幼き日のメナス
今回から少しの期間、三人称となります。
二十年前、首都クリーディアーー
クリードが国王の座に就いて十五年というこの年は、民たちがそれを祝うべく、都には多くの露店が立ち並んでいた。
ひとたび都を歩いてみると、朝から晩まで『クリード様に栄光あれ!』などという言葉が至るところから聞こえてくる。
それはまるで祭りかのようにクリーディアが大きく賑わっていた。
そんな都の賑わいをよそに、〈武術訓練所〉演習場内でのこと。
土で形成された円形の広場の中心で、ふたつの影が動いていた。
「たああぁぁっっ! やあぁーっっ!!」
気合の掛け声を発し、槍を振るっている白銀のショートヘアの少女。
彼女の名前はメナス・エルフォート。
このクリーディアにおいて栄誉ある職務、〈クリード護衛軍〉に就けるよう修行をしているのだ。
「ダメよ! それではチカラが逃げてしまうわ。もっと脇を締めなさい!! 姿勢を意識するの」
メナスにそう指導しているのは、優しそうな顔をした女性。
身長は女性の平均よりも少し低く細身、肩くらいまである青光りした黒い髪の毛は、彼女に稽古をつけることもあり後ろでひとつに束ねられている。
流れる長い前髪は、彼女の右眼を完全に隠していた。
その女性の名前はクリーディア国王、クリードの妻であるダリア・アールスヘイム。
「ほらっ、構えて! やり直しよ!!」
「はっ、はいっ!!」
そうして何度も繰り返す。
基本動作ばかりを日が暮れるまで何度も、何度も。
「お疲れ様! よく頑張ったわね。今日はここまでにしましょう」
ダリアから終了の声が上がったが、メナスの表情は少し曇っていた。
「メナス? どうかしたの?」
「い、いえっ……その……」
「んん〜? どうしたのよ? なにか思ってることがあるなら、ちゃんと言ってくれないとわからないわよ?」
少し甘ったるい口調でダリアはメナスに問う。
(ふふっ。育ち盛りだもんね。もっとやりたいって言うんでしょうね、きっと)
「もう少しだけでいいので、ダリア様のお時間を私にいただけないでしょうか!? 一日でも早く槍を覚え、そしてクリード様をお守りしたいのです!!」
汗を拭いながらそう言ったメナスの目は真剣そのものだ。
よほどクリードを尊敬しているのだろう。
「もう少しだけなんて、ほんとうにメナスは謙遜するのね。あなたらしいわね。まだまだ教えてあげてもいいんだけど……あんまり帰りが遅くなっちゃうとバルデスが心配するでしょう?」
ダリアのこの言葉に対しメナスは下唇を軽く噛み、俯いた。
「いえ……父は私のことなど『厄介者』としか思っていませんので……帰るのが遅くなろうと問題はありません」
「なぁに言ってるのよ。あなたはまだ十四歳よ!? 心配するに決まってるじゃない!」
なにをするにも年齢制限という概念は無いのだが、十五歳から一人前の大人というのがこの世界の共通認識である。
(厄介者かぁ。やっぱりバルデスはまだあのことを……)
ダリアにはなにか思い当たる節があるようだ。
しかし、メナスはまだ幼い。クリード護衛軍になるべく修行に打ち込んでいる彼女に、余計なことを言ってしまえば頭が混乱してしまうだろう。
ダリアはメナスのことを思い、言葉を呑んだ。
「よしっ! じゃあ、今日はもうちょっとだけやろっか!」
ダリアの言葉が予想外だったのか、メナスは俯いていた顔をパッと上げ、目を輝かせていた。
「あ、ありがとうございます!!」
そして稽古が再開された。
この時ダリアは、城に帰ってからクリードに相談しようと決めた瞬間でもあった。
二時間ほど経過し、この日の稽古は終了した。
ダリアが〈瞬間転移〉でメナスを家まで送る。
「ダリア様、本日も私のために貴重なお時間をいただき、ありがとうございました!!」
そう言って片膝を地につけ、胸に手を当てるメナス。
そんなメナスの行動に苦笑いをしながらダリアは言葉を返す。
「もお〜。そんな堅苦しくしなくていいって毎回言ってるじゃない」
「いえ、ダリア様はクリーディア国王であるクリード様の奥方様。私のような身分の者には、砕けた態度など決して許されることではありません!」
(身分……そっか……。そうよね。それがこの世界の『普通』だものね……)
彼女に『この世界』のことを言ったところで理解されないだろう。
またダリアは言葉を呑むしかなかった。
「メナスの忠誠心には骨が折れるわね。でも、この国を『想ってくれて』ありがとう」
優しく微笑みながらダリアはメナスにそう言うと、「はっ!」と、また堅苦しくなってしまうメナスであった。
「次回からは実戦形式でやってみようね! それじゃあ、私は帰るわね」
