クリードの側近
女性騎士の凛々しいその立ち振る舞いは、老婆の姿からはまったく想像できないくらいだ。
だが、目の前に居るのは間違いなくあの腰の曲がった老婆だ。本来の姿を隠していたのは、なにか理由があるのだろう。
この流れにおいて至極当然な言葉で、俺は彼女に問う。
「お前は一体、何者だ?」
「はっ。私はクリード様の側近、メナス・エルフォートと申します」
片膝をつき、低い姿勢で彼女はそう答えた。
クリード……様? それに側近だと?
側近ということは、彼女は相当な手練なのか?
彼女から、まったく魔力を感じられないが……。
「レイン様。ご無礼をどうかお許しください。若者のいないこのカーザ村でレイン様に不審に思われぬよう、クリード様の魔法によりこの姿を隠蔽し、レイン様の成長を見守るようにと命じられ、今まで老婆の姿にて近くにおりました」
なるほど。変化系魔法の〈姿形隠蔽〉だな。
こんな女性が近くにいたのなら、たしかに俺は不審に思っていただろう。
この魔法に気付けなかった俺は、認めたくはないが、クリードが言ったようにまだまだ未熟ということだな。
しかし、〈姿形隠蔽〉は中級魔法だ。
やはりこの世界は〈秩序〉のチカラによって、意図的に下級魔法の魔導書だけになっているとみて間違いなさそうだ。
でも、待てよ? 下級魔法の魔導書しか読んでいないのに、なぜ俺はそれ以外の魔法を当然のように知っている?
これも〈秩序〉の操作が関係しているのか?
またひとつ疑問が増えたと思ったところで、彼女は立ち上がり、言葉を続けた。
「レイン様がすべての本に魔法印を押した際に、クリード様の魔法が解けるよう施されていたのです」
変化系魔法の〈姿形隠蔽〉の解除と、操作系魔法の〈封印解除〉の発動……か。
二つの魔法を同時に操るとは、なかなかに壮大な仕掛けだな。
しかも、〈封印解除〉によって俺の意識に入り会話をし、そのうえ実体は〈秩序〉と対峙していたわけだ。
同時に操った魔法は二つだけではないだろう。
俺を赤子扱いするのも至極当然だな。おかげで良い勉強になった。
それにしても、俺やクリードに対し様で呼ぶとはどういうことだ?
勇者の血族だからといって、アールスヘイムは人から崇められる存在なのか?
それとも、別の理由があるのだろうか?
しかし、呼び方よりも、クリードの施した〈封印解除〉の発動条件にどうも納得がいかないな。
「聞いても良いか? 俺がすべての本を読むことをしなければ、お前はずっと老婆の姿のまま過ごしていたのではないか?」
俺のこの問いに対し、彼女は即座に首を横に振った。
「いえ、クリード様は必ずやレイン様がすべての本をお読みになるであろうと、はじめから見抜いておられましたので」
それはそれは。
アールスヘイムの子孫ならば誰しもが通る道……なのだろうか。見透かされていたのは、あまり気分は良くないがな。
しかしだ。俺がすべての本に魔法印を押すよりも前に、術者であるクリードがチカラ尽き、彼女にかけた魔法が先に解けてしまう可能性は考えなかったのだろうか?
