1人じゃ!だから俺が一緒に住んでやるって」
「誰も頼んでません」
悠斗がそれでも足掻こうとした時、玄関のチャイムが鳴った。
「ああ、来たみたいですね。遅れるなんて仕方のないひと」
数年ぶりに心からの笑みを浮かべた幸は、周囲の困惑を他所に玄関へと向かった。言うまでもなく、来客を出迎える為である。
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幸に案内された客人は2人。30代半ば程の黒髪の男性と、それより10歳ほど若く見える金髪の男性。どちらも身長は幸より20cm以上高い。
「遅れて申し訳ない、朔大・カレンベルクだ」
「秘書のギルバート・フォルマーです」
「カレンベルクさんは父の再従兄弟に当たる方で、フォルマーさんはその私設秘書を勤めていらっしゃいます。父さん、一応聞いておくんですけど、まさか親戚の家に下宿するのも反対したり、しませんよね?ひとり暮らし、危ないですもんね?」
確認の体裁をとりつつも、強引に押し通す構えである。何を隠そうこの朔大という男、幸の初恋の相手であった。
まだ幸がほんの小さな少女であった頃。悠斗は今ほどではないにせよやっぱり意地悪で、しかし親戚の集まりでは歳上連中は幸より両親の話ばかりを聞いて、悠斗のことを「素直じゃない」とか「好きだから意地悪するんだな」などというばかりでやっぱり幸の気持ちなんて少しも心配してくれなくて。
しかしそんな中で、朔大だけは幸の目を真っ直ぐに見て話を聞いてくれた。朔大は彼の母がドイツに嫁いで産まれた子供で、異国の血故か親戚連中でも遠巻きにされていて。つまり2人は年齢や性別を超え、逸れものとはみ出しものである種のシンパシーを抱いていた。それが幼い幸の中で恋心へと変化するのは、ある意味必然だったのかもしれない。
集まりは年に1度だったけれど、その度に2人は自然と共に過ごすようになり。そのうち、メールやチャットなどでやり取りをするようになった。月日が経てば幼い日の初恋なんて自然消滅するのが普通だろうが、いかんせん幸には目移りする相手などいなかった。その為にずっと秘めた想いを大切に抱きしめたままここまで来た。
それが、想いは叶わぬまでも今までよりもっと近くにいられる機会が巡ってきた。それをみすみす逃すような幸では無かった。
朔大からしても、幸は誰より大切な、護るべき相手であり。物理的な距離故に話を聞くことしかできない自分の立場を誰より悔しく思っていた。何せ国外にいる方が長いので、連絡を取るだけで精一杯だった。しかし今回、色々事情が重なった結果幸が大学に通うくらいの期間は日本にいられることになり。他ならぬ彼女の願いならば、と二つ返事で保護者役を引き受けた。
しかしその辺りの事情は当人達しか知らない。幸の両親ですら「この2人仲良いんだなあ」と思っていた程度で、まさか下宿云々まで話が進んでいるとは全く予想していなかった。最も、幸にとっては悠斗を止めなかった時点で両親も敵だったので仕方ないのだが。
「それは、そうなんだが…」
「…いやちょっと待てよ!オッサンじゃねえか!幸、お前騙されてるだろ!絶対なんかされるって」
「そうですよあなた!幸も勝手なことをして!この度は娘がご迷惑を…」
「確かに歳上ですが、だから何ですか?私に下心があるのはそちらでしょう。同じ独身男性なら私は、信用のおけないあなたより彼を選びます」
「迷惑など万に一つも有るものか。勝手と言うのならば、そもそも彼女の意思を確認せずことを進めた事の方が余程勝手だと思うのだが」
幸が何も言わずに話を進めたのも元を辿ればそれが原因だと言うのにな。ああいう自分のことを棚に上げて私ばかり責める身勝手さが一等許せないの。そう言葉を交わしながら、自分の隣に陣取る幸の頭を撫でてやる朔大。これも2人にとってはいつものことである。
