アールスヘイム
「滅ぼせないだと? それなのに、どうして挑み続けている?」
俺と同じ碧眼を持つ、銀色の外套を纏った男が放った言葉に、俺はそう返す。
「すまない。少し言葉が足りなかった。残念ながらアールスヘイムは滅びのチカラを持っていない。ゆえにアールスヘイムだけでは〈秩序〉を滅ぼすことは不可能なのだ」
「なるほど。では、滅びのチカラを持った者と、長い年月をかけ、手を取り合って戦っているということか」
「うむ。さすがだ。察しが良いな」
「つい先ほど、あんたは我々と言っていたからな。ひとりで挑んでいないことくらい、誰でも気付くと思うが?」
赤子同然と言われ、気分が悪かったこともあり、少し挑発してやった。
だが、男はなにも反応せず、わずかに沈黙が訪れたその時だった。
「くっ……! そろそろ限界かっ……!!」
そう言って男が苦悶の表情を浮かべた。
「どうした? なにかあったのか?」
この感じからすると、魔法を行使しているであろう男の実体のほうに、なにかあったのだろう。
「レイン、すまない。どうやら私には、お前と話している時間があまり残されていないようだ。今から大切な話をするから聞いてくれ」
男の言葉に、俺は無言で頷く。
「歴史書に記されている大勇者カインの名は、カイン・アールスヘイム。お前の先祖だ。そして大魔王ザクロの名は、ザクロ・ワイロピア」
一瞬、俺は勇者の名前に驚きを隠せなかったが、時間が残されていないということもあり、口を挟まず聞いている。
「歴史書に記されていた両者の衝突というのは、天を裂いて〈秩序〉の領域に踏み込み、滅ぼすためだった。だが、大勇者と大魔王と言われた二人のチカラを持ってしても戦いに敗れてしまったのだ……」
眩しい光に包まれ、二人の姿が消えたというのは、別の空間に移動したからだったのか。
「チカラ尽きた二人がそやつの領域から落ちた先は、北の大地ハルエルト辺境の森。ボロボロになったカラダを癒すために二人は残った魔力を振り絞って、なんとか家を創った」
それがこのカーザ村のはじまり、というわけか。
カイン、ザクロ、両者の頭文字を取り、ひとつに結んだ。そんなところだろう。
「二人のチカラは完全に底をついていた。もう〈秩序〉には挑めないと悟り、二人のチカラを併せ持った子孫をどうにか残そうとした。その後、男女二人の子供を授かるも、男は勇者の血、女は魔王の血が濃く出てしまい〈秩序〉を滅ぼせるほどのチカラを持った子孫を残せなかったのだ……」
さすがに、そんな都合良くはいかないだろうな。
しかし、勇者と魔王が敵対するどころか結ばれるとはな。
子孫を残すためだったのか、別の理由なのかは知ったことではないが。
「だが、今こうしてお前がここに存在しているように、血が絶えたわけではない。純粋なアールスヘイム、ワイロピアの血を継ぐ者だけに伝えられてきた伝承がある」
なるほどな。
では、俺がいるように、純粋なワイロピアの末裔もこの世界のどこかに存在しているということだな。
「ふたつの血を完璧に併せ持った〈超越者〉が生まれる時がいつか必ず来る。それまで絶対に血を絶やしてはならない、という伝承だ」
一瞬の沈黙の後、男は碧眼にチカラを込め、俺に言った。
「レインっ! この伝承を今、この場でお前に託すっ!! 必ずや〈秩序〉を滅ぼすチカラとなってくれ! そして、この世界が操作から解放された世界になることを願っている!!」
ふむ。伝承を託すということは、この男も俺と同じ純粋なアールスヘイムの血を継ぐ者、ということか。
苦悶の表情を浮かべ、時間が無いと言った。
おそらくだが、今、この瞬間も〈秩序〉と対峙していて、自らの負けを悟ったのだろう。
どれほど強大なのだ、その〈秩序〉とやらは。
滅ぼしたくてウズウズしてくるな。
ん? 滅ぼすだと?
