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犬との出会い

「クレム、街には狼や獣になれる獣人という怖い人がいるの。力のないあなたが街に行ったら、簡単に食べられてしまうわ。だから、街には近づかないようにね。母さんとの約束よ」


 そう言った母は数年前に亡くなった。

 僕はその約束を守り、小高い丘にある森の中でずっと一人で暮らしている。


「……あんなに綺麗なのになぁ」


 丘の上に立つ僕は夕陽に染まる街を眺めながら集めた薪を抱えた。

 遠くにあるのは赤いレンガで造られた家々と、その奥にある真っ白で大きな城。自分が住んでいる今にも崩れそうな小屋とは比べ物にならないほど立派で美しい。


 でも、母との約束があるため僕は眺めるだけ。

 森の恵みと、家の隣に作った畑の作物、あとはたまに来る行商とのやり取りで生きてはいけるから。


「でも、ちょっと寂しいな」


 一人には慣れてきたけれど、やっぱり話し相手がほしい。

 そんなことを考えながら小屋へと帰ろうとしたとき、不思議な匂いがした。


「花……とは違うような?」


 甘いような、美味しそうな、惹かれる匂い。

 ガサガサと草をかき分けて進むと、唸り声が聞こえた。


「いけない」


 姿は見えないけれど、野生動物なら力の弱い僕は襲われて終わり。

 唸り声の主を刺激しないように逃げないといけない。


 周囲を警戒しながら足音をたてないように、ゆっくりと動く。その途中で、黒い毛と三角の耳が目に入った。


「……犬?」


 茂みの中に隠れるように丸めた体。その近くには点々と血が落ちている。


「もしかして、唸り声は君?」

「グルルル……」


 そうだと応えるように低い唸り声が鳴る。

 満月のように光る金色の瞳が鋭く睨み、全身の毛を逆立てる。しかし、傷が痛むのか体は起こさない。


「どこか怪我をしているの? 傷薬を持ってくるから、待ってて」


 言葉が通じるとは思わないけど、つい話しかけてしまう。


 僕は急いで小屋に戻ると、水が入った瓶と傷薬を持って走った。


「……よかった、まだいた」


 唸り声はなかったが、犬は警戒心丸出しで白い牙を見せる。


「ほら、危険なモノは持ってないよ」


 僕は傷薬と水が入った瓶を目の前に置いて両手を広げた。敵意がないことを示したつもりだったが、金色の目は警戒したまま。

 ただ、鼻先はピクピクと動いて薬と瓶の臭いを嗅いでいる。


「手当をさせてほしいな」


 首を傾げてお願いするように言うと、犬は僕と傷薬を交互に何度も見た。

 それから、探るようにジッと金色の瞳が見つめてきて……


 その鋭さにゴクリと空気を飲み込む。


 怪我をしているとはいえ、かなり大きな犬。本気を出せば、僕なんて簡単に噛み殺せるだろう。


(無視した方が良かったかな……でも、このままにしておくのも嫌だし……)


 悩んでいると、犬が少しだけ足を動かした。それは隠すように体の下に丸めていた後ろ脚。太ももの部分がパックリと割れている。


「大変だ! 早く治療しないと!」


 僕は瓶の水を傷に流すと薬を塗った。相当痛いはずなのに犬は声一つあげずに耐えている。


「ちょっと待ってね」


 僕は着ている上着を脱いで犬の脚に巻き付けた。


「よし、あとは……」


 大人しくなった犬の体を肩に担いだ。


「わうっ!?」

「ちょっ、動かないで。落としちゃう」


 僕の言葉を理解したように動かなくなるが、金の目は困惑していて。


「この傷だと歩けないでしょ? 夜は冷えるし、この森は狼とかいて危険だから、僕の家においで」

「……クゥ」


 不満混りの小さな鳴き声が肩に落ちて、静かになる。


「ちょっと、重いな」


 僕は陽が沈みかけた森を急いで歩いた。



 それから、数日後。

 犬は怪我が徐々に回復して動けるようになった。


「あ、木の実を採ってきてくれたの? ありがとう」


 口にくわえたカゴの中には栗やクルミが入っている。

 犬は歩けるようになると、少しずつ僕の手伝いをしてくれた。しかも、命令をしなくても気が付けば働いている。


「君は本当に賢いね」


 そう言えば、まるで撫でられるのを待っているように目を細め、耳を伏せて顔をあげる。一見すると真っ黒で怖い印象の大型犬。だけど、その甘えるような表情がたまらなく可愛い。


「よし、よし。いい子だね」


 わしゃわしゃと撫でれば気持ちよさそうに首を傾げ、手を止めればもっと撫でてとすり寄ってくる。


「もう、可愛いなぁ」


 たまらず太い首に両手をまわして抱きしめた。

 少し固い毛が頬を撫で、陽を浴びた匂いが鼻をくすぐる。その中で、微かに混じる甘い香り。体の奥底が疼き、胸がざわつく。

 それと同時に、とても落ち着いて心地いい。


(ずっと、こうしていたい。でも……)


 僕は名残惜しさを感じながら体を離した。


「ご飯を作らないとね。せっかくだから、採ってきてくれた栗とクルミを使おう」

「わう!」


 嬉しそうに尻尾を振って吠える犬。話しかけて返事があることは嬉しい。


 夜も僕のベッドで一緒に眠る。

 壊れかけた小屋の隙間から吹き込む風も、狼の遠吠えも怖くない。自分以外の温もりがあることが、こんなに安心するなんて知らなかった。


 できれば、ずっとこの生活をしていたい。温かな黒い毛に体を寄せて、そう願った。



 けど、この生活も長くは続かなくて……



 しばらくして、犬は突然いなくなった。

 玄関にはお礼のように沢山つまれた森の幸。どうやって採ったのか木になっている赤い果実もある。


「木登りなんてできないだろうに……採るの大変だったろうな」


 手にした赤い実にポタリと雫が落ちる。


「……あれだけ賢いんだから、飼い主のところに帰ったんだよね。ちゃんと、帰れたよね。これで……よかったんだよね」


 僕は自分に言い聞かせるようにひたすら呟いた。



 それから十数日が経った、ある晴れた朝のこと。


「クレムはいるか!?」


 ガラガラという馬車の音がしたと思ったら、小屋が壊れそうなほどの怒鳴り声が響いた。


「クレムは僕ですが……」


 おずおずとドアを開けると、そこには立派な身なりの男と馬車があった。


「城へ来い!」

「な、なぜですか?」

「王命だ」

「え?」


 無理やり馬車に乗せられ、母に行くことを禁止されていた街へと向かった。





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