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朔大に甘える幸と、それを見て唖然とする一同。膠着した話し合いを動かしたのはここまで傍観者だったギルバートである。彼はこの状況でも上機嫌だった。なんと言っても、彼の主人が心底気にかけている相手とようやく直接会うことができたので。表情にこそ出していないのだが、朔大にはなんとなく伝わっている様子。
「ミユキ嬢。終わらせるのならば、今のうちに止めを刺しておくことをお勧めします」
「止め、ですか?」
「直接的に言われなければ理解できない、しようとしない人種は何処にでも居るものです」
ギルバートがさりげなく悠斗に視線を向ける。成程、後悔や自己嫌悪に嫉妬に羨望、様々な感情が混ざり合って非常に味わい深い表情をしている。
「辛辣だな」
「性分なもので」
「でも、そうですね。あれだけ言っても何処まで響いているか疑問ですし」
今までの分を考えるとやり過ぎくらいが丁度良いのかも、と幸が悠斗に向き直る。彼女は自然と、朔大に対するそれとは何処か違うとても可愛らしい笑顔を浮かべていた。
「多分この先顔を合わせる機会なんて殆どないでしょうから、正直に言いますね」
「な、にを」
「相模さん、私ね。昔から今までずーっと、あなたのことが大嫌い。だから、別の大学になるのがとっても楽しみなの。金輪際私の前に現れないでくださいね?」
悠斗はもう笑う他なかった。これから先きっと、彼女の笑顔を思い出すたびに今日のことを思い出すのだ。しかし自分の言動が招いたことなので文句の一つも言えやしない。何が悪かったのか、なんて縋ろうにも既に全部言われているのでそれすら不可能。泣いて喚くのはプライドが邪魔をする。挙句、肝心の彼女は明らかに自分より格上の男達に護られて手の届かないところにいる。最早手詰まりと言う他無い。
「ところで、なんですけど。明日から卒業式まで自由登校なんですよね。何日か出なきゃいけない日はあるんですけど」
「わかっているとも、荷物をまとめてきなさい。流石に当日乗り付けるのは難しいが、前日には送るようにしよう」
「自分では悪目立ちするでしょうから、送り迎えは別の者になると思います。よくよく話しておきますのでご心配無く」
「ええ、これから宜しくお願いします」
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時は流れて、卒業式。とある高校の特進クラスは、他の教室とは少し違う空気が流れていた。クラスどころか学年内でも所謂ツンデレカップルとして有名だった天才2人の距離感が明らかにおかしい。そしてその片割れであるはずの幸は、連絡こそ取れるものの登校日以外で誰も直接会うことのできない状況が続いていた。原因を知っているであろう悠斗は腑抜けて話にならない。
それでも何とか話を聞き出したクラスメイトによると、悠斗が幸に振られたという。ツンデレだと思ってたら心底嫌われてた、とは悠斗の弁である。あまりにも居た堪れないその話は即座にクラスの全員が知るところとなり。卒業式が終わって教室に戻った途端、幸の周囲には結構な人数の女子が群がる事態となった。口火を切ったのは、悠斗と幸を引き離そうと嫌がらせを行っていたはずの女子だった。
「一之瀬さん、あなたなに考えてるの?」
「何って、あなたの希望を叶えて差し上げたのに」
「そうじゃないわよ、嫌いならそう言えばよかったのに、なんで悠斗の側にいたのよ!」
「私が何度嫌だと言っても聞き入れずに付き纏ってきたのは向こうです。ようやく縁が切れそうで清々しているの、欲しいならどうぞご勝手に。最も、人の話を聞かないのは皆様も同様でしたが」
じとり、と冷たい視線を向ける幸に、最初に噛み付いてきた女子を含め周囲の人間が気不味そうな顔をする。
「私がどんな服を着ても『似合わない』『不細工』以外言わないし出かけるとなっても自分の行きたい所にしか行かないし自分は可愛い女の子に平気で笑いかけるくせに私が他の男に笑顔を見せただけで露骨に臍を曲げるような人が欲しいなんて、随分と奇特なご趣味をお持ちのようで」
