レインの悩み
レストラン〈バル・リアーノ〉のマスターであるヴィンス・リアーノは、幼馴染であるメナスとの再会を喜んでいた。
皆で麦酒を飲みながら語り、なかなかに盛り上がってきたところだ。
何度も厨房に麦酒を取りに行くのが面倒になったようで、マスターは麦酒の入った樽ごと俺たちの席に持って来た。
気付けば紅葉鍋も空になっていた。
すると今度は、獲れたての馬を捌いた、脂の乗っている部分の刺身を出してくれた。
生で食べられる馬肉。これを甘いタレのようなものに軽く転がし、薬味を乗せて食べる。
これがまた、なかなかに絶品だ。
皆の麦酒を飲むペースが加速していく。
アミナがマスターに声をかけるが、彼女の顔はほんのりと赤くなっている。
「マスターっ! さっきのメナスの話ってどんな話なのぉ〜??」
「おぅ、そうだな! コイツはな、あのバルデスさんの娘って理由だけでクリード様の近くに居るんじゃないか? とか、優遇されてる、不正があるんじゃないか? って、ありもしない話で周りからものすごく非難されてたんだ」
そもそも、クリードが大臣という立場を設けていたことが俺からすると疑問だがな。
「小さい頃から毎日のように俺とメナスは一緒に居たからわかるんだけどよ、優遇されるどころか、バルデスさんからは酷い仕打ちを受けてばっかりだったんだよ」
それを思い出したかのように、メナスは顔を俯けた。
しかし、拳は強く堅く握られている。色々なことに耐え、乗り越えてきたのが窺える。
クリードの前では善人を装っていただけで、今の姿が本来の大臣なのだろう。
「あんたらがメナスとどれだけの関係かは知らんけど、コイツはとにかく頑固で負けず嫌いなところがあってよぉ。この国のことを想っているのはクリード様の次に私なんだぁぁぁ!!! って。なっ? メナスっ」
「えぇ。その気持ちは今も変わっていない。だから私は必死に槍を覚え、誰にも負けないよう日々、鍛錬に励みました」
マスターがグビグビと、勢い良く麦酒を飲む。
「そんで、その結果がよぉ、本当に自分のチカラだけで頂点まで行っちまって、クリード様の一番の側近になったんだもんなっ! ははっ、あん時はマジでビビったぜっ!!」
「へぇ〜っ。メナスってそんなにすごかったのねっ! ただのお堅いだけの槍使いさんなのかと思ってたわぁっ!」
「はぁっはっはっ!! アミナちゃん、そりゃあ違うぞ? お堅いところは否定しないけどよぉ、コイツの槍の実力を侮っちゃダメだ!」
二人は盛り上がり、麦酒を飲むペースがさらに加速していく。
メナスが少しばかり震えていように見える。
皆からお堅いと言われ、きっと虫の居所が悪いのだろうな。
メナスはクイっと麦酒を呷った。
こればかりは性格だからな。変えようが無い。
彼女が困ったような表情で俺に訴えてきた。
「レイン様……どうか、私をフォローして頂けないでしょうか?」
「ん? あぁ、そうだな。この国を想っているのはクリード亡き今、メナス、お前が一番なんじゃないか?」
俺の言葉でマスターの麦酒を飲む手が止まる。
一瞬、店内に静寂が訪れた。
「兄ちゃん、い、今、クリード様が亡くなられた……って言ったのかっ!?」
「あぁ、そうだ」
「ヴィンス、私がレイン様を連れ、ここに戻って来たのがその証拠。クリード様はもう……」
「レイン……様……? おい、メナスっ、この兄ちゃんはもしかしてっ!?」
俺は〈化粧隠蔽〉を解除し、マスターに碧眼を見せる。
マスターが俺の眼を見て状況を理解するまでに、まったく時間はかからなかった。
皆と違い、驚く様子はない。
名前や姿を知らずとも、きっと俺の存在を知っていたのだろう。
「私がクリーディアに戻ってくるとはどういうことか、ここを離れる時に幼馴染であるあなたにはきちんと伝えたはず。忘れたのですか?」
「いや……忘れてなんかないさ……。でもよぉ、嘘であってほしいと思ったから、クリード様が亡くなられたとメナスの口から直接聞くまでは決め付けるのはやめとこう……って思ってたんだよ……」
クリードの死を受け入れ、哀悼の表情をしている二人。
そしてマスターは俺の容姿を再度確認する。
「この少し青光りしている黒髪に、この碧眼。これじゃあ疑いようがないもんな。受け入れるしかないか……ははっ……」
俺のこの黒髪はきっと母親譲りなのだろう。
母親と同じ黒髪、クリードと同じ碧眼。その両方を持っていたら俺のことを疑う余地は皆無だ。
そして俺たちはこのタイミングで、ここに来るまでの経緯や思いをマスターに話した。
話の中で一番驚いていたのは、メナスが魔法を使えなかったことだった。
