ご褒美のパイタッチ
「ねえ、範之くん。私やっと楽になれた」
「……そうだね」
「これからどこまで人殺す? 善人も悪人も平等に殺そうよ」
「例えば?」
「こども食堂を主催するようなしっかりした人から女性をレイプするクズまで幅広く」
「何で独特な線引きをしてるの?」
「無関係な人ばかり狙ってもただのシリアルキラーだし、殺された人間の半数がクズだったら少しは同情してもらえるかもって」
「悪人だけ狙うってのは?」
「なんかつまらない。どうせクズを殺しても悲しむ人は少ないし。普通の人を襲って必死に命乞いさせて殺すって、けっこう楽しそうじゃない?」
爽健美茶を飲みながら美彩は言った。
俺は食欲が無くて、とりあえずアイスコーヒをチビチビ飲んでいた。
「日本中旅して殺さないとすぐ捕まりそう。どうやってお金稼ごう?」
「そんなもん永山則夫みたいにタクシー強盗すればいいだろ」
「そうだね。うん、それ名案。でも下着売ったりして小銭稼ぐよ」
「確か下着売るのって直接手渡しするらしいけど、危険じゃないのか」
なぜ詳しいのかというと、金に困ってコンビニ強盗でもしようかと追いつめられていた20代の始め頃女のフリして下着を売ろうとしたが人気のある下着売りアカはそういった手法を取っていて、断念したからだ。
「だから私が下着手渡す時、電柱のそばかどっかから見張っててよ。あっ、そうだパパ活に乗る男をいたぶって殺るのも悪くないね」
爽健美茶を飲み干した彼女はストローを噛んで言った。
「だけれどこれだけは殺してはいけないなーって個人的に思うのは妊婦と犬を散歩させてる人とかかな。前者は言わずもがなだし、後者は残されたペットがかわいそうじゃない?」
美彩にはよくわからない倫理観があるみたいだ。
「実際の事件でも赤ちゃんや妊婦を殺害した犯人は非難轟々(ひなんごうごう)だしね。人がどう命乞いするか気になる。気にならない?」
そう無邪気に語る美彩の声は美声で声優みたいだった。
「気になるよ。命乞いの話題によっては殺すか迷うくらいには」
「だよね。範之くん筋トレ始めよっか。じゃないと通行人に武闘家とかいたらやられちゃうから」
「うん。わかった」
美彩はカラオケ屋で遠慮していたのか、お腹が空いたらしく期間限定のハンバーガーを頼んで口をソースで汚しながら美味しそうに食べた。
俺はというと人を殺した実感があまり無く、なにか悪い夢でも見ているのかと錯覚しそうだった。
しかし、カバンの中に入っている血まみれの包丁を確認すると殺人鬼への道をスタートさせた実感が湧いた。
「美彩、さっきは2人で地獄に落ちようって言ったけど本当か」
「うん。いつか範之くんが捕まって死刑にされたら遅くなるけど私も行くよ。死後の世界でも一緒にいれるね」
「君が父を殺したかった気持ちは痛いほどわかるよ。俺の父もろくでなしだったから」
「うんうん。そっかそか」
「頼む。殺人をしてイマイチ落ち着かないんだ。胸触らせてくれないか」
「んー? どうしようかな。まあ命の恩人だしいいよ、触っても」
店を出て、夜道の誰も通らない路地裏で俺は美彩の胸に触れた。
Cカップくらいの彼女の胸は柔らかかった。