旅立ち
図書館での出来事から一夜明けてーー
生まれ育ったこのカーザ村から、とうとう出る日を迎えた。
俺は身支度を済ませ、村の入り口へと向かう。
村を出るからといって、寂しいという気持ちは微塵もない。
寧ろ、はやく世界のことを知りたくてウズウズしているくらいだ。
旅に出る者はきっと、皆こういう前向きな気持ちなのだろう。
俺は村の入り口のほうへ視線を向ける。
すると、クリードの側近だというクリーディアの女性騎士、メナス・エルフォートが既に俺の到着を待っていた。
「おはようございます、レイン様。お待ちしておりました」
「あぁ、おはよう。皆に挨拶は済ませたのか?」
「はい、昨日のうちに済ませております。それではクリーディアに向け出発しましょう。これから長旅になりますが、道中は私がお守りいたしますので、どうかご安心ください」
問題なく挨拶は済ませられたというのか。
まぁ、彼女がそういうのであれば、そういうことなのだろう。
ん? 待てよ? 彼女は今、長旅と言わなかったか?
まさか……とは思うが。
「長旅だと? なにを言っている? まさか、歩いて行くつもりなのか?」
俺は魔法で自身の体をフワッと浮かせながら、彼女にそう言った。
「そ、それはまさか……移動系魔法の〈空飛行〉ですかっ……!?」
彼女は俺が使った魔法に驚いていた。
まるで、珍しいものでも見たかのように。
「いつの間にそのような魔法を使えるようになったのですかっ……!? レイン様が修行をしている際に、魔法を行使している様子は見受けられませんでしたが……」
ほう。修行中も目を見張っていたというわけか。
「意外だったか? 魔法の類は家の中にいる時にのみ結界を張りながら行使し、洗練していた。俺のことを見守っていたとはいえ、さすがに家の中までは覗いていなかったようだな」
まぁ、覗いたところで誰にも見えないように細工はしていたがな。
しかし、この〈空飛行〉は、移動系魔法の中で最も簡単な魔法のはずなのだが……。
「そ、そうだったのですね。魔導書を読んでいたのにも関わらず、修行の場で魔法をまったく行使していなかったので不思議に思っていたのですが、これで納得がいきました」
「あぁ、どこにいようと俺は修行を怠らない。たとえそれが、体を休める家の中だとしてもな」
俺はいついかなる時も自分を高め続けている。誰にも負けない絶対的なチカラを持てるように。
「まさかとは思うが……メナスは〈空飛行〉を使えないのか?」
「は、はい……。移動系魔法が扱える者はあまりいないと聞いております。ですので、こうしてレイン様が移動系魔法を行使していることに大変驚いております」
それで大袈裟に驚いているのか。
そこまで高度な魔法ではないはずなのだが……どこか腑に落ちんな。
徐々に彼女の表情が曇り、俯きながら言った。
「私は槍を得意としていますが、残念ながら……生まれつき魔法そのものが使えないのです……」
なるほど。だから彼女から魔力がまったく感じられなかったのか。
それにしても、魔法が使えないとはいささか不便だな。それも〈秩序〉の操作に関係しているのか?