最近の大臣に対して、マスターも良くは思っていなかったらしい。
その流れで、俺が国を解放するという考えにとても興味を示していた。
気付けば麦酒の樽も空になろうとしている。
明日に備えて切り上げようかと思っていたところで、アミナがグラスをダンっと叩きつけて言った。
「ねぇっ、ちょっと待ってっ!! 明日の作戦会議するんじゃなかったのっっ!?」
「そうでしたね。レイン様、明日はどのような作戦をお考えなのでしょうか?」
彼女たちは俺の作戦を聞こうと真剣な表情になった。
そんな二人に対し、俺は即答した。
「作戦だと? そんなものは無いぞ?」
まずはアミナ。言うまでもないが、得意の顔になっている。
次にメナス。アミナと同じ表情になっている。
ついでにマスター。マスターも二人の表情をふざけて真似をしていた。
「はあぁ〜っ? なによっ!? まさか、なにも考えて無いとか言うつもりなのっっ!?」
「レイン様は城門前で、出直して作戦会議をするとおっしゃっていましたよね?」
「あぁ、あれか? あれはただの口実だ」
俺の返しが予想外だったのか、言葉が出ない二人。
「ああ言っておけば、俺たちがなにか仕掛けてくるのではないか? と、バルデスが警戒するとは思わないか?」
「う、うん……」
「は、はぁ……」
あからさまに二人は肩を落としている。
なんだ? 作戦会議とやらに胸を躍らせていたのか?
わからぬ。やはり言葉というのは奥が深い。
「なに、俺は三度、忠告した。それでも出て来ないのならば、結界で覆われたあの城ごと消し飛ばせば良いだけのこと。それが作戦だ。どうだ?」
「どうだって……そんなの作戦って言わないわよっ。ただの強行手段じゃない……」
「レイン様なら本当にやってしまいそうですね……」
なんだ? 消し飛ばすと聞いて胸が躍らないのか?
これは男だからなのか? それとも……。
「ホント……あんたって規格外よねっ」
なるほど。男だからとかではなく、俺が規格外だからなのか。
そこの境界線はきっと紙一重なのだろう。難しいな。
「というわけだ。明日に備え、そろそろ体を休めるぞ」
「そうねっ、レインの勢い余った攻撃に間違っても吹っ飛ばされないように備えとくわっ!!」
「アミナ、良いことを言ってくれた。チカラの加減には十分注意しないと〈魔法訓練所〉のような、うっかりがあるかもしれんからな。ありがとう」
「いや、あんたから礼を言われると……なんか気持ち悪いのよね……」
またか。どうしろと言うのだ。
普通に礼を言っているだけだと思うのだが。
「ふふっ。レイン様の口調でお礼を言われると、なんて言うんでしょうか……ギャップがありすぎて困惑してしまうのかと思われます」
ギャップだと? メナスは、アミナが言うこのオッサンくさい喋り方のことを言っているのか?
「レイン、あんたホントに自覚が無いみたいねっ。あんたの喋り方、上からというか、自信たっぷりな感じで威圧的なのよ」
威圧的だと? ますます理解が出来んぞ?
確かに自信には満ち溢れているが、それと礼を言うのに、なにが関係あるのだ?
「では、なんだ? 俺は礼を言わないほうが良いのか?」
「いやいやっ、そういうことを言ってるわけじゃないのよっ! あのねぇ〜……どう言えばいいんだろ? う〜ん……」
「そうですね……レイン様の柄ではない、というのが適切な表現かもしれませんね」
柄だと? どういうことだ?
礼を言うのに、柄も関係するのか?
というか、柄とはなんだ?
これに答えはあるのか??
この先、旅をすることで俺は理解出来るようになるのか??
「どうやら、お前たちの言葉を理解するにはまだ経験が浅いようだ。だが、それをお前たちは今ここで気付かせてくれた。ありがとう」
静まる店内。
時間にして三秒だが、十秒はあったのではないかと思うくらい長い静けさを感じた。
クスクスとメナスが笑っている。
ゲラゲラとアミナが腹を抱えて笑っている。
やれやれといった感じでマスターが呆れている。
洗い物をしながら彼は言った。
「お前たち、ズバッと似合わないって言ってやったらどうなんだぁ?」
なに? 似合わないだと?
なるほど、そんな簡単なことだったのか。
マスターの言葉によって、俺はスッと腑に落ちた。
いや、待て。
似合わないからといって、これからも俺が礼を言うのは変わらないぞ?
……深いな。
礼とは、こんなにも深かったのか。
礼だけでなく、言葉は深い……!!
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