それぞれの変化
北の大地、首都クリーディアの中心に位置するクリーディア城、玉座の間ーー
その玉座に鎮座しているバルデスと思わしき男から予想外の言葉が発せられたのだった。
アミナが『優者』だと? いやいや、これはなかなかに面白い展開になってきたではないか。
まぁ、俺にはその『優者』とやらの定義がわからんからな。とりあえず彼女たちの反応を見ることにしよう。
アミナは『優者』と言われると、騒がしかったのも束の間、俯き意気消沈しているようだ。
「どうした? 『優者』アミナ・エクスウェル。さっきまでの勢いはどこに行ったんだ? んん?」
男は煽るようにアミナに問う。
しかし、アミナはその場でしゃがみ込んでしまい、膝を抱えて震えていた。
「ア、アミナさん……。大丈夫……ですか?」
メナスがうずくまってしまったアミナを心配して、彼女の背中に手を当てる。
だが、アミナはそんなメナスの手を振り払ってしまう。
「うる……さい。うるさい……っ。うるさい、うるさい……うるさいうるさいうるさい! どいつもこいつもうるさいのよっっ!!!」
うずくまって震えていることには変わりはないが、アミナの魔力が大きく膨れ上がっているのが感じ取れる。
つい先ほど玉座の間を揺らしたあの男よりもずっと大きな魔力だ。玉座の間だけではなく、クリーディア城全体が激しく揺れ動く。
このままでは俺が破壊するまでもなく、彼女が破壊してくれそうな勢いだな。
「小娘、お前がこの北の大地に来た理由はなんだ? エルフォートとエクスウェルの優劣をつけるためか? それとも『優者』としてこの世界に君臨するために乗り込んで来たのか? まあ、答えがどちらにしろエルフォートを潰すことには変わりは無いんだろうがな。がははっ!」
「……うるさいって言ってるのが聞こえないの? このクソ大臣……」
「んん? なんか言ったか? 『優者』の小娘。歳を重ねたせいか、耳が遠くなってるなもしれん。しっかりと私に聞こえるように言ってくれんか?」
確実にこの男には聞こえていただろうが、それでも煽ることをやめなかった。
しかし傍観というのもつまらんな。だが、メナスに手出しは無用と言われてしまったからな。
彼女の覚悟を踏み躙ることは出来ない。
俺はそう思っているが、なにせ『うっかり』というのがあるからな。俺の中にある〈魔王の血〉が疼かないことを祈るしかない。
ん? 祈るとはなんだ……?
ここで俺はまた新たな疑問が生まれた。
「……黙れ……って、言ってんのよおおおおっっっ!!!」
そう言ってアミナは立ち上がり、玉座に鎮座する男に向け魔法を放った。
魔法陣の大きさが尋常ではない。今まで俺が見てきた彼女の放った魔法とは比べ物にならないくらい大きい。
この世界において魔法とは、魔力や威力によって、それに比例するように魔法陣が大きくなるのだ。
俺が魔力を開放したらこの世界すべてを覆っても足りないくらいの魔法陣の大きさになるのではないか? などと思ったが、それを確かめる術はおそらく無いだろう。
「その口どころか、あんたの存在を凍らせてやるわ! 〈氷雨〉っっ!!」
氷の粒がまるで雨が降るかのように男を目がけ飛んで行く。
この〈氷雨〉は氷系魔法の中でも最低の下級魔法、誰にでも使えるような魔法なのだが、以前に俺が見たアミナがメナスに対し放った〈氷雨〉より、魔力量も威力も桁違いなことはすぐにわかった。
「おい、小娘。お前、目の前にいるのが誰かわかってるのか? そんな下級魔法が私に通用するなんて思っていたとか言わないよな? 舐めるのも大概にしろよ? んん?」
アミナの放った〈氷雨〉は、玉座どころか手前の石段の一段目にも届かないところで跡形もなく消えてしまった。
アミナなりに相手の実力を測ったのだろうが、それは間違いだ。相手はエルフォートの血族だ。はじめから全力でぶつかるべきだったのではないだろうか。
と、ここでアミナが〈魔法訓練所〉で言っていたことを思い出したーー
エクスウェルは攻撃補助、エルフォートは防御特化であると。
これではアミナには勝機が無いようにも思えるな。
もちろん、その防御をも崩せるほどの攻撃が可能ならば話は別だが。
「ふんっ。舐めてなんかいないわよ。アタシが全力を出したらあんたどころか、それ以上の崩壊に繋がることを恐れて躊躇しただけよっ」
「がははっ! 言うではないか『優者』の小娘。ならばその全力とやらで私に向かってきてはどうだ? まあ、攻めることしか脳の無いエクスウェルが私に勝てるとは思わないがな! がははっ!!」
「……だから……優者、優者って、うるさいって言ってるのよっっっ!!!」
アミナの魔力がさらに増幅する。これではクリーディア城どころか北の大地もろとも大きな振動をしているかもしれない。
見栄を張っているのではなく、彼女の言っていたことは本当だったようだな。
やはりここは俺が止めるべきだろうか?
