北の都クリーディア
ーー北の大地ハルエルト。
その中心に位置する、首都クリーディア。
北の大地の辺境で生まれ育った者のほとんどが、このクリーディアへと移り住むらしい。
ある者は夢を追い、ある者は豊かな暮らしを求め、またある者は城に仕えようとこの地へやってくるようだ。
この都にどれだけの歴史があって、どのように俺の父が治めていたのかは知らないが、その父からの言葉で、俺はこの都に足を踏み入れることとなった。
俺は都に入ると同時に、変化系魔法の〈化粧隠蔽〉で自身の碧眼を茶色へと変えた。
クリードと同じ眼でうろうろしていると、なにか不都合があるかもしれないからな。
「レイン様。いかがでしょう? 少し都を散策なさいますか?」
俺の父、そしてこのクリーディアの王、クリード・アールスヘイムの側近であるメナスが聞いてきた。
「そうだな。この国の王となるからには、しっかりと都の様子は見ておくべきだな」
「しかしメナス……お前はその格好で俺のあとを歩くつもりなのか?」
彼女が「はい?」と、首を横に傾げる。
「どういうことでしょうか?」
俺は彼女の持っている槍を指差す。
「そんな物を持ったまま、この都を歩くのかと聞いている」
「はっ。レイン様をクリーディア城までお連れするのが私の役目ですので。城に着くまで決して油断はできません」
まぁ、自分の身は自分で守れるのだがな……。
「槍を持って歩き回っていたら、否が応でも目立ってしまうだろう。人目に付かぬよう収めておけ」
「お、収めろと言われましても、背中でも目立ってしまうでしょうし……いったい、どうすれば良いのでしょうか……?」
彼女が困惑した目で訴えかけてくる。
そういえば、彼女は魔法が使えないのだったな。
俺はすかさず彼女の前に魔法陣を展開する。
「変化系魔法の〈空間収納〉だ。ひとまず槍はここに入れておくと良い」
「あ、ありがとうございますっ……!! そして、私が魔法を使えずで申し訳ありません……」
「なに、使えないものは仕方あるまい。謝ったところで魔法が使えるようになるわけでもないからな。自分の得意とするものを磨いていけば良いだけの話だ」
しかし……まったく使えないというのは、やはり疑問だな。
かといって、彼女になぜ魔法が使えないのかと聞いたところで、彼女は答えられないだろう。
これは〈秩序〉の操作によって魔法を使えない世界に変えていってるということなのか?
だとしたら、なぜ俺は魔法を使える? 単純に俺がこの世の理から外れている血族だからか?
「メナス。魔法が使えなくとも、お前はある程度魔法を知っているようだが、この世界は魔法が使えることのほうが珍しいのか?」
「いえ、そんなことはありません。詳しくはわからないのですが、血が関係しているかもしれないという話を、幼い頃に私の父から聞いたことがあります」
なるほど。
世界を操作し、厄介な魔法を使われぬように〈秩序〉にとって、都合の良い世界へと変化させているというわけか。
幾億の月日が流れ、魔法を使わない人たちが増え、徐々に魔法を使う血が薄れていき、結果として魔法を使わない、使えないという血族が誕生したのだとすれば、辻褄こそ合うが……。
「すっかり足を止めてしまったな。行こうか」
俺たちは、ようやく都を歩き始めた。
「なにか名物はあるのか?」
「はい。北の大地は食べ物が非常に美味しいところなのですが、その中でも格別に美味しいのが、鹿肉と鮭でございます」
そう言ったあと、少し苦笑いをしながら彼女は続ける。
「ですが、レイン様は毎日のように山で鹿を狩り、川では鮭を獲っておられましたので、食べ物のご紹介は難しいかと……」
活きの良い鮭を捌いて生で食べるのは、たしかに美味い。
あれに辛みのある山菜を擦って少し乗せて食べると、さらに美味くなって至高の一品となる。
「そうか。では、食以外でなにかあるか?」
「そうですね……。レイン様が興味をお持ちになるようなものでしたら、〈魔法訓練所〉や〈武術訓練所〉などはいかがでしょうか?」
「ほう? それは興味深いな。どんなところだ?」
「クリーディアは、世界各地からたくさんの人が訪れます。歌って踊る夢を追う者、芸者として人々を笑顔にさせたい者、魔法を勉強したい者、剣や弓などの武術を磨きたい者など、色々な想いを胸に抱き、ここに集まるのです」
それにしては、やけに静かだな。
彼女の話を聞いていると、この都が大層賑わっていても良さそうなものだが。
「クリード様は魔法と武術にチカラを入れようと、ふたつの訓練所を設けました。学舎のようなものなのですが、年齢や実力などの制限は無く、学びたい気持ちや、自身を高めたいという気持ちがあれば、どなたでも入れる施設となっております」
そう説明したあと、ばつが悪そうに彼女は続けた。
「しかし……レイン様からすると、お求めになられるような刺激を〈魔法訓練所〉では得られない……かと……」
歯切れが悪いな。なにか問題でもあるのか?
