ヴィンスの誓い
父バルデスに殴り飛ばされ、亡き母親のことを想う少女メナス。
ミレイユ・エルフォート。それがメナスの母親の名前である。
一昔前、世界は未曾有の病原菌が発生し、大勢の命がその病原菌によって失われたらしい。
なぜ『らしい』なのかというと、歴史書にはそのような事実は記されていないからだ。
流行病は手の施しようが無く、ミレイユもその時に命を落としてしまったとバルデスから聞かされたのは、メナスがまだ四歳の頃であった。
(私は……クリード様をお守りするために……護衛軍になるためにダリア様から槍を教わっているだけなのに……どうして……どうしてっ……)
「どうだ? 自分の無力さを痛感したか? お前はただの『厄介者』だ。お前が誰かを守るって? ふっ。笑わせるな。そんな夢は寝てから見るんだな」
そう言ってメナスに向けぺッと唾を吐き捨て、バルデスは屋敷へと戻っていった。
なにも言い返せない自分が不甲斐ない。しかし、どうすることもできず、悔しさばかりが込み上げてきてメナスは唇を強く噛む。
しかし、どんなに酷い仕打ちを受けたとしてもメナスはバルデスのことを憎めなかったのである。
彼女にとって血の繋がった唯一の家族だからなのかもしれない。
ーー数日後、メナスの屋敷に一人の男が訪ねて来た。
訪ねて来たというより、『とある報告』ついでに遊びに来たというほうが正しい表現だろう。
「おいっ、どうしたんだよ、その顔!? 誰にやられたんだよ!?」
顔を合わせるなりいきなりそう言ってきたのは、彼女の幼馴染であるヴィンス・リアーノだ。背中には弓が備えられている。
彼はメナスよりもふたつ年上で、十六歳。十五歳を過ぎているため、この世界では『一人前の大人』という括りになる。
「ううん、大丈夫よ、ヴィンス。庭で槍を振るってたら怪我しちゃって」
先日、バルデスに殴り飛ばされた彼女の右頬は青紫色に腫れ上がっていたのだ。
「怪我だって!? なに言ってんだよ! ただ槍を振り回してたくらいでそんなに顔が腫れるわけねぇだろうが!?」
「ただ転んじゃっただけ。ほんとうに大丈夫だから」
そうは言うものの、メナスの表情は引き攣っていて、とても『はい、そうですか』などと言える状況ではないことくらい幼い頃から共に過ごしてきたヴィンスにはわかっていた。
「親父さん……なんだな?」
このヴィンスの問い掛けにメナスは答えない。
ここで頷いてしまったら、ヴィンスにも怪我を負わせてしまうかもしれない。
しかし、首を横に振ったからといって、どちらにせよバルデスの仕業だと彼は思うだろう。
「ほんとうに……大丈夫……だから。……心配してくれてありがとう」
メナスは微笑んでそう言うが、その直後に俯き唇を噛んでいる彼女の姿をヴィンスは見逃さなかった。
(くそっ……俺にもっとチカラがあればメナスを守ってやれるのにっ……!!)
「それで、今日はどうしたの? ただ遊びに来たってわけでは無さそうだけど」
直前までの会話が無かったかのように、メナスが笑顔でヴィンスに問い掛ける。
(メナスがこんなんじゃ、とても言えねぇよ……)
彼の一番の目的は『とある報告』だったのだが、メナスの怪我を見てしまっては言えるような雰囲気ではなく、必死に別の目的を考える。
しかし、彼女の青紫色に腫れ上がった顔が気になってしまってヴィンスの頭は回らず、答えに詰まってしまった。
返ってこないヴィンスからの答えに不思議そうに首を傾げるメナス。
そこでメナスは閃いたかのように「あっ! そうだ!」と、手をポンッと鳴らしヴィンスに提案する。
「ねえ、ヴィンス! これから〈武術訓練所〉に行って、一緒に修行しない?」
「修行だって!? その怪我でなに言ってんだよ!!?」
「だから、大丈夫だって言ってるじゃない! ねっ! 行きましょうよ!!」
満面の笑顔で目をキラキラと輝かせるメナスに、どうしてそんなに前向きでいられるのかと理解に苦しむヴィンスだったが、彼女の心中は彼女にしかわからない。
この時ヴィンスは、彼女の笑顔を無くさないようにと、〈クリード護衛軍〉のことを真剣に考えるようになったのだ。
まだなにも返事をしていないヴィンスだったが、半ば強引にメナスが彼の体を引き摺るような形で都のほうへと向かうのだった。
そして二人が〈武術訓練所〉にそろそろ到着しようかというところ。
都ではクリードが国王の座に就いて十五年の『十五年祭』で大きく賑わっているが、そんな中に軽く人だかりになっているところがあった。
「なんだろうな? 珍しい見せ物でもやってんのかな? メナス、ちょっと行ってみようぜ!」