「な、なんとっ……!! ダ、ダリア様と槍を交えられるのですかっ!? なんということでしょうか……ああ……」
このメナスの暑苦しい反応に、帰り際に言ってしまったことを激しく後悔するダリア。
両手で天を仰いでいる彼女を尻目に、ダリアは〈瞬間転移〉でこっそりと城に帰ったのであった。
しばらくして、クリーディア城の食堂内ーー
三十人ほど腰掛けられる長いテーブルには真紅のクロスが皺なく敷かれていて、等間隔に木製の椅子が並んでいる。
ガラスで装飾された豪華な電灯がふたつ天井から吊り下がっていて、食堂内を明るく照らせるようになっていた。
しかし食堂内は暗く、片隅で淡い光が灯った小さな円卓から男女の声が聞こえてくる。
「はっはっは! さすがメナスだ! 相変わらずのようだな」
「でしょう? でもそれが彼女の可愛いところなのよねっ」
休息の時間ということもあり、銀色の外套は纏っていないが、男の声の主は碧眼の男、クリーディア国王であるクリード・アールスヘイムだ。
女性の声はもちろんダリアである。
二人で食事をするときは、いつもこの小さな円卓で向かい合っている。
客人が居なければこうして食事をするほうが二人の距離も近く、よっぽど片付けが楽だからだ。
使用人には食堂は明るくして広いテーブルで食事を、と散々言われていたが、クリードとダリアはこのほうが落ち着くとのことで使用人を納得させた形だ。
食事は済んでいるようで、葡萄酒を飲みながら仲睦まじく語り合っている。
「それでね、もっとやりたいって物足りなさそうな顔でメナスが言うから、『帰りが遅くなったらバルデスが心配するでしょう?』って言ったんだけど、ちょっと気になる返事をしたのよ」
「ん? 気になる返事とは?」
「うん。自分は『厄介者』としか思われていないって言ったのよ」
ダリアがそう言って葡萄酒を口に運ぶ。
グラスが空になったのを見て、クリードは彼女のグラスに葡萄酒を注ぎ足した。
「なるほど。最近のバルデスは『あの頃』と違って、民たちからの信頼も厚くなっていると思ったが……」
「そうなのよ。もう『あの頃』から変わったと思ってたから、まさかとは思ったんだけど……」
「性格は変えられるものではないからな。やはり性根が腐っているとしか言いようがないだろう」
この時、二人の考えはまったく同じものだった。
そう。『面倒なことにならなければいいが……』、と。
同刻、メナスの家ーー
メナスの家は都の中心部からやや離れたところに構えられている。
クリーディアの大臣の家ということもあり、それなりに大きな屋敷だ。
しかし、その大きな屋敷は真っ白な石造りの外壁で囲われていて、周囲を拒絶するような閉鎖的な装いだった。
そんな外からは覗くことが皆無な屋敷の庭で、メナスは槍術の基本姿勢を反復していた。
ダリアから習い始めた頃よりも、素早く槍を振るえるようになった。
次の稽古からダリアとの実戦形式で槍を交えられるんだと、彼女はやや興奮している。
(なんと喜ばしいことか! ダリア様と槍を交えられるなんてっ!!)
高まる期待と興奮で気合の掛け声が大きくなっていた。
すると奥のほうから低い声が聞こえてきた。
「いつまでそんな無意味なことを続けているんだ?」
その男は三十代半ばくらいで、上下が一続きになった群青色の法衣を纏っている。
白銀で短髪、顎には白銀の髭を貯えていて、身長は男性にしてはかなり低く、額から右頬にかけて切り傷のような痕がある。
彼の名前はバルデス・エルフォート。クリーディアの大臣であり、メナスの父親である。
先ほどの興奮もどこへやら、バルデスの声を聞いただけで振るっていた槍を下げ、俯くメナス。
「無意味……などでは、あり、ません……」
「聞こえんな? 聞こえるように言ったらどうなんだ?」
そう言いながらバルデスはメナスの左耳を引っ張り上げる。耳が千切れてしまうのではないかという勢いだ。
(どうして……どうして私はいつもこんな仕打ちを受けなければならないんだっ……)
「どうした? さっきまで張り上げてた大きな声はどこへ行った?」
メナスの耳から手を離した次の瞬間、チカラを込めたバルデスの拳がメナスの右頬に飛んでくる。
躱す術もなくメナスはその拳をまともに喰らい、吹き飛ばされたその体は石造りの外壁に叩きつけられた。
(くっ……私が一体なにをしたって言うんだ……お母さん……お母さんに会いたいよ……)
はじめての三人称は新鮮で
とても良い刺激になりました!!
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