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序章
こんなにもたくさんのことがあったのだなと彼女は感心していた。
華やかな娘時代に再び胸躍る思いをしてあとは死が近しかった子供時代、とうに死んだ母親や、気難しいが結局娘にあまかった父親の姿に老婆は涙の出る思いだった。否、時代を遡行するにつけ老婆の自分のイメージは若返っていく。
やがて幼児となり、彼女の自我は形成される前へと戻っていく。もう意識の焦点はあわない。
脳髄の奥底に小さく封印されていた、最初に感じた光の中の記憶に達するころには彼女はもう何も思わず、そして心臓が静かに動きを止めた。
天使は静かに姿を消し、昔は豪華であったのだろうが長年の使用にくたびれた法衣の僧侶が静かに老婆の目を閉ざした。
先ほどまで小さくうなり、かすかにひかってさえいた法具は元のくすんだ姿に戻っている。
「ご臨終です。安らかにゆかれましたな」
天使の姿を初めて見た子供たちは目を丸くしたままだったが、こうやっての人の臨終を何度も見ている年長者たちは静かに泣き始めた。
これは辺境の、とても貧しい星の、そのまた片田舎でのできごとだった。