プロローグ 〜疑問〜
ーー北の大地ハルエルト。
その辺境に位置する、カーザ村。
山々に囲まれ、自然豊かなこの地は、暮らしていくにはとても不便だということもあり、ほとんど人が住んでいない、秘境ともいえる地。
この村には老人がほんの数名、そして俺しか住んでいないとても小さな村だ。
北の大地で生まれ育った若者は皆、ハルエルトの首都〈クリーディア〉という都へと移住してしまうらしい。
このカーザ村が無人となって滅び去ってしまうのも、そう遠い話ではないだろう。
だが、そんな消えてしまいそうなこの小さな村に、とても似つかわしくない大きな図書館があるのだ。
どうしてこの村に、このような大きな図書館が建っているのか理由はわからないが、俺は幼い頃から毎日この図書館に足を運んでいる。
図書館の入り口にある石段の前で俺は一旦、足を止めた。
長い間ここに通ってきたな。
しかし、これは偶然なのか? ちょうど十八歳になる明日にすべての本を読み終えるとは……。
そんなことを考え、顎を撫でながら俺は、石段を上り始めた。
すると、入り口のほうから声が聞こえてきた。
「おや、いらっしゃい。今日もゆっくりしておいき」
そう俺に声をかけてきたのは、すっかり腰も曲がってしまっている老婆だ。
俺は老婆の声を聞きながら図書館の中へと入る。
図書館の入り口に溜まっている落ち葉を、竹製の箒で掃いているその姿は、とても腰が曲がっているとは思えないほど手際が良い。
「そろそろ、ここにある本は読み終わっちまうんじゃないのかい? まさか、お前さんの魔法印でここが埋め尽くされる日が来るなんて思いもしなかったよ、レイン」
老婆がいうレインとは、俺の名前だ。
読み終えた本には印として、魔法印を押す。
魔法印とは、自身の指紋を魔法化して対象に印をつけるというものだ。
〈レイン・アールスヘイム〉
どこを見渡してもたしかに、俺の魔法印ばかりだった。
「あぁ。明日には読み終えてしまうな。しかし、ここには何万と本があるというのに、どうして歴史書がどれも似たようなものばかりなのだ? それに、魔導書もすべて目を通したが、下級魔法のものしかないというのも気になるな」
これだけ大きな図書館なのに、明らかにおかしい。
そう。違和感しかないのだ。
「そんなことをわたしに聞かれてもわからんのぉ……。ただ、このカーザ村の図書館には、世界のあらゆる本が集まっていると聞いたことはあるが……」
「なに? 世界のあらゆる本だと?」
そんなはずはないと思いつつも、俺は老婆の話に耳を傾ける。
「ああ、そうじゃ。じゃが、ここにあるすべての本に目を通す者など、今まで現れていなかったからのぉ。軽く読んだくらいでは、お前さんのような疑問を抱くことすら無かったんじゃろうな」
老婆の話を聞きながら俺は眼を凝らし、俺以外の魔法印が押されている本を確認するように、図書館内を見渡す。
「ふむ。たしかに魔法印を見る限り、ここにある本のほとんどが読まれていないようだな」
老婆は無言で頷いている。
世界のあらゆる本が集まる図書館であるというのに、これほどまでに読まれないものなのか?
あるいは、こういった図書館が世界中に点在していて、こんな辺境にまでわざわざ足を運ばないとも考えられるが。
しかし、詳しい歴史や大魔法を、世界は意図的に隠しているのか?
それとも、なにか〈大きなチカラ〉が働いているとでもいうのだろうか?
疑問ばかりが俺の脳内で駆け巡る。
「そんなに不思議なことかのぉ? ここにある本に記されているのが、この世界のすべてじゃろうて」
なんだと? この老婆はなにも感じていないとでもいうのか?
