処刑へ
石造りの頑丈な牢。ジメッとして、嫌な臭いがこもっている。
でも、ボクはどこかホッとしていた。
無理やり勉強させられることも、鞭で打たれることもない。ヒソヒソ声も、蔑みの視線もない。放置されることが、こんなにも安心するなんて思ってもいなかった。
「ほらよ、飯だ」
そう言って鉄格子の隙間から入れられた食事は固いパンと冷めたスープ。
「ありがとうございます」
食事を受け取った僕に見張りの兵があざ笑いながら言った。
「王族のお坊ちゃんは、そんな不味い飯なんて食ったことないだろ」
「そんなことありませんよ。森の小屋で暮らしていた頃はパンも食べられなかったので、毎日パンが食べられるだけでも、ありがたいです」
そう話す僕に見張りの兵の声色が変わる。
「森の小屋? おまえ、王族じゃないのか?」
「それは……」
そこに鋭い声が飛んできた。
「勝手に話をするな! 飯は終わりか!?」
固い足音とともに他の兵がやってきて怒鳴る。
「す、すみません。食べます」
慌てて謝った僕は急いで食事を口に入れた。
~
牢に入れられて数日。
意外と穏やかで落ち着いた日々が続き、このままでもいいかなぁと思うようになってきた頃。
「出ろ」
前触れなく牢から出され、目隠しをされた。
そのまま引っ張られて廊下を歩く。音しか聞こえないけど、いつもより人の気配が少ないように感じる。
妙に静かな城内を抜け、馬車に乗せられた。城に来た時より酷く揺れる車体に、固い座椅子。心なしかガラガラと車輪が回る音も五月蠅い。
しばらくして目的地に到着したのか馬車が停まった。ざわざわと騒がしい気配が漂う中、馬車から降ろされる。
「来い!」
嵌められた手枷を引っ張られて歩く。
目隠しをされたままなので、転げないようにズリズリと足で道を探りながら慎重に進む。
そこにヒソヒソ声が耳に入った。
「……あいつか」
「俺たちが苦労しているのに……」
「あんな綺麗な服を着やがって……」
「さっさと……」
憎悪や害意に染まった視線を感じる。なぜだろう、と考えていると頭に何かが当たった。
「痛っ!」
感触からして、たぶん小石だろう。それが、次から次へと飛んでくる。
「ちょっ、なんで?」
思わず足が止まる。
すると、手枷を乱暴に引っ張られた。
「止まるな、さっさと歩け! おまえらは石を投げるな!」
その声で石が飛んでこなくなり、代わりにねっとりとまとわりつくような怨嗟の呟きが僕を囲む。
(なんだろう……)
疑問に思いながらも今は言われるまま歩くしかない。
「階段だ、登れ」
「は、はい」
何度かこけそうになりながら足をあげて階段を登る。ギシギシと軋む嫌な音と感触から木の階段のようだと想像できる。
「ここに立て」
言われた場所で立ち止まると、ようやく目隠しを外された。
「眩しっ」
暗闇からいきなり太陽の光が目をさす。
久しぶりに見た空は清々しいほどの晴天だった。雲一つなく、穏やかな風が頬を撫でる。
「ここは……」
街の広場に作られた木造の舞台の上。高さがあり、少し離れた場所からも見えるほど見晴らしがいい。
そんな舞台の下には、憤怒や恐怖、悲壮感に染まった顔の人々。よく見れば、建物の窓からも覗いている人がいる。
キョロキョロと周りを観察していると、舞台にいた男が叫んだ。
「これより王族の公開処刑を始める!」
一斉に湧き上がる歓声。これまでの憎悪が嘘のように歓喜に包まれる。
「しょ、けい……?」
状況が呑み込めず呆然としている僕の手枷を男が引っ張った。
「来い!」
そう怒鳴ったのは平民より少し良い小奇麗な服を着た三十歳ぐらいの男。
短く刈り上げた茶髪に、吊り上がった緑色の目。特徴的な鷲鼻に、太い顎。美形ではないが、体格がよく目立つ外見。
その男が乱暴に僕を舞台の前へと移動させた。
そこには二本の棒があり、その間に半円の穴が空いた板が嵌まっている。