私は金貰っても御免ですが、と悠斗の仕打ちを列挙する幸。この時悠斗が幸の発言を否定しなかった結果、彼の株が結構な大暴落を起こした。ストップ安待った無しである。
「挙句の果てにはツンデレですかそうですか。都合のいいことしか聞こえないおめでたい耳をお持ちなんですね。ついでに言うと、相模さんのこと、他の方に相談したこともあるんですよね。その人達も揃いも揃ってツンデレだの素直じゃないだの、みんな私のことなんてどうでもいいんだなあ、と」
羨むくらいならいっそ代わってほしかったのだけど、とまで吐き捨てる幸。情け容赦のない彼女に周囲は何も言えなかった。自分に矛先が向くのが怖かったし、皆何かしらの心当たりがあったので。肝心の悠斗はと言うと、幸の言葉に撃沈して言葉も出ない様子。
幸による暴露は、担任が保護者を教室へ案内してくるまで続いた。その後、殆どの生徒は両親や友人と写真を撮ったりしていたが、どこか空々しい雰囲気で。幸はクラス全体の集合写真だけ撮ると、振り返ることなく教室を出て行った。誰かが引き留める暇すら無かった。
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「ようお嬢さん、調子はどうだい」
「あら、お久しぶりですね」
校門の近くに植えられた桜並木、半分も花の咲かないその枝に座って幸を見下ろす男。いつだったかの冬凪という男であった。
「そろそろ『残りの分』でも取り立てようかと思ってな。様子見がてらお嬢さんの都合を聞きにきたのさ」
「大丈夫ですよ。スッキリした…とは言えないけれど、もう会わない人でしょうし」
彼らが彼女に約束した「助力」、その内容は「彼女の幼馴染への恐怖心と幼馴染の彼女への執着を過去のものにする」ことと、「彼女が望まない限り幼馴染との縁が結ばれないよう断ち切る」こと。その対価は「家族旅行の思い出」、彼女にとって貴重な、幼馴染から解放された記憶であった。
ただし、現在はまだ彼女の恐怖心のみ対処した状態である。初対面の時に「これだけは今対処しないと何も変わらない」と判断された為である。他は色々相談の上、卒業式の後に纏めて対処するのが良いのではないか、という事になったのだ。
「怒るのってこんなに疲れるんですね、知りませんでした」
「お嬢さんだいぶ我慢してたもんなあ。何年ぶんも一気にぶちまけたらそうなるさ、お疲れさん」
恐怖が全く無くなったわけではない。ただ、強引に乗り越えただけだ。そしてその先にあったのは怒りだった。彼女はようやく、自分への理不尽に怒りを表すことができた。
「とは言え、許せるかって言うと別の話なんですけどね」
「いいと思うぜ?許しは権利だ、行使するもしないもお嬢さんの心のままにすりゃあ良い。どうせ詫びのひとつも無いんだろ?」
「ええ。謝罪されていないのに許すも許さないも無い訳ですし」
「ま、その辺はあっちが気付くかどうかってとこだな。幸せになれそうかい」
「勿論。もしあの人が私を選んでくれなかったとしても、きっと後悔だけはしないと思うんです」
「そいつは重畳、良い事じゃあないの。じゃあなお嬢さん、元気でやりな」
「そちらも」
満足気に笑った冬凪は、歩いていく幸とすれ違うように、座っていた枝から飛び降りた。地に足がつくより前にその姿は隼へと変わり、そのまま空へと飛び去って行った。桜の花弁が一枚、風に舞った。
その後彼女が幼馴染を許せる日が来たのかは神のみぞ知る。時間薬は万能薬では無い、という事だけは確かである。
補足
⚪︎要約すると「ツンデレが普通に振られる話」、好きな子いじめで痛い目を見る男が書きたかった。本命が歳上なのは作者の趣味。
⚪︎恋愛要素はあるけど主題はキレたミユキチャン大暴れなのでヒューマンドラマ。続編があったら朔大と幸が入籍するまでの話かもしれねえ。でもどっちかってーと同じ世界観で別の話書く方が確率高そう、どっちにしてもあんまり期待しないで待っててくれな。