滅びのチカラを持たないアールスヘイムの血を引く俺から、どうしてそんな言葉が出るのだ?
理由はわからないが、この衝動に自然と笑みが溢れていた。
「レインよ、先ほどの〈封印解除〉の術式は見ていたか?」
「あぁ。一瞬の出来事だったが、しっかりとこの目に焼き付けている。あとで試してみるつもりだ」
「さすがだ。思った通りで安心したぞ。術式を少し組み換えるだけで、他の操作系魔法もお前なら簡単に扱えるはずだ。だが、決して乱用はするな」
操作系魔法か。その〈秩序〉とやらが嫌う魔法のようだからな。
乱用して、うっかり目を付けられてしまっても厄介だ。
しかしこの男、俺がそれなりに魔法が使えることを前提として話しているな。
まぁ、アールスヘイムの血を継いでいれば、至極当然ということだろう。
「強き者に育ったようだな、レイン。お前は今日で十八歳になったのか……。直接触れられないのが残念だが、最後にこうしてお前の顔を見ることができて、ほんとうに良かったぞ」
俺の名前や、誕生日を知っていて、ましてやアールスヘイムの血族。同じ碧眼を持っているこの男が、親族であるということは明白だ。
だが、俺には親の記憶がまったく残っていない。たとえこの男が父親だったとしても、今さらなにかが変わるわけでもない。
「短いようで、とても長かった……。これで心置きなく逝ける」
俺と離れ、この男がこれまでどれほどの戦いをしてきたのか、俺には計り知れない。
「レイン、お前に渡したいものがある。この先のことは、お前の近くにいる彼女から聞いてくれ」
彼女だと? まさかあの老婆のことを言っているのか??
「お前のそばに居てやれなくて、すまなかったな……。残念だが、この命はもう終わろうとしている……。最後に……なにか聞いておきたいことはある……か?」
「そうだな……。では、あんたの名前を聞かせてもらおうか」
「ク……クリード・アールス……ヘイ……ム……だ………」
魔法の効果が切れかかっている。この男に終わりが近付いている証拠だ。
届くか分からないが、俺は最後に言った。
「そうか。クリード。せいぜい、死ぬなよ」
銀色の外套を纏い、俺と同じ碧眼を持つ男クリード・アールスヘイムは、魔法が切れる寸前に微笑みながら言った。
「レイン……誕生日、おめでとうーーー」
その瞬間、プツンと魔法の効果が切れた。
クリードは最期を迎えたのだろう。
しかし、途轍もない男だな、クリードは。
魔法で俺と会話しながら、強大なチカラを持つ〈秩序〉と対峙していたのだからな。
安心しろ、クリード。
世界は俺が必ず解放してやる。ゆっくり休んでくれ。
クリードは〈封印解除〉をこの図書館に施したと言っていたが、あれは嘘だろうな。
俺の魔法印だけに反応するよう、はじめから仕掛けていたのだ。
そして俺は意識を図書館へと戻すーー
ゆっくり瞼を上げると、先ほどまで一緒だったはずの老婆の姿はそこに無かった。
俺の目の前に立っているのは腰の曲がった老婆ではなく、背筋がしっかりと伸びている、三十代半ばくらいの女性。
とても綺麗な顔立ちをしており、しなやかな毛流れをしている白銀のショートヘアで、背丈は俺より少し小さいくらいだ。
軽めの鎧を身に纏い、槍を手にしているその姿は、いかにも私は王国騎士団に属している女性騎士ですと、誰が見てもそう思えるような風貌である。
「戻られたようですね、レイン様」
彼女は俺にそう言った。
その声は、まるであの老婆が若返ったかのような声だった。
カーザ村の名前の由来……
なんの捻りもないけれど、個人的に気に入ってます!笑
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