「いや、どう考えても不自然だ。あんたから見て、俺のほうがおかしいと言っているようにも思えるのだが?」
俺のこの発言に対し、老婆は一瞬、微笑んだように見えた。
その微笑みの対象は俺ではなく、ほかの誰かを思うかのようだった。
直後、老婆は真面目な表情に戻り、答えた。
「お前さんがなにを言っているのか、わたしにゃあ理解できんが、お前さんが疑問を抱いたのなら、それはそれでこの世界なんじゃろうな」
ふむ。老婆のこの表情からして、ほんとうに理解できていないようだな。
歴史書、魔導書とおなじく、世界に対して疑問すら抱かないように作られて……いや、操作されているという表現が合っているのかもしれない。
だが、操作されているのだとしたら、なぜ俺はこうして疑問を抱いている?
俺だけが疑問を抱くというのも変な話だ。
「まぁ良い。まだすべてを読んだわけではないからな。明日になれば、はっきりと答えが出るだろう」
まぁ、読み終えたところで、今と結果が変わるとはとても思えないがな。
「さて、と。わたしはもう帰るからね。レイン、お前さんの気が済むまで読むがいいさ。それと、落ち葉が中に入らないように、扉だけはちゃんと閉めて帰っておくれよ」
掃除を終えた老婆はそう言葉を残し、俺が頷いたのを確認して図書館を後にした。
しかし、今まで気にしてはいなかったが、老婆も俺と同じように毎日ここに通っているな。この図書館になにか思い入れでもあるのだろうか?
明日もここに来るだろうし、読み終えた時にでも聞いてみるとするか。
さて、何万とある本も残っているのはあと五冊だ。
魔導書はすべて読み終えている。残っているのは歴史書のみだ。
俺は一冊目、二冊目と目を通していくが、やはり今まで目を通してきた歴史書と似たような内容ばかりが記されていた。
窓の外を見てみると、読むのに夢中になっていたようで、日が暮れそうになっていた。
今日はあと一冊読んだら終わりにしようと、俺は三冊目に手を伸ばす。
ーーー遥か昔、東に勇者あり、西に魔王ありと言われていた神話の時代があった。
聖なる光のチカラを宿した大勇者カイン
黒き闇のチカラを宿した大魔王ザクロ
その勇者と魔王、両者のチカラが衝突するたびに天が裂けるほどの衝撃波が発生し、その衝撃波から放たれるチカラが強大過ぎるがゆえに、誰も両者には近づけなかったという。
幾度となく繰り返された両者の衝突の末に勝利したのは、どちらだったのか? その答えを知る者はいない。
なぜ、二人が戦っていたのか、なんのために戦っていたのか、それすら未だ謎のままである。
ただ、勇者と魔王が存在していたということ、最後の衝突の際に世界が眩しい光に包まれ、二人の姿が消えてしまったこと。このふたつだけは後世に語り継がれている。
二人の姿が消えてしまった光とはいったい、なんだったのだろうか?
時が経ち、平和な日々の中で人々の記憶もしだいに薄れていき、勇者と魔王はいつしか、「優者と真王」と言われるようになっていたーーー
ふむ。
やはり、これも似たようなものだったか。
こんなものが歴史書だとはとても言えないな。
これは人々の記憶が消されているからなのか? それとも、詳しい歴史を記すことに不都合なことでもあるのだろか?
どうも腑に落ちないことばかりだ。
歴史を知る者がいない? そんなはずはないと思うが。
絶対になにかあるとみて良いだろう。この世界に潜む〈大きなチカラ〉が。
まぁ、この調子だと、残り二冊も同じような内容しか記されていないだろうな。
期待は持てないが、とりあえず日も暮れることだ。今日はここまでにしておこう。
俺は読み終えた三冊に魔法印を押し、本を棚へと戻す。
そして、しっかりと扉を閉めたのを確認し、図書館を後にした。
第一章は毎週月曜、水曜、金曜の週3回、朝7時更新予定です!!
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