いや、あるいは、この日が来るまでクリードは必死に持ち堪えていたのかもしれないな。
こればかりは俺があれこれ考えても仕方のないことだろう。
「そうか。それで、メナス。俺の父であろうそのクリードが、俺に渡したいものがあると言っていたが、なにか知っているか?」
「渡したいもの……ですか? いえ、詳細は聞かされておりませんが、私にかけられた魔法が解けた際には、クリーディア城にレイン様を必ずお連れするようにと言伝を預かっております」
「ふむ。クリードがそのクリーディアの王か誰かに、俺に渡すものを預けているということか?」
彼女は、憐れむかのような表情を浮かべた。
「クリーディア王は……レイン様のお父様である、クリード様にございますっ……!!」
ほう。まさか俺の父親が一国の王だったとは驚きだな。
となると、クリードの妻、つまりは俺の母親にでも預けているといったところだろう。
まぁ、クリーディアへ行けばわかることだ。
答えを知って、俺の楽しみが減ってしまうのもつまらんからな。これ以上、余計な詮索は控えておくとしよう。
彼女はキリッとした表情に戻り、続けた。
「レイン様は幼き頃から、修行と図書館に足を運ぶ毎日でした。ですから、土地勘がないと思われますので、私が責任を持ってレイン様を必ずや首都クリーディアへとご案内いたします」
俺 一人でもどうにでもなるのだが、ここはひとつクリードに仕えてきた彼女の顔を立ててやるか。
「そうか。ありがとう。よろしく頼む」
俺がそう言うと、彼女が驚いた表情をした。
「まさか……レイン様からお礼の言葉をいただけるとは、思ってもいませんでしたっ……!!」
「ん? なにを言っている? 礼を言うのは、人として当たり前のことではないのか?」
俺のこの返しに彼女は、長年の苦労が報われたとでも言わんばかりに、拳を握り、ザッと胸元に当てた。
「身に余るお言葉、感謝いたしますっ……!!」
なんだ? 俺が礼を言うのがそんなにおかしいか?
礼を言わない不道徳な鬼畜外道だとでも思っているのだろうか?
「まぁ、そう固くなるな。お前はクリードに仕えているのであって、俺に仕えているわけではないんだからな」
この言葉に、ピクッと彼女の片眉が上がったのがわかった。
「レイン様。どうかご自身の身分を弁えてくださいますよう……」
身分? 彼女はなにを言ってるのだ?
まさか、一国の王の息子だからといって、この俺が王子だとでも言いたいのか? そんな堅苦しいのは真平御免だ。
「身分だと? 俺はレイン・アールスヘイムであって、それ以上でもそれ以下でもない。身分など、俺にはどうだって良いことだ」
軽く笑いながら俺は続けた。
「ましてや父親のことなど、たった今、聞かされたのだ。それで身分だなんだのと言われても、そんなの知ったことではない」
彼女は困ったような表情を浮かべ、考え込んでしまった。
しばらく考え、ふぅと一息つき、彼女が出した答えはこうだ。
「出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありません。私には身分の重みなど、とても計り知れないことです。レイン様がそうおっしゃるのであれば、今後、私からはそのようなことは口にいたしません」
その堅苦しい言葉遣いも、どうにかしてほしいものだがな。
「なに、これくらい些末なことだ。謝るほどのことではない」
俺の言葉で、彼女はホッと胸を撫で下ろす。
さて、次の目的地も決まったことだ。
もうすぐ日が暮れる。今日のところは一旦家に帰り、明日に村を出られるよう支度をするか。
「メナス、今日はもう遅い。明日の朝、村を出るとしよう」
「はっ。では私は、村の者たちに挨拶をして回ります。明日の朝、村の入り口にてお待ちしておりますので」
そう言って彼女は図書館の扉を開け、数少ない村の住人のもとへと向かった。
しかし、挨拶とはいったが、つい先ほどまで自身が老婆だったことを忘れているのか?
それとも、村の住人はこのことを知っていたのか?
まぁ、もとよりこのカーザ村は謎が多いからな。
気にしても仕方あるまい。
この世界に疑問を抱くアールスヘイムと、もうひとつの血。
そのもうひとつとはきっと、ワイロピアの血なのだろう。
伝承だと、この世界のどこかにいるであろうワイロピアと出会い、歴代の勇者たちが勝てなかった〈秩序〉を滅ぼせるほどの、ふたつの血を完璧に併せ持った子孫を残せというわけだが……。
その〈超越者〉とやらが今まで生まれることなく、それでも勇者と魔王はチカラを併せ、勝てない戦いを続けてきたというのも疑問だがな。
俺はグッと拳にチカラを込める。
「ふっ。俺がすべてを終わらせてやる。そして、伝承を別のものに変えてやろうではないか」
俺はくつくつと笑いながら扉を閉め、長い間通い続けた図書館を後にした。
いよいよレインが村を出る……!!
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