俺がそう思案している間に、すでに動き出していた者がいた。
その者はアミナの前に強い眼差しで立ちはだかった。
「アミナさんっ! 私が譲りませんと言ったのを忘れたのですかっ!? アミナさんの過去になにがあったのかわかりませんが、それを今ここで聞くつもりありません!! ここは一旦、私に預けてくれませんか?」
今まで黙っていたメナスがアミナにそう言った。
メナスからの言葉を受け、アミナは冷静さを取り戻し魔力を抑え込む。
「メ、メナス……。あっ、預けるのはいいけど……。いっ、一発! 一発でいいからアタシにも殴らせてよねっ!! ねっ!?」
どうしてもアミナはこの男を殴らないと気が済まないらしい。
だが、メナスは彼女の再三の要望にも応じること無く首を横に振る。譲りませんと言ったからには、どうやらメナスも一人で方をつけたい気持ちは変わらないようだ。
しかし、玉座の間に入る前から警戒していたが、城内には結界は無かった。それどころか、玉座の間にも結界は無い。
さらに言えば、あのバルデスと思わしき男も自身に結界を纏ってはいなかった。
あれだけ厳重に外堀を固めていたのにも関わらず、内部がこんなにも無警戒、『ザル』な状態だったことに対しての違和感は拭えていないが、今ここで俺が慮っていても仕方ないだろう。
「レイン様、よろしいでしょうか?」
「ん? どうした?」
「はい。玉座にいるあの男なのですが、私の父ではありません。上手く説明できないのですが……正確には、父のようで父ではないといえば良いのでしょうか? とにかく、私の知る父ではありません」
「ちょっとっ! どういうこと!? アタシが何年か前に〈魔法訓練所〉で会ったのは間違いなく大臣だったわよっ!?」
あの男とアミナの会話は成立している。ということは、アミナが過去に会っているのは目の前にいる男であることは確実だ。
となれば、それよりも前にあの男の身になにかあったと考えるべきだろう。
「メナス。先ほど過去を振り返っていたと言ったな? その中で父親になにか変化を感じられるようなことは無かったか?」
「そうですね……。これが変化と言えるのかはわかりませんが……ひとつ……あります」
ここでメナスの表情が曇る。なにか言いづらいことなのだろうと読み取れた。
無理に聞き出すことでもないと思い、俺は手で制する動きを見せたのだが、その必要は無いとメナスが首を横に振った。
「私は幼い頃、肉体や精神に対しての攻撃を父から受けながら過ごしていました。ですが……ある日を境にそれが皆無になったのです」
「ちょっと……それ、ほんーー」
メナスの言葉に反応したアミナだったが、ここは黙って聞いていてほしいとメナスが目で訴える。
「そのある日というのが、私がダリア様に〈武術訓練所〉で稽古をつけてもらっていた日でした。たしか……都に異変があったかなにかで、突然私たちの目の前にクリード様が転移してきたのを覚えています。恥ずかしい話ですが、憧れのクリード様がいきなり現れたもので、私は頭が真っ白になり固まってしまいました」
「あらあらっ、メナスにも可愛いとこーー」
アミナよ、人の話を黙って聞けないのか。
自分から気付いたようで、アミナは小さな声で『ご、ごめん』と言いながら両手で口を塞いでいた。
「固まっていたとはいえ、断片的ではありますがクリード様とダリア様の会話を覚えています。普段感じない魔力を感じた、この世界が動き出す、そんな会話をしていました。今思えばその日から父が変わったように思います」
世界が動き出す。クリードがそう発言するということは〈秩序〉が関係しているのか?
だとしたら今回の件、ただ傍観するだけでは済まないだろう。
「それと、これは父の変化とは関係無いことかもしれませんが、クリード様が転移してくる前、普段感じない魔力を感じた影響からなのか、ダリア様が少し変……というか取り乱していた様子でした。そして私の亡くなった母のことを聞いてきまして……。あの時あまりにも突然だったので不思議に思ったことを覚えています」
なるほどな。メナスが幼い頃から魔力を感じ取れていれば流れは違っていたはずだ。
「レイン様、今の話は役に立ちますでしょうか?」
「ああ。十分過ぎる収穫だ。しかし、メナスの母親の話だが……単にダリアが動揺を隠すために咄嗟に出したもので、そこまで不思議に思うようなことでは無いと思うぞ?」
「そ、そうでしたか。私はてっきりなにか意味があるものだとばかり思っていました」
そう。この話で重要なのは彼女の母親のことではなく、『魔王』の血族であるダリアが取り乱すほどに感じた『魔力』だ。
しかし、この話を聞いていた〈ライ〉という男だけは、俺たちとは違う感情を剥き出しにしていたのだった。
ライという男は何者なのか……!?
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