近付いてみると、その人だかりの正体は酒盛りをして騒いでる民たちのようだ。
そしてその中心には、「がはは!」と豪快に笑って民たちと酒を酌み交わしているクリーディアの大臣、バルデスの姿があった。
(……お父……さん……)
(親父さんかよ……)
二人の反応は同じものであった。
メナスのことを考え、その場から早急に立ち去ろうとヴィンスが彼女の手を引いたが、民のひとりがメナスの存在に気付き声を掛けてしまう。
「おお! メナスちゃんじゃないか! もしかしてバルデスさんと待ち合わせかい?」
「あ、いえ……ははっ。こ、こんにちは」
メナスは民たちに作り笑顔を見せ頭を下げるも、その体は後退りしていた。
こうなってしまった以上、我が娘の存在にバルデスが気が付くのは至極当然である。
案の定、麦酒を片手にしたバルデスがメナスの側まで来た。
「おお、メナス! どうしたんだ? 買い物にでも来たのか?」
満面の笑みでメナスの頭をわしゃわしゃと撫でながら、バルデスはそう言った。
「いえ……ヴィンスと一緒に……修行を、と思いまして……」
修行など無意味なことだと言われるかもしれない。
しかし、父親に良く思われないとしても嘘はつけない。これがメナスなりの精一杯の返事だった。
「ほう、ヴィンスも一緒か! そうかそうか! 修行とは精が出るな! がははっ!!」
彼はそう言いながらヴィンスの頭もわしゃわしゃと撫でる。
「私の大切な娘だ。メナスのことをよろしく頼んだぞ、ヴィンス! くれぐれも怪我には気を付けるんだぞ! がははっ!!」
メナスの頭に手のひらを軽くポンポンと乗せたあと、バルデスは「がはは!」と豪快に笑いながら民たちの群れへと戻って行った。
それは、家での娘に対する父親の行動とはあまりにもかけ離れていた光景だった。
民たちは戻ったバルデスと酒盛りをしてまた騒ぎはじめた。
メナスやヴィンスのことを気に留める者など、もはやこの場には居なかったのである。
「メナス、と、とりあえずここから離れよう」
「え、えぇ……」
そうしてヴィンスがメナスの手を引いてその場を去り、〈武術訓練所〉までやってきた。
そのまま二人は訓練所内にある、小さな休憩部屋に入った。
大切な娘だと大臣は言った。その言葉にヴィンスは疑問を抱いていた。
ここはハッキリさせるべきだ。彼女に腹を割って話してもらおうと、彼が口を開く。
「メナス、正直に答えてくれ。その怪我、親父さんにやられたんだろう?」
メナスはヴィンスからの問いに唇を噛みながら無言で頷く。
わかっていたことだが、いざ肯定されると少し戸惑ってしまう。
「最近の話じゃないだろ? ずっと昔からそうだったんだろ!?」
ヴィンスは幼馴染だ。幼い頃からずっと時間を共にしてきた。
遊んでいる時に無かったはずの傷が、いつの間にか増えていることもわかっていた。
でも、ヴィンスにはどうすることも出来なかった。声を掛けることも。
自身の無力さに彼もずっと悩んでいたのだ。
「私……どうしたらいいかわからなくて……家に居るお父さんと、外でのお父さんがまるで別人みたいで……」
メナスの目には涙が滲んでいる。
家では平気で娘を殴るような父親が、外ではそんな素振りも見せずに笑顔で頭を撫でてくるのだ。
それでは誰だってわからなくなるだろう。
「そう……だったんだな。俺は外での親父さんしか知らないからよ……」
「私はただ……クリード様をお守りするために……護衛軍になるためにダリア様から槍を教わっているだけなのよ? それなのに……どうして……どうして『厄介者』なんて言われるのっ……!?」
(どれだけ辛い思いをしてきたんだメナスは……。厄介者なんて親が子に言うもんじゃねぇだろ……どこが『大切な娘』なんだよ……)
泣き崩れるメナスと『厄介者』という言葉に衝撃を受けたヴィンスはなにも言えず、彼はただ黙って胸を貸すことしか出来なかった。
それから数分後ーー
「ありがとう、ヴィンス。思いっきり泣いてスッキリした!」
スッキリしたとは言うものの、泣き過ぎてボッコリと目が腫れているのと青紫色に腫れ上がった頬のせいで、とてもスッキリしているように見えないのは仕方ないだろう。
「そうか? それなら良かったよ。これからはお互いになんでも言い合えるように、助け合えるようにしていこうぜっ!!」
満面の笑みで「うん!」と返すメナス。
この笑顔を見たヴィンスは様様な思いがより強固なものとなり、そして、メナスをもう二度と泣かせまいと心に誓った瞬間でもあった。
大切なのは、なんでも言い合える存在……!!
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