動き出す野望
「さて、今日も都へ行って民たちと酒でも飲むとするか」
そう言って、上下が一続きになった群青色の法衣を纏い屋敷を出る男。
三十代半ばくらいで白銀で短髪。顎には白銀の髭を貯えていて、身長は男性にしてはかなり低く、額から右頬にかけて切り傷のような痕がある。
バルデス・エルフォート。クリーディアの大臣であり、メナスの父親だ。
都が『十五年祭』で大きく賑わっているのをいいことに、この男は連日のように民たちと酒ばかり飲んでいた。
(正直なところいい気はしないが、これだけ毎日浴びるほど酒が飲めるからな。民たちからの信頼を得るには絶好の機会だろう)
バルデスがそう思案しながら歩いていると、前方に人影が射した。
彼の屋敷は都の中心部からやや離れたところにあるため、日中でも人通りがほとんどない。
(都の民……ではないな。何者だ?)
漆黒の外套を纏っていて、頭部までも覆い隠して顔も見えないくらいのその人影は少しずつバルデスに近づいてくる。
警戒するバルデスと擦れ違う瞬間、その歩みを止め不敵な笑みを浮かべて耳元で言った。
「ふふっ、エルフォリアという国はここかしらぁ?」
その声から女性だということはわかったが、それ以上に異様な冷たさを帯びた言葉に対しバルデスは震え、足を止めざるを得なかった。
「こっ、ここはクリーディアだ……。そのような名前の国は……知らん……」
「あらぁ〜? アナタがこの国の王様ではなくてぇ〜? ワタシの勘違いだったかしらぁ?? ねっ、エルフォリア国王のバルデス・エルフォートさんっ?」
甘ったるい口調ではあるが、その声は低く重くとても冷たい。
バルデスは動けずにいた。しかし、それは恐怖からではなく、彼女の発した言葉の意味を理解していたからこそ動けなかったのだ。
「き、貴様っ……何者だっ!?」
このバルデスの言葉で彼女から不敵な笑みが消え、同時に周囲の大気が激しく震え出した。
「キ・サ・マ……ですって?」
(あぁ〜っ!! ダメダメっ! 気付かれちゃうわっ!)
瞬時に冷静になり、んんっと軽く咳払いをして彼女は続けた。
「この国を取り返したいと思うのならぁ〜、黙ってワタシと一緒に来ることをオススメするわよぉ〜?」
彼女の言葉に対し、バルデスに考える時間はまったく必要なかった。
「よろしく頼む」
即答だった。バルデスは漆黒の外套を纏った彼女に手を差し出す。
しかし彼女は差し出された手には触れず、足元に移動系魔法の〈瞬間転移〉の魔法陣を展開した。
そして二人は魔法の光に包まれ消える。
日中でも人通りがほとんどないので、もちろんこの二人のことを目撃した者などいなかった。
同刻、〈武術訓練所〉演習場内ーー
ダリアに魔法が使えないのかと問われ、少し弱気な表情を浮かべるメナス。
「や、やはり、魔法が使えなければ護衛軍になるというのは難しいことなのでしょうか……?」
「んん〜、どうかしらね? 護衛軍の試験内容は私も知らないのよ。だから魔法が左右されるかはわからないけれど、メナスなら絶対大丈夫よっ! そのために私が稽古つけてるんだからっ!」
「はっ、はいっ!! いつもありがとうございます!!」
またメナスの表情に輝きが戻る。
その時だった。一瞬だけ大気が震えたのをダリアは感じ取ったのだ。
(えっ!? 今の魔力……まさか。いや、一瞬だけだったし、気のせいよね。う〜ん、でもあの魔力は……)
ブンブンと首を横に振っているダリアを、メナスが不思議そうに首を傾げながら見ていた。
その視線に気付いたダリアは、慌てながら言葉を返す。
「ご、ごめんねっ! ちょっと余計なこと考えちゃったのっ。そ、そ、そういえば、ミラー……じゃなくて……ミ、ミ……そう! ミレイユのことはどう聞いてるのっ??」
明らかに動揺しているダリアであった。
しかも、突然メナスの母親のミレイユの話を持ち出すとは。
「母ですか? 流行病で命を落としたと聞いております」
メナスのこの発言が、動揺していたダリアを冷静に戻してくれることになるとは、ダリア自身思ってもいなかったが、結果的にダリアの持ち出した話で大きく流れが変わることになる。
(……流行病? なにを言ってるの? この子はバルデスからなにを聞かされて今まで生きてきたの? 魔法が使えない血族? 流行病で命を落としたぁ? そして自らの子を虐待? ふざけるのもいい加減にしなさいよね? あぁ……ちょっと待って……抑えてる魔王のチカラが……うぅ〜……堪えるのよ、堪えるのよ私っっ!!)
