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隣のナニカ(ホラー短編集)

定期交換

作者: 星雷はやと

「暗いな……」


 薄暗い倉庫で独り言を呟く。俺は会社の地下にある倉庫にて、円形の蛍光灯の交換作業をしている。脚立に乗り、懐中電灯を片手に悪戦苦闘を強いられているのだ。


「というか……何で俺なんだよ……」


 慣れない作業に苛立ちが募り、愚痴を口にした。俺は人事部であり、備品の交換は本来であれば総務部の仕事なのだ。


「……すいません。大丈夫ですか?」


 下から申し訳なさそな声が響いた。


「……あ! だ、大丈夫ですよ!」


 女性が傍に居たことをすっかり忘れていた。俺は慌てて言葉を返す。


 彼女こそ俺に、この蛍光灯の交換を頼んだ張本人である。食堂の帰り道で出会い、彼女に必死に願われ俺は此処にやって来た。総務部の所属らしいが、新人である為に面倒な雑用を押し付けられたそうだ。  

 男なら俺以外にもこの会社には沢山所属している。俺でなくても良かったのだ。偶々、話しかけ易かったのだろう。昔から、よく道を尋ねられたり協力を求められたりする。


 俺は所詮『都合の良い」人間なのだ。自虐的な考えが頭を支配する。


「あの……何かお手伝い出来る事、ありますか?」

「……え、えっと……では、懐中電灯で照らしておいて貰えますか?」


 澄んだ女性の声により、意識が現実に戻る。彼女は俺に協力を求めたことに対して、責任を感じているようだ。有り難い申し出に、俺は彼女に懐中電灯を差し出した。


「……はい」


 女性は懐中電灯を両手で握りしめると、緊張した顔で暗闇を照らした。彼女の為にも早く作業を終わらせよう。俺は再び天井を見上げた。







「終わりましたよ」

「本当に有難うございました!」


 女性が手伝ってくれてから、格段に作業がスムーズに進んだ。勢い良く頭を下げる彼女に、俺は苦笑する。


「えっと……では、脚立は俺が返しておきますから……。あ、ちゃんと電気が点くか確認をしていませんでしたね」

「大丈夫ですよ」


 脚立を畳みながら、女性へと言葉をかける。仕事において確認作業は大事だ。しかし、俺の申し出は彼女に否定された。


「……え? ですが……」

「大丈夫ですから」


 言葉を続けようとすると、再び否定された。その声は凛として、俺に口を開くことを拒絶しているようだ。


「分かりました。俺はこれで……」


 脚立を手に倉庫を出る。


「有難う御座いました」


 倉庫の扉が閉まる寸前、彼女から声がかけられた。


 振り向くと、彼女は電気を点け俺に笑顔を向けていた。如何やら彼女は責任感が強いようだ。一人で確認作業をしたかったのだろう。結果も知れて良かった。彼女の笑顔も見ることが出来た。手伝った甲斐があったものだ。


 俺は足取り軽く、エレベーターへと乗り込んだ。








「あれ? 先輩? 如何したんですか、脚立なんて持って?」


 エレベーターのパネルが1階を表示すると、後輩が乗り込んで来た。そして不思議そうに脚立を指差した。


「あれだよ、地下の倉庫の蛍光灯を変えて来たんだよ。本来なら総務部の仕事なんだが、総務部の女性に頼まれてさ……」

「……え? 可笑しいな? 倉庫って5階じゃなかったですか?」


 俺は事の経緯を簡単に説明する。すると後輩は首を傾げ、可笑しなことを告げた。


「……は? ……」


 一瞬、後輩の発した言葉が理解出来なかった。


 先程まで俺は彼女に案内された地下に居た。窓一つなく、廊下も倉庫の中も真っ暗だった。その証拠に脚立を持っている。そしてエレベーターに乗り、1階まで昇って来たのだ。


「だって、この会社に地下なんてないですよ。ほら……」


 後輩はエレベーターのボタンを指差した。


「……っ……」


 そこには、地下を表示するボタンは存在しなかった。


「なっ……」

「あと総務部って大規模な入れ替えがあって、今はあそこ男しかいませんよ?」


 続けて後輩は衝撃的な言葉を口にした。


「……っ……」


 後輩の言葉を否定したいが、上手く言葉が出てこない。


 無類の女好きである後輩は、会社の女性社員について引くほどに詳しい。その後輩が『総務部に女性が居ない』と言うのだ。その情報は確かだろう。

 だが俺は総務部を名乗る女性と会話をし、つい先程まで一緒に居た。これは一体如何いうことなんだ?

 地下も女性社員も存在しないならば、俺は一体何処で蛍光灯を交換していたんだ?それに彼女は一体何者だったというのだ?


「うっ!」


 頭が痛み、脳裏に先程まで一緒にいた彼女の姿が浮かんだ。


 地下の倉庫の扉が閉まる寸前。嬉しそうに笑う彼女の頭上では、彼女を照らす様に光の輪が輝いていた。



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