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城での生活からの牢獄へ

 馬車はかなり揺れたけど、それよりも窓の外の景色から目が離せない。森の木々を抜け、畑を抜け、少しずつ家が多くなっていく。


「これが、街……」


 ずっと遠くから眺めているだけだった。大きな建物がたくさんあって、楽しい場所なんだろうと憧れていた。


 でも、実際は――――――


 馬車から眺める初めての街。そこは想像していたような場所ではなかった。


 露店はあるが商品は少なく、活気がない。生気のない顔で道に転がる人々。遠くからは立派に見えた赤いレンガの家々は近くで見るとボロボロで。

 母が街に近づくな、と言った意味がなんとなく分かったような気がした。


 落胆した僕の気持ちを乗せたまま、街を抜けた馬車が城に入る。


「こっちに来い!」


 引きずられるように馬車から降ろされて城内へ。

 それから、小さな部屋へ連れて行かれ、風呂に入らされて全身を洗われた。次に見たこともない綺麗な服を着せられ、広い部屋へ。


「ここは……」


 高い天井に、白い壁と、金で装飾された立派な柱。大きな窓から入る光が広大な部屋を明るく照らす。奥の数段高いところに立派な椅子がある。


 そこに、王冠を被った金髪の中年男が座っていた。緑の瞳が興味なさそうに僕を見下ろす。


「金髪、緑目……おまえがクレムか」


 首を捻っていると、僕をここまで連れてきた男が僕の頭を押さえた。


「頭が高い! アーベル王であらせられるぞ!」

「え? ふぇ!?」


 慌てて頭をさげると、王は興味なさそうに鼻を鳴らした。


「まったく、こんな間抜けが私の血を引いているとはな。まぁ、いい。ヨハネス、あとは任せた」

「ハッ。行くぞ」


 ヨハネスと呼ばれた男が僕を引っ張る。広い部屋を出て、別の部屋に移動したところで僕はようやく説明をされた。


「お前の母は城のメイドだったが、王からの寵愛を受けておまえを授かった。庶子の子など本来なら捨てるところだが、慈悲深い王が特別に王都の端に住むことを許されたのだ」


 突然の自身の出生を聞かされ、呆然となる。

 話についていけない僕を置いてヨハネスという男がどんどん話を進めていく。


「そして、王はおまえが今にも壊れそうな小屋に住んでいることを耳にして、情けをかけて城へ呼んだ。これから帝王学と礼儀作法を学べ」

「え?」

「返事は、はい、のみだ。いいな!」

「は、はい!」


 ヨハネスの気迫に圧されて返事をする。

 こうして状況を理解する前に勉強漬けの日々が始まった。



「このようなことも出来ないのですか!?」


 ピシッ!