「突然どうしたのですか? ダリア様が私の母のことを聞くなんて」
(でもダメよ。私はクリードの妻としてここにいる。このチカラは決して表に出してはいけない……っ!)
「う……うぅ〜……っ!」
「……ダリア様? お身体の具合が悪いのですかっ!? ダリア様っ!!」
メナスは魔法を使えない。それに魔力を感じ取ることもできないメナスは、ダリアから漏れている大きな魔力に気付くはずもなく、チカラを制御しようとして唸っているダリアのことがただ体調不良のように見えてしまっているのだ。
「お、お医者様っ! お医者様のところへ行きましょう!! ダリア様、私の背中にっ!!」
その時、演習場内にて魔法陣が出現した。
その魔法陣が光り輝くと同時に声が聞こえてきた。
「大丈夫だ、メナス。コイツは具合が悪いどころか、逆に元気過ぎるくらいだ」
銀色の外套を纏った碧眼の男。
移動系魔法〈瞬間転移〉で現れたのはダリアの夫、そしてこのクリーディアの国王であるクリード・アールスヘイムだった。
「あ……あな……た……」
「ク、クリード様っ!?」
メナスが敬礼するも、クリードは良い良いと手で断りを入れ、その手でダリアの頭をポンポンと二度撫でた。
「よう。ずいぶんと元気じゃないか。最近は元気なかったもんなあ? はっはっは!!」
この元気というのは体調のことではない。
普段、魔王のチカラを抑えているから元気ではないとクリードは言っているのだ。
ダリアはクリードの出現に安心したようで、漏れていた魔力が瞬時に消えた。
「あなた、どうしてここに?」
「どうしてって、お前なぁ……。普段感じない魔力を感じたら、この国の王として動くに決まってるだろう? ましてや、お前の魔力だったのならなおさらだ」
「ごめんね、ちょっと昂っちゃって……。でも、どうして私のところに? 少し前にもうひとつの魔力を感じたでしょう?」
漆黒の外套を纏った謎の女性。その女性が一瞬だけ大気を震わせた。その魔力をクリードが感じ取れていないわけがない。
「ああ。もちろん感じたさ。そしてそこにすぐ転移した。しかし、もうそこには姿が無かったのだ。その魔力を追えないようにしっかりと隠蔽もされていた。その矢先にお前の魔力を感じたから飛んできた。それだけのことだ」
「ねえ、あなた。あの魔力って……」
「そうだな、まず間違いないだろう。この世界が動き出すかもしれんな」
ここまで話してクリードとダリアはハッと気付く。
そう。二人で話し込んでしまってメナスのことをすっかり忘れていたことに。
しかし、メナスもメナスであった。
一日でも早く槍を覚え、クリード様をお守りしたい。そんなクリードがいきなり自分の目の前に現れたのだ。
あまりの不意打ちに緊張し、固まってしまっていてクリード夫妻の会話などまったく耳に入っていなかった。
「もう大丈夫だな? 私は城に戻っているぞ」
「ええ、ありがとう。今日は話したいこといっぱいあるから付き合ってね?」
「わかった。葡萄酒をたくさん用意してもらうよう、使用人に伝えておくよ。メナス、稽古の邪魔してすまなかった。お前の成長を楽しみにしているぞ」
そう言ってクリードはメナスに軽く手を振り、城へと転移するが、メナスはまだ固まっていた。
「メナス? お〜いっ、メ・ナ・スちゃ〜んっ?」
「ク、ク……クリード……様? へっ? ダリア様? いっ、今、クリード様がここにっ、、ここにおられましたかっ??」
「ちょっとお〜、あなたしっかりと敬礼してたじゃない」
「へっ!? 私がクリード様に敬礼を!? あぁ……なんということでしょう……!!」
(え、この子、無意識に敬礼してたの? すごいわね……。でも、私たちの会話がまるで入っていないのが不幸中の幸いってところかしらね)
「よしっ! 決めたっ!! メナス、あなたが護衛軍、それも第一護衛軍であの人の側近になれたのなら、その時は私のこの槍をあなたにあげるわっ!」
満面の笑みでダリアはメナスにそう告げた。
しかし、メナスはまだ我に返っておらず、ダリアの話もまともに聞いていない様子だ。
「この槍はね〈ディルクライン〉って名前でね、ちょっと特別な槍なの。きっと未来のあなたに役に立つと思うわっ」
(正式名称は〈魔槍ディルクライン〉なんだけどお……今は黙っておきましょっ)
「こぉ〜らっ! 聞いてるのっ!? いつまで浮かれてるのっ! さあっ、はじめるわよっ!!」
「はっ、はいっ!! よろしくお願いいたします!!」
演習場の開けた天井から見える空は今日も快晴だった。
次回から現在編、一人称に戻ります!!
今回はなかなかに内容が濃かったのではないでしょうか!?
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