俺は世界のことに対し、無知だからな。
魔法がまったく使えないというのは信じられないが、今の操作された世界ならそういうこともあるのだろう。
これから先、どんな世界が待っているのやら。楽しみで仕方ない。
俺は浮かせた体で彼女に向け、手を差し出す。
「歩いて行くのは少々骨が折れる。飛んで行くぞ。俺の体に掴まっていろ」
彼女は構えていた槍を背中に収めながら「はい」と返事をして、俺の手を掴んだ。
そして、彼女を背負うような体勢で、少しずつ上昇する。
彼女に方角を聞きながら、彼女が俺から振り落とされない程度の速度に調整しながら飛んで行く。
かなりカーザ村からは離れているようだ。
大きな図書館があるというのに、あっという間に村が見えなくなってしまった。
やがて前方にそれらしきものが見えてきた。
俺の父である、クリード・アールスヘイムが治めているという北の大地ハルエルトの首都、クリーディアだ。
「空からいきなり都に入って民に驚かれても厄介だな。少し手前で降りるとしよう」
彼女の情報だと、移動系魔法を扱える者は少ないらしいからな。
人目に付かぬよう、都には歩いて五分くらいの小高い丘で俺たちは降り、クリーディアのほうへと足を向ける。
「レイン様にはきっと、不可能なことなど存在しないのでしょうね」
歩きながら真剣な眼差しを俺に向け、彼女は言った。
「ほう。どうしてそう思う?」
「ふふっ。どうしてでしょうか。自信に満ち溢れているとでも言いましょうか、わかりませんが、そう感じたのです」
俺の予想外の成長ぶりに安心したのか、彼女は微笑んでいた。
「そうか。褒め言葉として受け取っておこう。ありがとう」
「いえ。私には、身に余るお言葉です」
そう言いながらも、少しずつ彼女の表情は和らいでいっている。
もうすぐ彼女の役目が終わる。クリード亡き今、この先どう生きて行くのだろうか。
「メナス。お前はクリードの側近だと言ったが、クリードがどこでなにをしていたのか聞いているのか?」
「いいえ、残念ながら私は存じ上げません。ただ……私にかけられた魔法が解けた際には、命を落とした時だと思ってくれということは、クリード様より聞かされておりました……」
ということは、彼女は〈秩序〉の存在を聞かされていないようだな。
主君にはもう二度と会えないという覚悟を決め、俺の近くに居たということか。
そんな彼女の心中は、誰にも計り知れないことだ。
「それで、今後はどうするつもりなのだ?」
「なっ……! なにをおっしゃっているのですか!? レイン様はこれからクリーディアの王となられるお方。私がレイン様にお仕えするのは当然のことでございます!!」
都の入り口まで残り僅かというところで足を止め、彼女は力強く俺にそう言った。
「なに? 俺が王だと? 昨日も言ったはずだ。身分だなんだのと言われても、そんなの知るか、と。それに対して今後、自分からは口にしないと言ったのを忘れたのか?」
「で、ですが……クリード様が亡くなられた今、クリーディアには国を治める者がいなくてはっ……!!」
「何度も言わせるな。そんなことは知らん。だとしたら、クリードの側近だったメナス、お前が王になればいいのではないか? 女が王になれないというわけでもあるまい」
俺の言葉に対し、彼女はどうすべきかわからず、無言で俯いていた。
いや、待てよ? 少し面白いことを考えた。
あるいは、これなら国が……世界が変わるかもしれんな。
「そうだな。少々、考えを変えた。メナス、俺がクリーディアの王になってやる」
俺のその言葉に、彼女は安堵の表情を浮かべる。
「王になって国を解放し、身分や制度などすべて俺が撤廃してやる。それでどうだ?」
メナスは安堵の表情を浮かべたのも束の間、一変して疑問の表情を浮かべた。
「国を解放する……? レイン様……。一体なにをおっしゃっているのでしょうか? 申し訳ありません。私にはその言葉の意味がわからないのですが……?」
国や身分などあるのが〈秩序〉の操作によるものだと俺は考えた。
だが、この世界が操作されていることを知らない彼女からすると、それが普通。至極当然なのだ。
だから彼女は、俺の言葉を理解できないのだろう。
「まぁ、今のお前にはわからないかもしれないが、俺のことを信じて、俺に付いてきてくれればそれで良い」
彼女は困惑した表情をしている。
「は、はぁ……レイン様がそうおっしゃるのなら……」
「そのうち、俺が言っていたことを理解する日が必ずくる。今はただ、それを忘れないでいてくれ」
不安そうな表情を浮かべている彼女に俺はそう声をかけ、俺たちはクリーディアの都の入り口へと向かった。
物語を書いているうちに
だんだんとキャラが立ってくるのが面白いです!
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!!
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