切磋琢磨
「どうだ? 落ち着いたか?」
「うん、もう大丈夫! 演習場に行きましょう」
そうして〈武術訓練所〉の小さな休憩部屋から演習場へと向かうメナスとヴィンス。
だが、肝心なところは解決していなかったのだ。
そう。大臣バルデスの人格だ。
家では自身の娘を平気で殴る鬼のような男。外では民たちと酒を酌み交わし豪快に笑っている社交的な男。
どちらが真物なのか。
あるいはそのどちらも彼なのか。どちらでもないのか。
考えたところで答えは出ない。そう思ってか互いにそのことには触れず、演習場へと続く扉を開けた。
都では『十五年祭』ということもあり、クリードを祝う者たちばかりで訓練所には誰も足を運んでおらず、貸切のようなものだった。
「そういや、メナスはなんで剣じゃなくて槍なんだ?」
「ヴィンスこそどうして弓なの? 人に聞く前に、まずは自分のことを話してからでしょう?」
質問を質問で返されてしまった。
メナスの言っていることは間違っていないと、ヴィンスの心にグサッと矢が刺さったような気がした。
「俺はさ、クリード様の近くじゃなくて遠くからお守りしたいなと思ったんだよ。だから飛び道具の弓を選んだんだ! あとは……自分で鹿を狩って、美味い肉が食いたいなって思ってさっ!」
そう言いながらヴィンスは垂れそうな涎を啜る。
「そうなのね! それじゃあ、いつか私にも美味しい鹿肉を食べさせくれる?」
「おうよっ! 約束するぜっ!! それでメナスは?」
するとメナスは自身の槍をクルクルと回し、彼の鼻先にシュッとその穂先を突き出した。
その綺麗で素速い彼女の所作は見惚れてしまうほどだ。
「ダリア様のようになりたい。私にとってダリア様は憧れなの」
争いのない平和な時代ではあるが、ダリアの槍術はクリーディアでは彼女の右に出る者はいない。
クリーディアに住まう者ならば誰でも知っている。
「わかる! ダリア様、めちゃくちゃカッコいいもんな!」
「それで私は絶対にクリード様の側近になるの! 絶対に!!」
「おいおい、側近って。その前に護衛軍……あっ!!」
護衛軍まで言いかけて、ヴィンスは本来の目的を思い出す。
今日はメナスに『とある報告』をするということをすっかり忘れていたのだ。
とても言える状況ではなかったといえば、言い訳になってしまうのかもしれないが……。
「聞いてくれ、メナス! 俺さ、〈予備軍〉の試験に合格したんだよっ!!」
〈クリード護衛軍〉はクリードに近い順から第一護衛軍、城内を警備する第二護衛軍、城外を見回る第三護衛軍、都を護る第四護衛軍、都の外、クリーディア周辺を警戒する第五護衛軍からなる部隊である。
そして、試験を受けその五つの部隊のいずれかに配属する見込みがある者が〈予備軍〉となれるのだ。
「そうなのっ!? すごいっ! おめでとう!!」
彼女は普段、はしゃぐような性格ではないが、この時ばかりは喜びのあまり大きく飛び上がってヴィンスの両腕を掴み、ブンブンと上下に振っていた。
「ありがとな! ようやく一歩前進だよ。でも、まだまだここからさ!」
ヴィンスがそう言うと、メナスは真剣な表情へと変わった。
「私も負けてられないわ。この先、どんな困難が訪れようとも私は絶対……絶対に第一護衛軍、そしてクリード様の側近になってみせる。この国のことを想っているのはクリード様の次に私なんだぁぁぁ!!!」
ヴィンスが〈予備軍〉になったことが着火材になったのだろう。
メナスからものすごい覇気が溢れ出している。
「さぁ、ヴィンス! 修行をはじめましょう!!」
「よっしゃ!! やりますか……って、おい!!」
ヴィンスがそう返事している間に、メナスは自身の槍の穂先を彼の喉元に突き刺していた。
(おいおいっ……油断も隙もないってか!?)