「どうした? なにかあるならはっきり言ってくれ」
一瞬の沈黙のあと、彼女は言った。
「はい。長い時間をかけ、レイン様はカーザ村の図書館にてすべての本をお読みになりました。私は世界のあらゆる本が集まっていると説明しましたが、それでもレイン様は下級魔法の魔導書しかないとおっしゃいました」
無言で俺は頷き、彼女は続ける。
「ですから〈魔法訓練所〉に足を運んだとしても、レイン様がお読みになった下級魔法しか使われていないのです」
なるほど。
俺が行ったところでなにも得られない、と言いたいわけか。
「言いたいことはわかった。だが、下級魔法とはいえ面白い発見があるかもしれんぞ? その〈魔法訓練所〉とやらに行ってみようではないか」
そこに下級魔法を極めている者がいるのなら、術式を少し組み換えて上級とはいかずとも、中級魔法くらいは使える者がいて欲しいものだな。
そもそも、術式を組み換えるという発想にたどり着いていないのであれば、それはそれで少し残念ではあるが、そこは俺が教えてやれば良いだけの話だ。
ん? 教えるだと?
どうして俺にその知識がある? これではまるで、俺が中級魔法以上を至極当然、使えると言っているようなものだ。
アールスヘイムの血が関係しているのか?
それとも……。
まぁ良い。ここで考えたところで、答えが出るわけではない。
「レイン様?」
「すまない。少し考え込んでしまったようだ」
「い、いえっ! 決してレイン様が謝られるようなことではありません!!」
彼女はそう言いながら、即座に片膝をつけ姿勢を低くした。
「メナス。そういう堅苦しいのはやめてくれないか? 俺は王になるとは言ったが、偉くなるつもりはないぞ」
俺のこの言葉に顔を上げた彼女だが、不思議そうな表情をして俺を見ている。
「お、王になるということは、このクリーディアで一番偉いお方になるということ……では?」
彼女が言うように、そう思うのが一般的な考えだろう。
しかし、それでは国を解放するとは言えないのだ。
そう、クリーディアの民たちに、その考えを捨ててもらわねばならない。
身分や制度の撤廃と、皆が自由で、争いもなく平等に毎日を過ごせるのが至極当然な世界。それこそが真の解放だ。
「言ったではないか。国を解放すると。じきにこの意味がわかる日がくる」
「は、はぁ……?」
彼女は困惑しているようだ。
まぁ、今ここで説明したところで伝わらないだろう。
「そ、それよりもレイン様。行き先は〈魔法訓練所〉でよろしいのですか? 私としては〈武術訓練所〉のほうが、刺激を得られるように思うのですが」
彼女の問いに俺は即答する。
「あいにく俺は武術に興味がないのだ」
「はっ。そうだとも知らず、余計な口を挟んでしまい、申し訳ありません」
魔法は深い。
深くに沈むことで、さらに魔力が高まり、より高度な魔法が使えるようになるのだ。
まぁ、武術を決して甘くみているわけではないがな。
「では、レイン様。案内いたします」
クリーディア解放への一歩目。
俺とメナスは〈魔法訓練所〉へと向かうことになった。
サーモンが食べたくなります!!笑
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