新たな危機
「……そんなの、嫌だ!」
僕は顔をあげて大声で叫んだ。
「僕は、王族じゃない!」
手枷がはめられた腕を必死に動かし、首を固定している木枠を殴る。
だけど、どれだけ暴れても枷は外れない。
「僕は、こんなことのために我慢してきたんじゃない!」
どれだけ声をあげても、人々の怒号でかき消される。誰も僕の声を聞かない。僕の声は届かない。
それでも僕は叫んだ。
「僕はいろんな人と、話して、笑って……普通に生きたかっただけなんだ!」
顔を振って目から溢れる涙を払う。
「僕は……僕は……」
憎らしいほどの青空に向かって吠える。
「死にたくない!」
それまで僕を照らしていた太陽が突然、光を失った。
「よく言った」
黒い影が僕を覆うと、首が軽くなり、体が浮いた。
「え?」
疾風にさらわれて処刑台から体が離れる。
逞しい腕に抱き上げられ、見覚えのある漆黒の髪が目の前で揺れる。その下にあるのは鋭い金色の瞳。端正な顔立ちに、鍛えられた体。
眉目秀麗な美丈夫で一度見たら忘れられない容姿。
「……騎士、団長?」
僕の問いに金色の瞳が柔らかくなる。
「ヴォルフだ」
大きな手が僕の頬に触れ、涙をぬぐった。
微かに香る甘い匂いと、服越しでも伝わる温もり。処刑される寸前だったのに、助かったと思える安心感が僕を包む。
不思議な心地よさに浸っていると、怒鳴り声がそれを壊した。
「どういうつもりだ!?」
僕の隣に立っていた男が歯ぎしりをしながら騎士団長を睨む。
今にも飛び掛かりそうな迫力だが、ヴォルフは平然と言葉を返した。
「クレムは王に利用されただけだ。そもそもクレムには手を出さない、という約束だったはずだが?」
「そんなことは関係ない! 王族はすべて処刑だ!」
「ならば、おまえも殺さないといけないな。バルトルト」
騎士団長の言葉を合図に控えていた騎士が駆け出して男の頭に水をかけた。
「な、なにをする!?」
驚き、慌てて頭を振る男。ボタボタを落ちる水は茶色く汚れ、茶髪だった髪が金色に輝く。そのまま、吊り上がった緑目がギロリと睨んだ。
その容姿に舞台の下に集まっていた人々がざわつく。男の髪と目の色に眉をひそめ、ヒソヒソと小声で話し始めた。
「金髪を隠していた?」
「緑の目だぞ」
「まさか、騙していたのか?」
途切れ途切れに聞こえる言葉の断片。
その様子にバルトルトと呼ばれた男がハッとしたように頭を押さえる。
だけど、僕は人々が訝しむ理由が分からない。そもそも、どうして髪の色を変えていたのか。
「何のために、髪を茶色に?」
僕の疑問にヴォルフが答える。
「王族の血をひく者は必ず金髪、緑目で生まれる。バルトルトはその証を隠していた」
その言葉に僕は自分の髪に触れた。
淡い色だけど金髪で、目は緑。母は薄い茶色の髪に、茶色の目だったから、髪と目の色は父親譲りだろうと思っていたけど、こんな秘密があったなんて。
ざわつく人々に聞こえるようにヴォルフが大きな声で話す。
「おまえも王の血をひいた庶子の子。それを隠して革命軍と称して民を先導した。その目的は何だ? 次の王になるためか?」
「そ、それは……」
図星なのか狼狽え始めた。
一方で舞台の下に集まっていた人々が大きく騒ぎだす。
「バルトルトが王族だって!?」
「オレたちを騙していたのか!?」
「卑怯な王族め!」
「処刑だ! バルトルトも殺せ!」
歓声と尊敬の眼差しを浴びていた男に怒号と侮蔑の視線が集まる。
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
人々の声が重なり合唱となるが、誰も舞台には上がってくる様子もなければ、動くこともない。ただ叫んでいるだけ。まるで、誰かが動きだすのを待っているようにも見える。
どうすればいいのか分からない僕はヴォルフに抱きかかえられたまま答えを探して視線を動かした。
すると、僕が住んでいた丘に動くモノがあり……
「なんだろう?」
そこに男が叫びながら転げるように突っ込んできた。
「た、大変だ! 隣国の、兵が! そこの丘に集まっている!」
人々が一斉に丘の方へ向く。その視線の先には、森を抜けた隣国の旗をかかげた兵士がこちらへ行進している光景があった。
声を荒げていた人々が唖然とした顔で黙る。
静寂に包まれた広場にヴォルフの冷めた声が落ちた。
「おまえたちが王を追い出して優越感に浸っている間に、この国に攻め入ろうと隣国が兵を進めてきたようだな」
その説明に悲鳴があがり、パニックになる。
その渦に巻き込まれたようにバルトルトも叫んだ。
「な、なぜ、今なんだ!? どうして!?」
驚愕した顔のまま後ずさるバルトルトの進路をヴォルフが塞ぐ。
「弱った国を侵略して自国の領土を広げる。当然のことだ。バルトルト、おまえは革命を起こした革命軍のリーダーとして対処しなければならない」
「そ、そんな……いや、こんなに早く兵が動くのか!? あれは偽物じゃないのか!? そうだ! 誰かのハッタリだ!」
ありえない希望を口にするバルトルトとヴォルフが感情のない声で斬った。
「誰のハッタリだろいうのだ? おまえたち革命軍とやらの動きは王に筒抜けだった。だから、王は何かあった時にはすぐに逃げられるように手筈を整え、隣国から援軍を呼べるようにしていた」
「そん、な……まさか……いや、おまえは騎士団長だろ!? 国を守る騎士だろ! 国を守るために戦え!」
バルトルトが騎士団長に縋りつく。
だが、ヴォルフは僕を抱き上げたまま、その体を蹴り払って歩き出した。
「我らが騎士は王を守るために存在する。だが、その王は逃亡し、国はおまえたち革命軍のものになった。ならば、自分たちの国は自分たちで守れ」
「む、無理だ! あんな数の兵を相手にどうやって……」
舞台の下にいた人たちも丘を埋め尽くす兵士に顔を青くする。前触れなく訪れた恐怖と絶望。大きすぎる力は小さな自分たちでは、どうすることもできない。
怒りにも似たやり場のない感情はバルトルトへ向けられる。
「バルトルト! どうするんだ!?」
「あんなの聞いてないぞ!」
「おまえ、王族なんだろ! どうにかしろ!」
「反乱なんかするから!」
「みんな殺されるわ!」
どうにかしろ、と舞台の下から泣きわめく人々。
処刑しようとしていた相手に助けを求める姿は見苦しくも滑稽で腹立たしくさえある。
(なんて自分勝手なんだろう。不満を言うだけで、自分では何もしない)
その光景に自分の姿が重なる。
「……僕も、そうだった。泣くだけで、自分から動かなかった」
その中でバルトルトは王の重税で苦しむ人たちを先導して、王を城から追い出した。
革命に参加した人は、現状を変えるために、生きるために参加したのだろう。
「僕と同じ……みんな、生きるためなんだ」
大声で感情を吐き出したからか、不思議なほど頭がスッキリしていた。今ならすべてを見通せそうなほど思考が澄んでいる。
城に来てから学んだ帝王学。それは交渉術や、近隣国などの国際情勢なども含まれていた。これまでの王の行動や、学んだことを振り返る。
「……もしかしたら」
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