 家庭教師の叱責とともに鞭が飛ぶ。手や体を叩かれて、服の下は全身痣だらけ。

 それでも僕は頭をさげることしかできなくて。


「す、すみません」

「謝る暇があるなら、早く次を読みなさい!」

「は、はい」


 起きている間はひたすら座学。

 文字の読み書きは母から習っていたけれど、それは普通の本を読むだけで精一杯。政学や帝王学なんて初めて聞く言葉ばかりで、どれだけ教えられても理解することも難しい。


 楽しみであるはずの食事は作法の時間。

 厳しいマナーに縛られて緊張したまま食べる料理は味を感じない。無言のまま口を動かして飲み込むのみ。何を食べているのかも分からない。

 沢山の人がいるのに話しかけることは許されず、僕ができるのは返事だけ。


 唯一の自由は睡眠時間。でも、その時間も勉強で潰れ、どんどん少なくなっている。


「……帰りたい」


 城の離れの一室。住んでいた森の小屋より綺麗で、隙間風もなく、温かい。

 それでも、森の小屋の方がずっといい。


 僕は唯一、外を感じられるテラスへ出た。三階から見る景色は丘より低いが、周囲の木々より高い。


 三日月と星々が浮かぶ夜空。

 月の微かな光が整えられた庭をぼんやりと照らす。

 しかし、僕は城に来てから外はおろか庭へ出ることも許されなかった。たまに城内を歩けばヒソヒソと囁かれながら、蔑みの視線を向けられる。

 たくさんの人がいるのに、森の小屋にいた時より強く感じる孤独。


「どうして……」


 ギリッとテラスの手すりを握りしめる。

 母が亡くなって、一人で暮らしていただけなのに。それで、よかったのに。なぜ、こんなことになったのか。


 視線を落とせば、何度も鞭で叩かれて腫れあがった手。最近ではペンもまともに持てず、字も上手く書けない。だから、余計に怒られて鞭を打たれる。

 どれだけ頑張っても、先が見えない。


「……もう、つかれたよ」


 手すりに体重をかける。あとは、そのまま落ちるだけ……


「ガウッ!」


 聞き覚えがある声とともに、黒い毛が飛びついてきた。


 ドン!


 仰向けに倒れた僕の上に立つ黒い犬。満月のような金の目と、微かに甘い香りが記憶を呼び覚ます。


「……君、なの?」

「わう」


 そっと触れれば手に馴染んだ少し固い黒い毛。ゆっくりと撫でると、三角の耳がペタリと伏せ、金の目が気持ちよさそうに細くなった。


「君、なんだね」


 僕は思わず抱き着いた。直接、伝わる温もりが、僕の傷ついた心を包んでいく。

 それから、ツンと目の奥が痛くなり……


「……うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ずっと溜まっていた気持ちが溢れ出して止まらない。黒い毛に顔を埋め、僕はボロボロと零れる涙とともに、すべてを吐き出すようにひたすら泣いた。



 窓から差し込む朝日が眩しくて目を開けると、そこはいつものベッドだった。テラスにいたはずなのに、いつの間にか寝ていたらしい。


「あれは夢だった?」


 寂しい気持ちとともに体を起こせば、白いシーツに残った黒い毛が目に映る。


「……夢、じゃない?」


 微かな希望とともにキュッとシーツを握る。


(大丈夫、一人じゃない)


 不思議とそう思えて、僕はまた頑張ることができた。



 それから僕は寝るときにテラスの窓を開けるようになった。

 すると、夜遅くに犬がやってきて、そっと僕に添い寝をしてくれる。そして、朝になると部屋から出て行く。

 たったそれだけだけど、その温もりに癒され、生きる希望になった。



 一つの季節が巡り、礼儀作法の基礎と座学が理解できるようになった頃、その事件は起きた――――



 いつものように家庭教師から歴史を学んでいると、轟音とともに城の一部から煙があがった。


「なにが、起きて!?」


 怒鳴り声が城内を駆け抜け、迫ってくる。

 何が起きているのか分からず、おどおどしていると走ってきたヨハネスが僕の腕を引っ張った。


「こっちに来い!」


 訳の分からないまま引きずられるように廊下を進む。

 こうして最初に王と対面した部屋へ連れて行かれると、そのまま誰も座ってない豪華な椅子に座らされた。


「このまま、そこに座っていろ!」


 それだけを言ってヨハネスはどこかへ駆けていった。


「どういうこと?」


 適度な固さの座面は座り心地は良いけど、居心地は悪い。

 ソワソワしていると、剣を持った数人の騎士が入ってきた。その中の一人が僕に剣をむけて名乗る。


「騎士団長のヴォルフ・ファーリスだ。王族は全員、拘束する」

「え?」


 ポカンと見上げる僕を金色の瞳が静かに見下ろす。まっすぐな鼻筋に薄い唇。太い首に騎士らしく鍛えられた体躯。眉目秀麗な顔立ちにしっかりとした体は、まさに美丈夫。

 状況を忘れて見惚れていると、夜の闇のような漆黒の髪がサラリと揺れて、剣先が僕の首に迫った。


「動くな。抵抗すれば斬る」


 質問どころか声を出すことも出来ない雰囲気。

 騎士たちの威圧に戸惑っている間に、後ろ手で縄をかけられた。


「あの……」


 黒髪の騎士団長に声をかけようとしたが、その金の瞳が微かに揺れていて。


 その様子に言葉が出せなくなった僕は、そのまま牢へ入れられた。





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