「座って首を入れろ!」
有無を言わさず髪を引っ張られ、首を木枠の中に押し付けられる。
「待ってください。何が……」
訳がわからない僕の声を塞ぐように首の上に木の蓋が落ちた。
「これ、何ですか!?」
ガチャガチャと体を動かすけど、首は抜けない。両膝を床につけて伏せているような姿勢。
訳が分からず慌てる僕に舞台の下から怒鳴り声が飛んでくる。
「俺たちの金を好き勝手に使って贅沢しやがって!」
「さっさと殺せ!」
「そうだ! 早く殺せ!」
「殺せ! 殺せ!」
思わぬ言葉に僕は隣に立つ男を見上げた。
「どういうことですか!?」
感情のない茶色の目が淡々と説明する。
「王家は民に重税をかけ、その金を使って贅沢三昧な生活をしていた。俺たち革命軍は王族をここで処刑して、民を解放する」
その内容に僕は目が丸くなった。
「そんっ!? 僕は……」
王の血が入っているから王族といえば王族になるのだろう。だけど、それは最近のことで……
「僕は庶子の子で、城に来たのも最近なんです! それに、いつも出来損ないって言われて……」
必死の訴えも威圧的な声と態度で封じられる。
「そんなことは関係ない。王族を革命軍が処刑した。その事実が重要なのだ。楽に死ねるだけマシだと思え」
「マシって、そんな……そうだ! 王は、王はどこに!?」
僕の質問に男は忌々しそうに舌打ちをする。
「我々が城に乗り込んだ時には姿を消していた。逃げ足だけは速い卑怯な王族共だ」
「え……?」
「おまえだけでも残っていたのは僥倖だった。こうして、民の前で殺せるからな」
そう言うと男は集まった人々を煽るように両手を広げて声を張り上げた。
「この期に及んで、薄汚い王族が命乞いをしているぞ! さあ、どうする!?」
その呼び声に人々が一斉に拳を振り上げる。
「命乞いなんて、見苦しいぞ!」
「さっさと殺せ!」
「処刑しろ!」
「殺せ! 殺せ! 殺せ!」
怒号が大きくなり、膨れ上がっていく。
憤怒、怨恨、不満、恨み、さまざまな感情が渦巻き、大きくなる。僕一人では止められない。
(なぜ、こんなことになったのか……)
僕は手枷で重くなった手を握りしめた。
「……どうして、僕が」
僕の呟きを男が踏み潰す。
「実際はおまえが王族であろうが、なかろうが、どうでもいい。俺たち平民の手で王族を処刑した。その事実が重要だからな」
その言葉に僕は顔をあげた。
「なら、僕じゃなくても……」
男が軽く頷く。
「そうだ、おまえじゃなくてもいい。そして、処刑されるのは王じゃなくてもいい。溜まった鬱憤を晴らせればいいからな。だから、おまえは王の身代わりにされた」
「…………身代わり?」
愕然と呟きながら思い出す。
(ヨハネスが僕を玉座に座らせたのは、王の身代わりにするため? 僕が捕まっている間に逃げるため?)
ここで、ふと浮かんだ。
ずっと王都の端に放置していた僕を突然、迎えに来たのは……
「もしかして、王は初めから僕を身代わりにするつもりで僕を城に……」
「だろうな。でなければ、庶子の子など城に入れるわけない」
その説明に僕は鞭で腫れた手を動かした。
「じゃあ、なんであんな勉強をさせたんだ!? 帝王学とか、礼儀作法とか、必要ないじゃないか!」
「身代わりとはいえ、王族だ。王族の一員として恥ずかしくないように、最低限の知識と礼儀を叩き込んだんだろう」
「そんな……」
そんな勝手な理由で森の小屋から連れ出され、勉強をさせられ、鞭で打たれた。
そして、こんな勝手な理由で身代わりにされ、憎悪をむけられ、殺される。
ギリッと奥歯を噛む。
初めて悔しいと感じた。自分の無力さに情けなくなる。
ずっと言われるまま、黙って言うことを聞いてきた。その結果が、これなんて――――――
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