瞬時にヴィンスは後ろへ飛び退く。
飛び退くと同時に三本の矢を射るが、メナスは槍をクルクルと回転させ、いとも簡単にその矢を弾く。
「やるじゃねぇか! なら……これならどうだっ!!」
そう言ってヴィンスはダンッと地面を蹴り、素速くメナスの懐へ入り込む。
グッと体勢を低くし、矢ではなく自身の拳でメナスの脇腹を狙っていた。
この拳が彼女の脇腹に当たるのは必至。
そのはずだったのだが、ヴィンスはその拳で打撃せずに当てる寸前で止めた。
否、止めたのではない。止めざるを得なかったのだ。
懐に入り込むヴィンスの速さもなかなかだが、対するメナスも素速い身のこなしで彼の頭部に槍の穂先を向けていた。
当てる前にやられる。それにヴィンスは気付き、自身の拳を止めるしか無かったのだ。
そして二人は距離を取り、互いの次の一手のために構えなおし、両者が見つめ合う。
見つめ合った時間、約三秒。
「ふふっ」
「はははっ」
なにか笑ってしまうような面白いことがあったわけではない。
メナスはこれから先の自身に対しての期待に胸が躍り、ヴィンスは彼女の成長の速さを喜んでいて、意味は違えど二人は同時に微笑んだのだった。
演習場の開けた天井から見える空は快晴。
この日、二人は日が暮れたことも気付かないくらいに切磋琢磨していた。
ーーそれから数日後の〈武術訓練所〉演習場内。
メナスが待ち望んでいた日がついに来た。
そう。ダリア・アールスヘイムとの実戦形式での稽古の日だ。
(ついに……ついにこの日がっ!!)
いよいよクリーディア随一の槍の使い手であるダリアと槍を交えられるということで、メナスからは笑みと覇気が溢れていた。
しかし、笑顔である彼女の顔には、度重なるバルデスの虐待によって出来た傷が複数あり、とても整った顔ではない。
(ヴィンスとの修行の成果をダリア様にっ!)
胸が躍る彼女の眼前に、〈瞬間転移〉で移動してきたダリアの姿が映る。
メナスは腰を折り片膝を地につけ、胸に手を当てた。
「おはようございます、ダリア様。お待ちしておりました」
メナスの堅苦しい所作に呆れ顔のダリアだが、何度言っても変わらないのでこればかりはダリアも観念したようだ。
ダリアは微笑んで挨拶を返そうとするも、傷だらけのメナスの姿に気付く。
「おはよう、メナス。ねぇ、全身傷だらけじゃない。どうしたのよ? まさか、そんなに怪我するくらい修行に励んでいたの?」
少し甘ったるい口調で、冗談半分のつもりでダリアは言った。
「……はっ、はいっ! 来るべきダリア様との実戦形式の稽古の日に備え、〈予備軍〉となったヴィンスと互いに切磋琢磨しておりました!」
メナスは目を輝かせそう言うが、彼女の実力からしてヴィンスと少し遣り合ったくらいでこのような怪我を負うようなことは無いことくらいダリアにはわかっていた。
「そう。切磋琢磨することは良いことだけれど、あんまり無茶したらダメよ?」
「はっ! ダリア様のお心遣い、感謝いたします!」
(う〜ん、やっぱり肝心なところは言ってくれないのね……)
ダリアが思う肝心なところとはバルデスのことだ。
しかし、こちらから問うたところでメナスは答えることは無いだろう。
なぜなら、彼女がそんな目をしているからだ。なにかが吹っ切れたような、強い意思のようなものを感じる。
だからダリアからは詮索しないでおこうと思った。
「始める前に、その傷。女の子なんだから、カラダは大切にしなきゃね?」
そう言いながらダリアは左の手のひらに魔法陣を展開し、その魔法をメナスに向け発動させた。
ダリアが行使した魔法は回復系魔法の〈傷毒治癒〉だ。
メナスの全身が淡い緑の光に包まれ、そのカラダに刻まれていた傷が次第に消えていく。
(気にしたこと無かったけれど、この子からまったく魔力を感じられないわね……いったいどうなっているの?)
この時ダリアは、これもバルデスの仕業だとすぐにわかったが、バルデスの思惑が不明瞭である以上、この件はクリードに相談することにした。
「ありがとうございます、ダリア様。私に魔法が使えたのなら、こうしてダリア様の手間を取らせるようなことにはならなかったのですが……」
「ううん、いいのよ。回復系魔法が使えない人なんて、たくさんいるもの」
ダリアのこの言葉を聞いて、否定するようにメナスは首を横に振った。
「い、いえっ……そういうことではなく、私は魔法そのものが使えません。もし私に魔法が使えたのなら、そもそもこのような事態になっていないのですっ!!」
(なにを言ってるの? この子はエルフォートの血よ? 天と地がひっくり返っても、魔法が使えないなんてあり得ないわっ!?)
「魔法そのものが使えない……ですって?」
「はい。私が幼い頃に、我がエルフォート家は生まれつき魔法が使えない血族だと父から聞いています」
(う〜ん……たしかに、この子の性格を考えると小さい頃に親からそう言われていたら、疑いもしない……わよね。だけど……)
メナスのこの一言がきっかけとなり、バルデスがなにかを企んでいるかもしれないという疑惑が確実なものに変わった瞬間であった。
久しぶりの更新となってしまいました。。
バルデスの企みとは……!?
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